第6話 先輩と兄さん 最終話

 アシュリーが戻って来た後、ライリーの言ったとおり、ベラもやってきた。僕達は彼女を部屋へ案内し、部屋の外から聞き耳を立てていた。下世話な感じもするが、事の真相が分かるまで見届けなくては! 一応、彼には先程の出来事について話してある。


「あー。やらかしちゃったね。うわあ」


 と酷く笑われた。


 扉越しに、2人の話し声が聞こえる。くぐもってはいるが、周りが静かなら、どうにか聞き取れそうだ。


「なんか今日は嬉しそうだね」


「うん」


「私に会えたこと?」


「それもそうね」


「今日は一段と良い香りがするね」


「そう?じゃあ、これのせいかも。丁度渡したいと思っていたのよ。サプライズプレ

ゼント」


「……とても嬉しいよ。でも、受け取れないなあ」


「何で? 他に好きな娘がいるから?」


「そこに音を奪う精霊がいるから。かな」


「あら、ちょっと違うわ。『私』以外の音を奪う精霊よ」


「どうしてそんなのを呼んだの?」


「だって……」


「だって?」


「だって、アシュリーが私以外の女に目移りするのが悪いのよ。私はこんなにも愛し

てるのに、いっつも、いっつも、いっつも都合の良いときだけ誘ってきてそのくせのらりくらりとかわしちゃって。いっそ私以外の女と会話できなくなればいいと思ったのよ」


「好いてくれてるのは嬉しいけどなあ。あ、そうだ、それマルク君に渡してない? さっきお話してたって聞いたんだけど」


「丁度いいから実験台になって貰ったのよ。初めて作った物だったから効果を確かめることができて良かったわ」


 ドア越しに聞いているだけなのに寒気がしてきた。気分が晴れたというのは演技だったのだろうか。悲しいような、恐ろしいような。


「そういうのは良くないと思うよ。とばっちりを食らったマルク君が可愛そうじゃないか」


「あなたどうせ何とも思ってないんでしょ。知ってるわよ。女の子を口説きたいからって男性の相談者をさっさと帰らせるそうじゃない。それに、貴方は通りすがりの厚化粧なブスに世界一綺麗だ、って言ってたわよね?」


 僕はアシュリーになんとも思われていない。結構傷つく言葉だが、先程笑われた事を思うと、妙に説得力がある……。


「私は君が思っているよりずっと自分に正直なんだけどなあ。やっぱり、私は人の悪口言う君より、人と楽しそうに笑っている君の方が好きだな。勿論、嫉妬に狂う君も可愛いけどね」


「私が人と楽しそうに笑っている時なんてあると思って?」


「集会は楽しく無いの? 私は楽しいけどな」


「べ、別にあれは……」


「あんまり妬くなよ。君と私は黒魔女の会にいるっていう、秘密を共有する仲じゃないか。これ程燃え上がるような仲なのは、私達だけ、でしょう?」


 くろまじ、黒魔女の会? 黒魔女と言えば悪魔崇拝のトレードマークのような人々じゃないか。アシュリー、貴方は本当に聖職者か? 実は悪魔崇拝者のスパイではないか?


「ナンパと黒魔術が数少ないあいつの趣味なんだ。見逃してやってくれ」


 ワナワナと震えていたであろう僕に、小声でライリーが囁く。


「それに、あいつが戻ってきたのは祓った後だったからな。あいつは、あいつなりにお前のこと気に掛けていると思うぞ」


「良いんです、先輩。僕は新参者ですからきっと色々迷惑をおかけしていたのでしょう。ありがとうございます先輩」


 必死のフォローもどこか空しい。僕たちはもう一度扉に耳を近づける。


「ほら、物騒なのは仕舞って。精霊は私が帰しておくから。もう勝手に召喚魔法を使わないこと。君にとっても危険だからね」


「あなたはまたそうやって、他の女にも同じようにしてるんでしょ」


「まあね」


「酷い。この悪魔」


「おやおやまた随分な褒め言葉だ。仕方ないでしょう。これが仕事なんだから」


「ふん。どうせ私も仕事だからね、そうなんでしょ」


「また食事に行こうよ。今度は2人きりでさ」


「ふーん。絶対よ、絶対だからね」



「フリかな?」


「馬鹿」


 いっそ清々しい平手打ちの音が響いた。


     ***


 それから数日経ったある日のこと。僕は守門のビルと門周辺の清掃をしていた。そこに綺麗にめかし込んだ女性が礼拝所に来る。平日でお祈りの時間でもないのに来客とは珍しい。よく見たら、ベラだった。


「アシュリー。迎えに来たわよー」


「ちょっと待っててー」


 食堂の窓からアシュリーが顔を出し手を振る。先日、2人で食事に行く約束をして

いたが、今日だったのか。待っている彼女と目が合う。僕に駆けより、頭を下げた。


「あ、あの時はごめんなさい。恩を仇で返すような事しちゃって」


「あ、いえ。結果的に無事でしたし。大丈夫ですよ。できることなら、もう辞めて下さいね。貴方にとっても危険ですから」


「うん、そうね。もう少しだけ自分の力で頑張ってみる。心の底から好きだと言って貰える人になるために」


「あー、兄弟。私の女の子を盗ろうなんて、酷いなあ」


 さっき食堂にいたはずのアシュリーがいつの間にか僕の後ろに立っていた。怖い。


「どの口が言うのよ」

「どの口が言いますか」


 2人同時に言葉が出る。


「おーい。お前ら。何盛り上がってるんだ?」


 僕たちが集まっているのを見つけたのかライリーまでやって来る。


「別に、ベラさんが兄さんを迎えに来ただけですよ、先輩」


「あのさあ、前から思ってたんだけど、先輩って良い響きだよな」


「今その話します?」


「別に良いじゃん」


「確かに、なんで兄さんと先輩なのよ。どちらかで良いじゃない」


 ベラが首を傾げる。彼女が話しに乗ったことで、説明しなければならない空気になった。


 聖職者は大体互いの事を兄弟、上下が明確な時は兄、弟で呼び合う。因みに祭司様に対しては父上、御父様等だ。


 この礼拝所には、1つ位が下の守門であるビルは置いておくとして、階級的には同じだが、任期を考えると兄に当たる人が2人。「兄さん」だとどっちか分からないし、2人しかいないのに、いちいち名前+兄さんなのも面倒。


「単に呼び分けに困ったのでライリー兄さんを先輩、アシュリー兄さんを、『兄さん』と呼ぶことにしただけです」


「まあ、慣れれば分かりやすいよね」


「へえ、俺も弟が2人いるから、お前を『後輩』って呼ぼうかな」


「別に今まで通りで良いと思いますけど。あれ、弟が2人? てっきり兄さんの方が年上だと」


「うへえ、その質問聞き飽きた。アシュリーの方が年上だけど、俺の方が悪魔祓い歴長い。だからあっちが弟」


「全然そうは見えないのですが。歴何年ですか」


「アシュリーが来た時には始めてたよな?」


「父さんの手伝いをしてたというか、邪魔してたというか。多めに見積もれば5、6年位じゃない?」


「思っていたより長いですね」


「お前やっぱ生意気だよな。もう二度と祓ってやんないかんな!」


「生意気は良く言われるのでそこは反省します」


「そういう所だよ!」



     ***



 拝啓

 晩夏の候、貴礼拝所におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 祭司様、如何お過ごしでしょうか。私は、お陰さまでブラッドリーの生活にも慣れてきました。想像していたものとは幾分か異なりますが、学びの多い日々を過ごしております。

 お体にはくれぐれもお気をつけ下さい。皆様のご健康とご活躍をお祈りしております。

 皆様に神のご加護があらんことを。

                                   敬具

 ブラスキャスター礼拝所 代表 ニコラス・リー様

 1901年 実月 第3ヘスエルの日

                        マルク・ネイサン・ファルベル


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 次回からは別のエピソードになります。

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