第5話 先輩の真意

 廊下に並んでいる人はいない。ドアに聞き耳を立てても話し声が聞こえない。相談は終わっているようだ。襟とボタンと、羽根飾りの確認。よし、ノックして少しドアを開ける。やっぱり相談は終わっているようだ。こちらを睨み付けているライリーだけが中にいた。


 やっぱり口答えしたことを怒っているようだ。


『先程はすみませんでした』



 あれ?


 喉が凍り付いたかの様に動かない。さっきまで普通に話せていたのに。何故?


 このままでは声が出ないという事さえ伝えられない。相対している状態で書く物を持ってくることもままならない。どうすればいい?


 ライリーは僕を一瞥すると、聖水の入った瓶を取り出す。


 バシャッ


 思いっきり聖水をぶっかけられた。更に杖でベシベシ頭やら肩やらを叩かれる。そして、彼は手に持っていた匂い袋を取り上げ、それにも聖水を掛けた。


 喉にざらざらした違和感がこみ上げてきて、げほっげほっと激しく咳き込んだ。苦しい。


「聖職者が取り憑かれるとかとんだお笑い草だな」


 胸ぐらを掴まれる。彼のつり上がった目尻が眼前に迫る。


「だから深入りするなって言ったろ。化けもんはあの女そのものじゃ無くて持ち物の所にいたんだよ」


「へ?」

「は?」


「これ、さっきの女から貰ったんだろ」


 水に濡れた匂い袋が目の前で揺れる。僕は、彼にベラの話を聞き、お礼として貰った事を話した。良かった。声が出るようになっている。


「今回はあっさり出て行ったから良かったけど、お前にもしもの事があったらどうすんだよ。見えてない、声も聞こえない、祓う力もないんだろ。もう二度と関わんな。何かあったら俺らを通せ。分かったな」


 深入りするな、その言葉の意味が漸く分かった。悪魔、化け物、それらの類いは普通の人間が手に負える物ではないのだ。本当に僕は思い上がっていたんだ。


「すみません……」


「まあ、ちゃんと説明してなかったし、すぐ追いかける事もできなかったし。悪かったな」


 手を離した彼は、ほんのり顔を赤くして髪をかきむしる。


「いえ、先輩は何も悪くないです。ところで、先輩は見えるんですよね、化け物が」


「うん。それがどうした。もしかして、まだ疑ってんのか」


 かぶりを振る。


「僕にはどんな物が取り憑いていたんですか?」


「取り憑いた奴の周囲にある音を奪う化け物、異界の生物って言った方が良いのかな?」


「ですが、ベラは話せてましたよね。化け物は彼女の傍にもいたでしょうに」


「憑かれて無いからな。化け物があの女に憑かなかったのは、召喚者だからだろ」


「召喚者。つまり、彼女が化け物を呼び寄せたと」


 そういうこと、と彼が言う。ベラは魔法学校に通っていると話していた。そこで何を勉強しているのかまでは聞いていないが、召喚魔法を知っていてもおかしくない。


「何故あの時祓わなかったんですか」


「自分で呼び出してるし、まだ制御できてるみたいだったから本人に害はないだろ。道具も体力も時間も有限なんだから、害を及ぼしてない奴まで対処してたらキリが無い」


 なるほど。彼も色々考えて務めを果たしているみたいだ。


「んで、疑いは晴れた?」


「元々それほど疑ってませんよ」


「ちょっとは疑ってたのかよ。祓ってやったのに? 声でるようになったのに? 酷くない? 酷いよな? 兄弟の馬鹿」


 また胸ぐらを掴み、前後に揺らしてくる。気持ち悪くなってきた。無理矢理手を引きはがして止める。


「そもそも、何でお前に渡したんだろうな。ま、あいつに問い詰めてもらえば良いか」


「帰ってしまったのにどうやって」


「後で来いって言っただろ。元々任せるつもりだったし、お目当てはあいつだろうし、どうせ来るでしょ。兄弟アシュリーのとこ」

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