第4話 少女の相談
それから5日の時が過ぎた、この日は午後にグリフが執り行われる。
今日は10日間ある一週間の丁度真ん中、ファペイルの日。世界を創造した神が植物を茂らせ、小休憩を取った日とされている。これに倣い、多くの職場が午前中で仕事を切り上げ、午後からグリフに参列し、神に祈るのが習わしとなっている。
しかし、昼に帰宅して眠ってしまうのか、単に今日の聖歌隊が「聖女」で無いからなのか、先日ほど人が集まっていなかった。
ここの祭司様は、説教の際、街で起こった出来事を教訓に絡め、平易な言葉でお伝えなさる。前いた所の祭司様は聖人の伝説を元に話をお作りになる事が多かった。人によって説教の仕方が様々で面白い。この違いは貧民街である事が影響しているのだろう。旧市街の説教、いや、もっと色々な祭司様の話を聞いてみたい。そして、僕も早く話ができるようになりたい。
儀式が終了して暫くすると、礼拝堂には10人位が残った。その内3人は祭司様との打ち合わせに来ている人で、3、4人は世間話に花を咲かせているだけだ。相談の為に残っているのは五人位だろう。
今日はライリーの補佐に入る。相談者の案内、道具の用意、清掃等を行う。聖水の量を確認している時、彼が話しかけてきた。
「なんかさ、お前人気らしいじゃん」
「え?」
「父さんが言ってたぜ。儀式はしてくれないけど、話をちゃんと聞いてくれるって評判なんだってさ」
「そ、そうなんですか」
祭司様が褒めて下さるなんて。にやけそうになるのを必死でこらえる。胸元の羽根飾りに触れる。曲がっていない。ここに来てから間もないのに、自分の行いが評価されるというのは気持ちがいい。
「調子乗って深入りすんなよ」
ぼそっと呟く彼の声は鬼気迫るものがあった。
***
コン、コンコン とノックの音。
「ねえ、今日はアシュリー居ないの?」
中に入ってきたのはこの前アシュリーの所にいた女性だった。肩に付かない位の金髪を軽く巻いて、憂いを帯びた目をしていた。コット(丈の長いチュニックのような服)の上に袖のないシュルコ(丈の長い上着)を羽織っている。シュルコは襟と裾のみ刺繍の施してある簡素なものだったが、布地や仕草からは、ロッジ地区にはやや不釣り合いな育ちの良さが滲み出ている。
「今日も誘いに来た訳?」
「今日もって失礼ね。いつもちゃんと相談に乗って貰ってるのよ。最近誰かに呪われているような気がしててね。ずっと体が重くて、時々声が出ない位苦しくなるの」
「そう。でも何も取り憑いてないみたいだから。また後で来てくれる?」
「そんな、酷い。アシュリーはもっとちゃんと話を聞いてくれるのに。最近辛い事ばっかり、もう嫌」
彼女は顔を手で覆って今にも泣き出しそうだ。そしてそのまま部屋を出て行ってしまった。
僕も慌てて追いかけようとする。すると、肩をぐいっと掴まれた。
「兄弟。追わなくて良い」
確かにこの前はアシュリーと食事の約束を取り付けていたが、ここに来ているということは、そもそも何かしらのきっかけがあったはずだ。それを聞くこともなく、彼女に祈りをあげる事すらなく帰らせるなんてできない。
たとえ僕が、彼女の望む相手ではなかったとしても。
「そんなのできません、大体、先輩がそんな態度だから――」
僕は、ライリーの静止を振り切って部屋を飛び出した。
彼女はうつむきながら廊下を歩いていた。すすり泣く声がする。僕は少しずつ彼女との距離を縮めていく。
「あの、お悩み事を僕に教えて頂けませんか?」
女性の背中に向かって話しかける。
「儀式は執り行えませんが、話をするだけでも、気が楽になることだってありますよ」
ライリーは憑いていないと言っていた。だから大丈夫。
彼女は立ち止まり、ちらりと振り向いた。
「じゃあ、ちょっと聞いて貰っても、良い?」
***
僕は礼拝堂でお話を伺う事になった。彼女はベラと名乗る。近年新設されたブラッドリー魔法学校の生徒だ。やはり、家は城壁の中にあり、比較的裕福な家庭であるようだ。
「あの、呪われている気がするってお話でしたが」
「この前、食事に行ったの。男1人と、女3人だったんだけど。私がその男の人と話していたら、ある女の人に滅茶苦茶睨まれちゃって」
話している内容が、相手を不快にさせてしまったとかだろうか。
「話している内容とかは覚えていますか?」
「別に。ご飯が美味しいねって言ってただけよ。多分、私とその男が話しているのが気に食わなかったんだと思う」
「一緒にお食事した方々はどのような間柄で?」
「元々、男と、私と、友達と3人で出かけるつもりだったのよ。それなのにバッタリ会ったから、って男が急にもう1人の女を誘うから。あんまり話したことない人とも食事をすることになっちゃって。しかも、私といる時より、楽しそうにしてるし」
中々複雑な関係性であるようだ。外で食事をする経験自体少ないのでよく分からないのだが。
「やっぱりアシュリー、本当はあの女と行きたかったのよ」
「そんなことは無いと思いますが……」
「あるわよ。分かってるもの。私が一緒にいたって楽しく無いことくらい。どれだけ着飾っても、化粧に気を遣っても、仕草を直してみても、本物の美人には叶わない。才覚も愛嬌も無い。好きな人の隣には、いつだってもっと素敵な人がいて、振り向いてくれることなんて無かった。あの人はそんな私を可愛い、好き、って言ってくれた。でも、本当はそんなこと思ってなかったのよ」
彼女の声には熱が入り、堰を切ったように涙が流れる。
「愛してくれる人なんていない、私に愛される価値なんてないんだわ」
「そんなことありません」
僕はきっぱりと言った。自分でも驚く位に。
「神は、英雄ノーヴァムは絶対に貴方を愛しています。貴方の罪を許し、祝福を与えてくださいます。他の誰が貴方を見捨てようとも、神は貴方を見守ってくださいます」
僕は彼女の手を握りしめた。彼女に愛される資格がないなんてありえない。ただ、自分で自分を愛すること、天から見守って下さる神を少し信じられなくなっているだけなのだ。
「それに、僕はこのような身の上ですので、女性として貴方を愛することはできません。でも、人として貴方の幸せを祈ることはできます」
「随分都合の良いこと言うのね」
「すみません」
「まあ、いいわ。言いたいこと言ったせいか、少し気分が軽くなったもの。そうだ、お話を聞いてくれたお礼よ」
「いえ、とんでもない」
彼女は僕の手に匂い袋を乗せた。
「作り過ぎちゃって困っていたの。折角だから貰って頂戴。それじゃあ、お祈りしてから一旦帰るわね。2人にもよろしく言っておいて」
手を組み、頭を垂れて祈りを捧げる。暫くそうしていると、彼女は軽く手を振って礼拝堂を後にした。彼女の姿が小さくなっていく。手のひらにある紫の巾着に視線を移す。余り嗅いだことのない匂いだ。悪くない。何より彼女が少し元気になったみたいで何よりだ。
さて、そろそろ務めに戻らないと。そうだ、ライリーを振り切って来たのだった。何事も無かったかのように振る舞うか……。しかしいつかは彼と話さなきゃいけない。気まずいが、やはり、先輩に無礼を働いてしまったのだから謝罪するのが筋だろう。僕はライリーの部屋に向かった。
それにしても、人が歩いているのに、話し声も、足音も、木々の揺れる音さえ聞こえない。妙だ。
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