第3話 悪魔払いの現実

 昼頃になって、ようやく今日の儀式が終わった。この後は何人か残り、祭司様や祓魔師と面談を行う。病気だったり、対人トラブルだったり、悪魔憑きに悩んでいたりする人が相談に来るのだ。


 僕は悪魔祓いの資格がないので、ライリーの傍で見学させて貰っていた。相手は初老の男性。最近腰の具合が悪いうえに、寒気がするそうだ。子ども達との喧嘩も耐えず、つい酒に走ってしまうらしい。だから悪魔が取り憑いているかもしれないと言う。


 それを頬杖ついて聞いていたライリーは、


「んなもん気のせい、酒止めれば治るよ。はい、次」


 とお祈り1つせずに追い返してしまった。他の人に対しても、


「残念だけど何にもいないね。他あたって?」


「奇声なんて力ずくで黙らせれば良いよ。憑いて無いんだから、はい次」


「悪魔のせいにすればいいと思ってんじゃねーぞ、次」


 という有様だ。そう簡単に悪魔がいないと断ずるのは危険だし、話もきちんと聞かずに帰すなんて誠意がない。


「あの、ちょっと雑に扱い過ぎじゃありませんか」


「うるせえな。いないもんは祓いようがないだろ」


「せめて、お祈りを上げるだけでも……」


「時間の無駄」


「そんな。向こうは遠路はるばる救いを求めて来ているかも知れないのですよ!」


「知ったこっちゃないね」


 話にならない。2回にわたる儀式で疲れているのかも知れないが、相談者に当たって良い理由にはならない。昼のお祈りまではまだ時間があるので、アシュリーのいる部屋へ行くことにした。彼ならもう少しまともな応対をしていると思ったのだ。少なくとも、ボタンが空いたままになっている所は見たことないし、朝の支度も丁寧に教えてくれた。


 途中、憮然とした若い男とすれ違った。


「ナンダヤロウカ、ヤルキデナイナトカ、ザケンナヨ」


 ぶつぶつと何かしら呟いている。


 日焼けと呼ぶには焼けすぎているような黒い肌が印象的だった。いつか読んだ本に書いてあった、南方にある大陸の民だろうか。珍しい。ブラッドリーは大都市なだけあって色々な人が集まるようだ。


 それより、若い男はアシュリーの部屋の方から来ていた。あの顔つきからして相談に満足していないのは明らかだ。


 嫌な予感がする。だが、行ってみなくては分からない。


そう言い聞かせながら歩を進めると、アシュリーの声が聞こえてきた。


「相変わらず今日も可愛いね。朝露に濡れた椿の様だ」


「あら。椿油を塗ったの、ばれちゃった?」


「花の香りは儚いけれど、君の麗しさは永遠だよ」


「上手いこと言っちゃって。ねえ。この後出かけましょうよ。良いお店があるの」


 アシュリーと若い女性の声がする。相談に乗っているというよりは、口説いているというべきか。そう言えば最初に部屋に入っていったのも若い女性だったような。


 先程すれ違った若い男との落差を考えると、相手によって態度が大きく変わるらしい。全く悪魔払いをなんだと思っているのか。まだ分け隔てなく話を聞かなかったライリーの方が良いとさえ思える。


 呆れやら恥じらいやらで、とても中に入る勇気が出ず、僕は回れ右をした。下級職は一応妻帯が認められているとはいえ、純潔が重んじられる世界だというのに。僕はまたライリーのいる部屋に向かった。


「だから、何にも憑いて無いから。帰って」


「待ってくださいな。せめて話だけでも」


 また言い合いが始まった。ライリーの前に座っているのは痩せた女性。彼女は必死な顔で、身を乗り出し、彼の袖にしがみついている。


「悪いけどこっちも忙しいから。兄弟。この人送ってあげて、それと、次の人呼んできて」


「は、はい……」


 僕はとやかく言える立場ではない。思うところは色々あるが、彼女の手を取って部屋を出る。肩を落としてとぼとぼ歩く女性。


「あの、僕で良ければお話伺いますよ」


 いたたまれなくなって声を掛ける。


「気を遣わせちゃって悪いね。でも、今日は広場に寄って帰るから」


「お買い物なら手伝いますよ。時間空いてますし」


「気持ちだけで十分よ」


「いえ、僕に手伝わせて下さい」


「そう。じゃあお願いしようかしら。ここ何年か重い荷物が持てなくなってきてね、憂鬱だったのよ」



 僕は悪魔払いの仕方を教えて貰った事は無いし、素質があるとも思わない。でも、悪魔払いの意義は、悪魔を祓うことそのものだけではなく、彼等の不安を解き、神の御心を少しでも感じてもらうことではないだろうか。たとえ悪魔が憑いていなかったとしても、相談に来た人は何かしら苦しんでいて、神への信心を失いかけるほど悩み、助けを求めている。


 だから、彼等に寄り添い、彼等の為に祈ること位なら、僕もできると思うのだ。


 僕はのんびり歩きながら彼女の話を聞いていた。彼女は昔から病弱で、足を悪くしてからは出歩くことも減ったという。


「だから余計に具合が悪くなったのよね」


 そう話す彼女は道中何度かつまずいて、支えなくてはならない時があった。


「仕事も続けられなくなって、息子も生活辛いのに薬代まで負担させちゃって。あの子には苦労をかけてばかり」


 彼女には僕と同じくらいの息子さんがいて、酒屋で働いているらしい。そして、そろそろ結婚して欲しいと思っているが中々成就しないらしい。


「でも、まだ若いのでしょう。そこまで焦らなくてもいいんじゃないでしょうか」


「もう何年も持たないもの。息子を1人で置いていきたくないわ。かといって結婚の話をすると嫌がるし……」


 そういう彼女の声は苦しそうだ。重い体を必死で引きずりながら礼拝所に来てくれたのかと思うと目頭が熱い。


「とにかく、息子さんが寂しい思いをしないか心配なんですね」


 彼女は大きく頷いた。僕たちは買い物を済ませ、家に辿り着いた。こじんまりした四階建ての家。半地下になっている一階に住んでいるそうだ。抱えた荷物を竈の傍に下ろす。これで暫くは食べていけると彼女は微笑む。


 暗い部屋は動くのが辛いのか、寝床の周りに多くの物が散らばっていた。ついでに軽く片付ける。大事なものはベッドの近くに、それ以外は箪笥にしまう。畳んだ服を仕舞いながら、最近息子さんは帰ってきているのかと尋ねる。彼女は水瓶に入った花束を見せてくれた。この前はこれを持ってきてくれたと話しながら。

 僕は思わず口を開いた。


「お母さんの気持ち、伝わっているような気がします。すぐにはお相手が見つからないかもしれませんが、息子さんはきっと上手くやっていきますよ」


 懐から銀製の容器を取り出す。


「僕にはこれ位しかできませんから。貴方と息子さんの為に祈ります。神の御加護があらんことを」


 彼女の手のひらに聖水を垂らし、手を合わせた。彼女も手を合わせていた。その顔は心なしか明るくなっていたように感じた。


「ごめんなさいね。悪魔なんか憑いてないのに来ちゃって」


「え?」


「これでも昔は占いをしていてね。何となく分かるのよ」


「はあ」


 占いか。毛嫌いするつもりはないが、その手のことに関わっている人の方が、かえって危険だと聞いた事がある。彼女は落ち着いている様子だし、ライリーが憑いていないと言うのだから本当に何も憑いていないのだろう。


「今日はありがとうね。あなた、きっと良い祭司様になれるわよ」


 そう言って彼女は僕の手を握った。この言葉は、占いの結果か感謝の挨拶か。当たる当たらないを気にしたって仕方ない。頭では分かっていても、つい頬が緩んでしまう。きっと往来を歩く僕は気持ち悪い笑顔を浮かべていたに違いない。

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