第8話 悪魔を連れた魔女 その2

「ねえ兄弟、知ってる? 悪魔を連れた魔女がいるって噂」


 晩ご飯の時、帰ってきたアシュリーが突然僕達に話を振ってきた。


「聞いたことねえ」


「さっき仕入れて来たんですか」


「そうそう。取り憑かれてるんじゃなくて、使役してるんだって。聞いた話だと、夜、街に現れて、青白い顔で、その人の赤い目を見ると動けなくなってしまうそうな」


「やっぱり分かんねえな。で、それがどうした?」


「連れてる悪魔とやらがどんなのか気にならない? 気になるよね」


「「別に」」


 僕とライリーが同時に答える。


「二人とも冷たいなあ、もしそいつが害をなすようなら私達が対処するんだよ。分かってる?」


 ライリーが僕の肩を叩く。


「それも一理あるな。よし、兄弟、着いていってやれ。どうせ明日買い出しに行くんだろ。ついでだ、つ、い、で」


 もしやこの人、僕に面倒事を押しつけるつもりか。まあ、代わりに雑用を押しつけられているし。しょうが無い、僕が行こう。


「よし、決まり。大丈夫、ちょっと聞き込みするだけだし、そう簡単には会えないだろうから」


 それの何が大丈夫なんだ。要は何度も付き合わせる気満々ということだろう?


「黒魔女の会の方と行けばいいじゃないですか……」


「あの子達だって仕事とか学校があるんだよ」


 結局、僕はアシュリーと「魔女」探しを行う事になってしまった。



 翌日、晩のお祈りが終わると買い出しに出かけた。「魔女」が夜に現れるという事で、時間をずらした結果、広場に出ている店が殆ど無くなっている。今日は広場で定期市が開かれていた。


「ほら、いつもの酒屋さん閉まっちゃったじゃないですか」


「ごめんごめん、ここは良くお店だしてるから、またすぐ買いに行けるでしょ」


 辛うじて開いている店を回っていると、あれ、と急にアシュリーが立ち止まった。


「兄さん、どうしたんですか」


「今、籠を背負った女の子がいたなあって思って。ほら、黒い髪で変な服着てた、小さい子。見えなかった?」


「すみません、見てなかったです」


 黒い髪は数多くは無いものの珍しいという程でも無いし、服が変わっているからって振り向く程のことだろうか。何かが取り憑いていたのだろうか。


「そうか、君はまだこの街に来てなかったんだっけ。今から1、2年前辺りからかな? 異国の女の子、しかも隣国とかじゃなくて南の大陸出身っぽい女の子がいるっていう噂があったんだ。もしかしてあの子かなって思ってね」


「南大陸に関する本すら少ないのに、そこから来た人がいるんですね」


 買い物をあらかた終えると、聞き込みを始めることにした、その辺の人にいきなり質問しても不審に思われるだけだから、相手を慎重に選ばなくては。


「兄さん。聞き込みすると言ってましたが、あてはあるんですか」


「あるんだよ、それが。情報収集と言えば酒場って相場が決まっているからね」


 彼に言われるがまま、僕たちは酒場へ向かう。途中から僕が余り行かない区画に入る。旧市街の門につながる大通りに向かっていることは分かるが、普段、大通りに行くことがない。彼を見失うようなことがあったら帰れなくなりそうだ。


 大通りから少し入ったところにその酒場はあった。見た目は周囲の家とさして変わらないが、落ち着いた雰囲気で悪くない。


 中に入る。ミグランの匂いがいっそう強くなる。思わず袖で鼻を覆った。入り口の傍には掲示板があり、中央には大きなカウンター。端の方に、色とりどりの花が活けてある。四角い机も2、3卓あり、ちらほらと人が入っている。


 カウンターでは、若い男が接客をしていた。あの顔、何処かで見たことあるような……。


 思い出した、いつか買い物を手伝い、悩み事を話してくれた元占い師の人。彼女に似ている。


「よお、ミック」


「アシュリー? 珍しいな子分連れてるなんて」


 アシュリーが慣れた動きでカウンターに座り、僕も隣に座る。いつも飲むものが決まっているのかすぐ彼の前にカップが置かれる。葡萄酒みたいだ。


「はい、いつもの」


「ああどうも。ってここに来たの3回目かそこらなんだけどなあ。ま、いっか」


 あてがあると言っておきながら、それ程来たこと無かったのか。この辺りは道が入り組んでいるが、良く迷わず来られたものだ。しかし、店員とは仲よさそうにしている。


「ボウズは何にする? うーん。そうだ、マスター、カラントジュース持ってきて」


 男がカウンター奥に向かって叫ぶと、はーいと男性の声がした。奥に店主がいるようだ。


「アンタさ、カラント割りっぽい顔してるよね。だから葡萄酒のカラント割り。いいでしょそれで」


「ええ、まあ、構いませんよ」


 聞いておきながら勝手に注文された。そして、頼んだわけでも無いのに木の実を混ぜ込んだ、小さなパンが出された。


「カノジョの親がパン屋でさ、それ新作。感想聞いてこい、ってウルサイからサービスしてるんだ」


「どうも」


 推定元占い師の息子には、懇意にしている方がいるようだ。上手くいけば母親の気苦労が癒える日も近いだろう。息子さん、パン屋のお嬢さん、そしてお母さんに神のご加護があらんことを。


「ところで兄さん、この方と知り合いなんですか?」


 僕は隣でちびちび飲んでいる彼に話しかける。


「そうそう。ミックは偶にマジックアイテムを売ってくれるんだ。時々市で出店してるんだよね」


「カノジョがさ、集めるだけ集めて使わないなんて勿体ないって言うんだよ。最初はダチに譲ってたんだけど、そいつ超絶ロマンのない奴だから、要らねえって突き返してくるんだ。良い奴だよアシュリーは。お金まで払ってくれる」


「需要と供給だよね、そういうのって」


 マジックアイテムを売っているとは、胡散臭い男だな。カウンターの花と、あの時見た花が似ていることから考えても、あの女性の息子で間違いないと思うのだが。


 あの女性は息子に苦労掛けてばかりだと嘆き、彼の将来を心配していた。花をまめに贈っている様子だったから、さぞ孝行息子なのだろうと思っていたが……。人は会ってみないと分からないものだ。


「そういや、アシュリーの好きそうなものが手に入ったぞ」


 ミックは一旦奥へと消えていき、枯れた花の束を持って戻ってきた。嫌な思い出の蘇りそうな香りが漂ってくる。


「キュヌの葉っていうのを干したやつで、恋のまじないに使うんだってさ」


「それ要らないや」


 すかさず断るアシュリー。この香りは、彼にとっても良い思い出では無いらしい。アシュリーを慕う余り呪いを掛けようとしたベラは、これを香り袋に入れていたのか。もしかしたらミックから購入した可能性だってある。ミック、貴方が元凶だったのか。


「じゃあ、そこのボウズ」


 急にミックが僕を指す。ボウズ、ってさして年は変わらないと思うのだが。


「俺はこう見えて占い師もやってるんだ。折角だから色々占ってやるよ。そうだな、まずはうーん。はっ、あなたは礼拝所に務めてますね」


「そうですね」


 キャソックなんて聖職者しか着てないし、鷹の羽飾り着いてるし、何より貴方の知り合いであるアシュリーと一緒なんだから当たり前だ。


「そして、先程買い物に行ってきましたね。中身は、うーん、食器類」


「そうですね」


 カウンターの上に置いてある荷物には、店の名前が書かれた袋が混ざっている。見れば推測できることだ。


「そして、今のあなたには悩み事があります」


「そうですね」


 無い人なんてそんなにいないだろう。


「内容は、体のことか、人間関係か、将来のことかな、うーん探しものかも」


「病気以外は大体当たってますよ」


「敢えていうなら、最後の探しものかな。君に聞きたいことがあるんだ。悪魔を連れてる魔女って知らない? 夜、街に現れて、青白い顔に赤い目をしてるらしいんだけど」


 アシュリーが半ば強引に話を持って行く。彼の占いとやらにも慣れているのだろう。彼は目を開いたり閉じたりしながらじっと僕たちを見つめる。


「魔女って呼ばれてる人なら知ってるけどな。顔とか、目の色とかは全然分からんけど」


 噂は知らないみたいだが、どうやら思い当たる人物がいるみたいだ。


「あんたらが探している人かどうかは分からないけど、ダチん家の近くに住んでるらしいんだよね」


「会うことできないかな? できるだけ早く」


 アシュリーが身を乗り出す。いきなり有力情報が出て、興奮している様子だ。ミックは、腕を組んで考え込んでいる。


「もし違っても、その人が知ってるかもしれないしね。魔法使いなら尚更詳しいだろうし」


 僕の耳元で囁く。確かに会ってみる価値はあるだろう。


「悪いけど、ちょっと本人は難しいかもな」


「そこをなんとか」


 手を合わせて懇願するアシュリー。すると、ミックが何か思いついたような仕草をした。


「ちょっと待てよ。確かダチと一緒に住んでる女の子が魔女と仲良しだって聞いた事あるわ」


「では、そのご友人を介して会えるかもしれないって事ですよね」


「うん。あー、今なら帰ってるんじゃね? こっから近いし、呼んでくる」


 ご近所だからって今呼ばなくても。仕事中なのに。


 ちょっと待ってろー。マスターちょっと空けるから、後頼むわー。と言い残し、ミックは酒場を飛び出していった。


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