ある日突然、妻が割れてしまった人のお話。
本当にこの通りの内容で、他にはどうとも説明のしようがないのがもうすごい。この「割れる」というのは読んで字の如くの意味、まるで陶器を床に落としたときのように、がちゃんと音を立てて粉々に砕け散ります。それも人間が、具体的には主人公の妻にあたる人物が、物語の冒頭から見事に割れてしまって、さて一体これをどうするか——というか一体何が起こったのかと、ひたすら困惑したり奮闘したりするお話です。
おそらくは、不条理系のホラーにあたる作品だと思うのですけれど、恐るべきはその練度というか料理の仕方というか、読み手をその世界に引き摺り込む手腕が凄まじい。主人公の視点を読者の中で完全に再現させて、その薄気味の悪さや不安な苛立ちのような感情を、皮膚感覚のレベルで伝えてみせる。こればかりはどうにも説明のしようがないのですけれど、でも実際に読んでみればすぐにわかると思います。修辞や文章の技巧だけの問題でなく、お話の構造からしてそういう仕掛けになっているので、きっと趣味とか好みに関係なくわかってもらえるはず。
軸はショートショート的なワンアイデアでありながら(このアイデアの時点ですでにすごいのですけれど)、でも作品としての真価はその使い方こそにある、テクニカルでとても読み応えのある作品。じわじわ腹の底に溜まっていく不快感のような感覚が楽しい、切れ味鋭い現代ホラーでした。