第604話 タダではやらない ベクア視点

「タダで左腕はやれねぇぞ!!」


ベヒモス魔族は俺が腕をちぎりながら飛び上がることなんて警戒していなかったのか、慌てて仰け反った。俺はそんな隙だらけのベヒモス魔族の左目に氷を纏わせた指先を突き刺した。


「ブモォォォォォ!!」


「こほっ…!」


ベヒモス魔族は痛みで暴れながら俺を蹴り飛ばした。その蹴りは指先に氷は集中していたので、あまり氷を纏わせていなかった腹に当たった。




「…かほっ!骨は砕けてはいないか」


俺は骨が折れたであろう腹を抑えながら、吹っ飛ばされた先にあった岩を背もたれにして何とか立ち上がった。


「へっ」


そして、俺は右手に持っている引き抜いた眼球をベヒモス魔族を挑発するかのように見せつけながら握り潰した。

へっ!左腕の代わりに右目を貰ったぜ。



「ブオォォォ!!」


ベヒモス魔族は怒り狂ったように俺に向かってきた。エリクサーで腹くらいは治したかったが、そんな余裕は無いようだな。


「おおぉ!」


俺は痛む腹を我慢し、ベヒモス魔族の頭に手を置いて、足を広げてベヒモス魔族の上をすれすれで飛んだ。


「捕まえたぜ!」


そして、俺は通り過ぎる前に開いた足を閉じて、ベヒモス魔族の右の二の腕に足を搦めた。


「今度は腕を貰うぞぉ!」


「ブガァ!!」


俺はベヒモス魔族の手首を掴んで思いっきり関節とは逆方向に引っ張った。


「離れろー!!!」


「ごばっ…」


ベヒモス魔族は俺を剥がそうと腕ごと地面に叩き付けたり、殴ったりし始めた。だが、俺は意地でも離さない。



「だあぁ!!」


「ブゴォォ!?」


ゴキっ!という音と共にベヒモス魔族の右腕の肘先はあらぬ方向に向いた。だが、この程度の怪我なら高い再生能力のある魔族ならすぐに治るだろう。


「ふんっ!」


だから俺は追撃の意味を込めてベヒモス魔族の肘先を捻り切るつもりで捻った。


「ブゴ!」


「ごぽっ……」


しかし、その途中でとうとうベヒモス魔族の抗いに耐えきれずに手を離してしまった。あらぬ方向を向いた肘先がさらに半回転もしたから最低限ことは出来ただろう。


「フン!」


「うっ…」


ベヒモス魔族のタックルをまともに食らってしまった。もう全身で痛くないところとちゃんと動くところが無くなってるな。


(まずいぜ…)


次の一撃を食らったらさすがに死ぬ。だからって全身に氷を纏わせる体力も時間も無い。だが、俺はゼロスに勝つまでは死ぬ訳にはいかねぇんだ。



「闘拳氷波!」


俺はそう言いながら氷雪を纏わせた拳をベヒモス魔族の方に向けて突き出した。すると、冷気の塊がベヒモス魔族を襲った。


「初めて成功したな…」


ゼロスにも言っていないが、この衝撃波を出すのはゼロスのダーキと同じで、俺の鬼熊であるマキョクの能力だ。具体的には攻撃に獣鎧で纏った属性の衝撃波を放つことだ。今までは冷気が自分の拳にも食らってしまい、全力では使えなかった。満身創痍でいい感じに力が抜けていたから成功したのだろう。



「まだぴんぴんしてやがるな…」


今の攻撃で初めて大きく吹っ飛んだベヒモス魔族だったが、遠くで起き上がるのが見えた。



「ベクア兄様…無茶し過ぎです」


「キャリナか」


横に来ていたキャリナに気が付かないとはな…。そこまで俺は疲弊していたんだな。


「すみません。もっと早く来れればベクア兄様がこんな怪我を負う事もなかったのに…」


「俺が怪我したからって中途半端で来たら寧ろ自害してたぞ」


流石にキャリナが待てずに来たとしても自害はしない。だが、今の負い目を感じているキャリナにはこれくらい大袈裟に言った方がいいだろ。


「それで完了したのか?」


「はい。最後の一撃のおかげで終わりました」


それなら俺がこんなにボロボロになってまで戦った意味があったな。


「これ、私分のエリクサーです。後は私に任せてベクア兄様は休んでください」


「分かったぜ」


キャリナは1人1本渡されているエリクサーの自分の分を俺に渡してきたのだ。その行動で俺は守るべきと考えていた妹はもう守られるだけの存在では無いことを理解した。



「よいしょっと…」


俺は腰を下ろしてエリクサーを飲んだ。左腕をくっつけられるかと思って腕のあったであろうところを見たが、腕の残骸と思われる肉片しか見えなかったから諦めた。


さあ、キャリナ。兄がお膳立てはしてやったぞ。だから後は美味しいところを全部持っていけ。

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