第602話 イムの正体

「2人っきりになったね」


「そうだな」


そこまで遠くないところには誰かしら居るが、この場には俺とイムだけだ。


ドンッ!


「せっかちな奴らはもう始めたみたいだね」


遠くから地響きのような音が聞こえてきた。もう戦いを始めている者も居るようだ。


「それにしてもみんなわかってないな〜」


「何がだ?」


イムはやれやれといった感じでそう言ったが、俺は何を言いたいのか分からない。


「ダーリン側の勝利条件は私を含めてリュウを除く魔族と魔物を殺すこと」


確かに俺達はここでイム達を終わらせるつもりで来ていると思う。


「でも、僕の勝利条件はダーリンを手に入れること。まあ、有象無象も殺せた方が都合いいけど、それは後回しでもいいんだよ。

僕が何を言いたいかって言うと、ダーリン以外が勝とう負けようが、僕がダーリンを手に入れられたら僕の勝ちなんだよ」


「逆に言うと俺が勝てばイムの負けは確定するってことだろ」


「まあーねー」


バハムートやムートが厄介ではあるが、多勢で挑めば倒せない的では無い。ただ、イムは神曰く俺以外では倒せないらしい。だからイムは俺が相手するしかない。


「僕に勝てると信じているダーリンに改めて自分語りをしてあげるよ」


イムはそう言うと、両腕をバッ!と開いてから語り始めた。


「僕は神の座を下ろされ、この世界で最弱であるスライムとして堕とされた!堕とされて千年近く僕を堕とした奴らを堕とし返し、唯一神となるために隠れながら力を蓄えて僕は魔族となり、そして邪神となった!」


イムはそう言うと、闇を纏った。イムの周りだけ光を反射していないかのように真っ黒だ。


「邪神とはいえ、神に戻ることはできた!だが、現世から神界に戻る方法は存在しなかった!だけど諦めることはなく、その方法を探しながら更に力を蓄え続けた。

その結果、戻る方法だけは見つかったけど、その為には僕のような邪では無い神界に居るような善なる神の力を持ち、かつ善神以上の神力を多く持つ者が必要だった。

そもそも現世に神の力を持つものすら居ないからと善なる神の力なんてものは諦めかけた…そんな時に現れたのが神の力の一端を使えるダーリンだ!ダーリンの善神の力と僕の蓄えた大量の神力を合わせれば神界に返り咲くことができる!

だから絶対に必要なピースであるゼロスを俺は絶対に手に入れる」


イムはそう言い終えると、開いていた腕を下ろした。


「邪神だったのか…」


「びっくりした?」


「いや…」


しかし、邪神と聞いて妙に納得してしまった。本当はあまり強くないはずのスライムの魔族であるイムが最強と言えるほど強い理由としては不自然では無い。そして、昔から俺を求める理由も説明がついた。最初から人でありながら神に等しい反射神経を持つ俺に目を付けていたのか。そんな俺は神雷や天使化などなど更に神の力を使えるようになったのだから、イムの洞察力は優秀だったんな。


「俺を欲しがる理由はよく分かった…」


「僕の気持ちが分かってくれて良かったよ」


イムからしたら俺は何千年待ち続けた想い人なのだろう。相手の俺からしたらたまったもんじゃないがな。


「まだ僕に勝てると思う?」


「まあ勝てるとしたら俺だけだな」


「邪神を殺せるの善神の力だけだし、神が神のまま現世に堕ちることはできないし、殺生も禁じられてる。だから理論上は僕を殺せるのはダーリンだけだね」


だから俺がイムを殺るしかない。


「ふっ…!」


俺は全速力でイムに近付いて剣を振って首を落とそうとした。


「かはっ…」


「あくまで理論上の話だけどね」


何が起こったのか理解できなかった。剣を振ったと思ったのだが、気が付いたら俺はイムを見下ろしていて、さらに剣が手から離れていた。そして、遅れて腹に激痛が襲ってきた。そこで俺はやっと状況を理解した。イムの伸びた右腕が俺の腹を貫いていることに。


「がっ…」


「これで力の差はわかった?ダーリンが抵抗しなければ有象無象も悪いようにはしないよ」


イムは俺を投げ捨てるように、腕を振り下ろして俺から腕を抜いた。


「…いいようにもしないだろ」


俺が絞り出すように言った言葉にイムは否定も肯定もしなかった。



(不意打ちができるできないの次元じゃないな…)


今までの考えの甘さを後悔した。恐らく、堕天使化をできるムートを基準に考えていたのが間違いだった。イムはムートとは次元が違い、本物の神なんだ。神が絶対にレベルを上げて進化しろと言っていたのをこういうわけだったんだな。



「進化…」


俺は進化を行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る