第599話 時間稼ぎ
「ダーリンは私のだからそれは駄目だよ」
「こいつが愛しのダーリンって奴か!雑魚ならどうしようかと思ったが、こいつなら納得だぜ!」
俺は誰のものでもないが、そんなことよりも目の前にいるこの謎魔族が気になって仕方がない。
「こいつと戦っていいんか?」
「殺さないように注意してね。3人と魔物は邪魔になるから離れてね〜」
イムの声で俺を睨んでいた魔族達とヒュドラやリヴァイアサンと龍はそれぞれに乗って離れて行った。
「しゃあ!行くぜ!」
魔物の姿がボヤけてしか見えないくらい離れると、謎魔族が俺の方へ向かって来た。
「神雷クアドラプルハーフエンチャント」
俺は全てのエンチャントを神雷エンチャントに変更した。天使化の状態ならこれでも問題なく身体を動かせるだろう。ちなみに、ジールは精霊降臨したまんまにした。この黒く輝いている謎魔族には精霊化で攻撃を無効できる気がしないからな。
「オッラ!」
「はあっ!」
謎魔族の蹴りと俺の2本の剣がぶつかり合った。
「マジかよ…」
「互角か!」
俺と謎魔族の力は拮抗していた。全力で神雷エンチャントを行っているので、さっきよりも強くなっているはずだったのに、拮抗しているのに驚いた。
「ぐっ…!」
「ラッ…!」
俺達はお互いを押し切ろうと力を込めた。
(あっ…)
ここであることを思い付いた。それはここで俺が進化したらこの謎魔族を押し斬れるかもしれないということだ。すぐにでも進化しようとも考えたが、それはやめた。
「ふっ…」
「アッ!」
俺は謎魔族の足を受け流した。受け流した足は弧を描いてつま先から地面に落ちると、謎魔族のつま先を中心に地面が大きく凹んでひび割れた。
「おらっ!」
半身になっている謎魔族の蹴りを放つと、謎魔族は腕でガードしながら吹っ飛んだ。
「おい!お前の名前はなんだ!」
「俺の名前はゼロスだ」
吹っ飛んですぐに体勢を立て直すと、謎魔族は俺の名前を聞いてきた。俺は一瞬名前を教えることに警戒したが、あまり絡み手をするようなタイプに見えなかったので、それに素直に答えた。どうせ俺が答えなかったらイムが言うだろうしな。
「俺様の名前はムート。さっきの子分って話は無しだ!ゼロスを俺のライバルと認めてやるぜ!ゼロスは俺様に持っていない技を持っている!俺様と戦って2人でもっと高みへ行こうぜ!」
ムートはそう宣言すると、俺に向かって突撃してきた。
「ちっ!」
俺はまた剣と拳を合わせて察した。やはり俺と謎魔族改め、ムートの戦闘力はほとんど変わらない。なので、進化をすれば勝てるとは思う。
しかし、俺の目的はムートに勝つことでは無い。ソフィ達が来てくれるまでの時間を稼ぐことだ。ここで全力を出してムートを倒したところでイムや他の魔族はまだ残っているのだ。それを俺1人で相手するのは無理だろう。
俺とムートの戦闘力が同じということは戦いは長期戦となる。俺はムートで時間稼ぎをすると決めた。
俺はムートの攻撃を受け流したり、反撃したりした。
「はあ……はあ………」
「はあ…はあ…」
もう周りは真っ暗だ。ムートと何時間戦い続けたか分からない。ムートは宣言通り俺の技を盗んで最初よりも確実に強くなっている。それなのに、俺がまだ戦っていられるのは俺が天使化を使いこなすことができるようになったからだろう。さすがに十何時間も戦っていれば天使化の使い方くらい覚えられる。
ちなみに、ムートについて分かったのはムートの周りの黒い輝きは天使化と似たような効果であるだろうということくらいだ。ただ、俺よりも効果の能力自体は弱い気がする。
(しかし、天使化の欠点も分かった)
天使化の欠点はユグ、ダーキ、ブロスの力を使えなくなることだ。もちろん、天使化の方がステータス面では3人の合計のステータス上昇を遥に上回る。だが、その代わりユグの精霊降臨、精霊化、獣化、悪魔化、悪魔憑きが使えない。つまり、空中に足場を作ったり、スキルを封印することなどは不可能なのだ。
まあ、精霊界などから魔力などを持ってくることができるので、魔力とスタミナ切れの心配はほぼ無いだろう。悪魔界から持ってこれるのもあるので、もしかしたらヒュドラ魔族の毒も平気だったかもしれない。まあ、命をかけてぶっつけ本番で試そうとは思わないけど。
(とはいえ、精神的にはかなり疲れたな)
自分とほぼ同じ実力の者と長時間戦い続けるのは学びがあるが、少しのミスで均衡が崩れるので緊張感も高い。
「休憩はもういいだろ!行くぜ!」
「こいよ!」
こうして俺とムートは夜通し戦い、次の日も戦い続けた。
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