第557話 揃った

「しかし、僕の思惑通りに魔人の村に来てくれてありがとね」


「魔人達の戦力調査か」


俺がそう言うと、イムは目を大きく開いて驚いたような表情になった。


「よく分かったね。あ、分かったのは妹ちゃんか」


自信満々に言っておいて何だが、確かにこれはソフィが考えたやつだ。俺は図星をつかれてつい黙ってしまった。


「それにしても、自分で探らずに俺達に任せるとは余程魔人達が怖かったんだな」


俺が挑発するようにそう言うと、イムの顔がムッとして分かりやすく怒っているように見えた。


「そこは慎重って言ってほしいな。一応魔人の王がリュウちゃんよりも強いことも想定したからダーリンに任せたんだよ」


それはリュウよりも強かったらイムは自分が殺されると思ったってことか?


「でも、王も側近とやらもリュウちゃんよりも全然弱かった。これなら僕の計画も問題ない」


「け…っ!」


計画とは何か聞こうとしたが、それを聞く前にイムはゾッとするような不気味な雰囲気に包まれた。


「もう欲しい物は1つを除いて全部揃ったんだよ。後はもう時間の問題だよ。具体的には1年から3年くらいかな?もしかしたらもう少し早くなるかも」


「……」


イムは俺の方に歩いて来ながらそう言った。俺はイムに警戒して剣の柄を握っていつでも斬りかかれるように準備した。


「だから後は…」


イムがそう言った時に剣の間合いに入ったので、剣を振って斬ろうとした。


「ぅっ!」


声にならない悲鳴が出た。その理由は突如間合いを詰めてきたイムが剣を抜こうとした手を抑えるように上から手を置いていたからだ。


「だから後はダーリンだけなの。ダーリンが手に入れば僕の欲しいものは全部揃うの」


俺はイムの話しをほとんど聞いていなかった。理由は俺の手の甲を抑えながら、手の甲を撫でるイムの手に身の毛がよだつような不快感を感じていたからだ。


「くっ!」


俺は神雷ダブルエンチャントをして本気で剣を抜きにかかった。しかし、剣を抜く前に気が付いたらイムの両手と恋人繋ぎしていた。


「ううん。僕が欲しいのはダーリンだけ。他はダーリンを絶対に手に入れるために手に入れただけのただの副産物。僕が欲しいのはダーリンだけ…」


「うっ…」


イムはぶつかるのではないかと思うほど至近距離で俺の方をじっと見つめながらそう言ってきた。イムの目はうっとりとしていて、俺を見ているはずなのに俺を見ていないように感じて言葉にできない気持ち悪さが込み上げてきた。


「ねえ、だからダーリン…」


「ちっ!」


俺は蹴りを入れたが、イムの体を通り抜けた。これはブリジアの悪魔の能力とは違い、スライムの特性で通り抜けただけだ。実際に柔らかいゼリーを蹴ったような感触はあった。


「僕の…僕だけのものに…」


俺は雷電魔法を放とうとしていたが、イムがそこまで言ったところでイムの顔の横に魔法が突然現れた。イムは掠りながらも俺から顔を離してそれを避けた。


「ねえ、良いところ何だから邪魔しないでよ」


「私のお兄ちゃんに何してるんですか?」


その魔法を放ったのはソフィだった。ソフィの発言にツッコミたい事はあるが、助かった。イムの意識が少しソフィの方に片寄った。


「神雷纏」


俺はその隙に神雷纏を行った。


「ぅ‥!」


すると、イムは顔をしかめながら俺と握っている手を離して俺から1歩下がった。


「はあっ!」


「かふっ…!」


イムが下がったことで剣を存分に振れるようになったので、即座に剣を2本抜き、クロスするようにイムに斬り付けた。すると、さっきまでの効かない蹴りが何だったのかと思うほどまともに当たり、イムは苦しそうな声を上げて吹っ飛んだ。そして、木に当たってべちゃっ!と潰れた。しかし、すぐに元の形に戻った。


「危ない危ない…。今すぐダーリンを連れ帰っても意味無いんだった」


イムはギリギリ聞こえないくらいの小さな声で何か呟いた。


「まだ時期じゃないからここは引くよ。次に会う時には本気でダーリンを僕だけのものにするから。ダーリンは僕が本気で欲しいと思うだけの価値があるんだよ。だから次に会う時はもっともーっと強くなっててね」


「いえ、ここで死んでください」


ソフィがそう言うと、イムの体に何本もの魔法の槍が突き刺さった。それはもうイムの姿が見えないくらいの量の槍だ。そこに追い打ちをするようにソフィはアダマーと戦った時よりも大きい炎の玉を転移させた。炎の玉がイムに当たると激しい爆音と爆風に包まれた。


(またね)


「うっ!」


俺の耳元でイムの声が聞こえてきた。神速反射を最大限活かして剣を振ったが、俺の横に落ちていたのはイムの片足だった。


「ダークフレイム」


ソフィはすぐにその片足を焼き消した。


「また仕留められませんでした…」


こうして意味深なことだけを言ってイムは再び姿を消してしまった。その後は俺が1人でこんなところに来ていることに怒っているソフィの宥めてから、爆音で目が覚めた者に何でもないと言ってまた眠ってもらった。俺も色々と疲れたので村で少しだけ眠った。

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