第548話 力比べ

「ぐうっ!」


ドレリアの金棒とベクアの氷を纏った右拳がぶつかった結果、ベクアの右腕の氷が砕け、苦しそうな声を上げて吹っ飛んだ。ベクアは咄嗟に地面に左腕を刺して勢いを殺した。その結果、柵にぶつかる形にはなったが、ギリギリで止まれた。


「ここまで力負けするか!力比べならゼロスとも張り合えるのにな!」


ベクアは右拳の血を払いながらそう言った。確かに純粋な力比べだけの勝負なら俺が全力のエンチャントを行ってやっとベクアに勝てるレベルだ。だからそんなベクアがこうもあっさり圧倒的に力負けするとはな。


「行くぜ!」


ベクアは氷を纏い直すと再びドレリアに向かっていった。また殴り掛かるのは同じだが、今度は真っ向勝負ではなく、多少受け流している。しかし、基本的には金棒と打ち合っているので、轟音が響いている。ただ、ベクアは力負けしている相手に無策に接近戦の殴り合いを挑んでいる訳では無い。


「っ!?」


突然、ドレリアは滑って体勢を崩した。滑った理由はベクアがドレリアの少し後ろの地面に氷を敷いていたからだ。


「どぉら!」


「かっ…!」


その隙を付いたベクアの拳はドレリアの腹に入った。ドレリアは最初のベクアのように吹っ飛んだが、地面に金棒を叩きつけることによって無理やり止まった。そして、止まったと思ったらすぐにベクアの元へ強く地面を踏み抜いて向かった。


「おおっ…!」


再びやってきたドレリアの攻撃を受け流した時に驚愕したようなベクアの声が聞こえてきた。


「さっきまでが全力じゃないんだな…」


今度はドレリアの金棒を振った時の風圧が遠くにいる俺達のところまでやってきている。


「まともに防げなければ今の力で振ったのが当たったら即死ですからね」


「一応ベクアは敵として認められたってことになるのかな?」


確かに今の力で振られたのがシャナに当たったとすれば当たりどころが悪くなくてもあんな巨大な金棒がまともに当たれば即死だろう。ベクアは何とか捌けているし、仮に当たっても自前の氷を纏っているので即死はしないだろう。


「それにしてもベクアの戦闘センスは凄いな」


「接近戦限定だけどね」


俺の発言にエリーラが吐き捨てるようにそう言ってきた。だが、その発言はエリーラが接近戦だけはベクアの才能を認めているということだ。

実際にベクアのセンスは凄い。今も戦いながら成長しているのだからな。ドレリアは力任せの打撃で戦うということでベクアに近いものがある。それを間近で見ながらベクアのキレは少しずつ増している。ドレリアも金棒だけでは捌けないのか、拳や足も使うようになっている。


「かはっ…はあ…はあ…」


「ふぅ…ふぅ」


2人は一旦距離を取った。共に激しい接近戦を行っていることで疲れているようだ。だが、過呼吸気味になっているベクアの方が遥かにキツそうだ。


「らあっ!!!」


ベクアは叫びながら魔力纏の量を一気に増やした。元々ベクアの魔力量は多くないので、今の量で消費したら1分も持たないだろう。さらに、ベクアは地面に敷いた氷を無くして、防御も少し薄くして左拳に氷を集中させた。

そんなベクアを見たドレリアは腰を低くし、金棒を担ぐように構えた。


「はあーーっ!!」


「ふうっ!」


そして、お互いが同時に駆けだし、ベクアの左拳がドレリアの右頬に、ドレリアの金棒がベクアの右脇に当たって2人で同時に吹っ飛んだ。



「こ、これは…」


ベクアは柵を越えて吹っ飛び、ドレリアは柵を壊して1歩足が場外に出てしまった。こんなこと初めてだったのか、審判が判断を悩んでいた。


「引き分け」


そんな中、ドレリアはそう一言みんなに聞こえるように言って場外にいる側近達と王の元へ歩いて行った。


「りょ、両者場外!引き分けです!」


そして、審判が引き分けと宣言して、再び場内の整備の時間になった。

しかし、普通ならドレリアの勝ちだっただろう。なぜなら、ベクアは柵を越える程の勢いで吹っ飛んだのに対して、ドレリアは両足で踏ん張りながら引きづられるようにして場外に出た。ベクアが落下して場外に落ちたのを考えてもドレリアが場外に出た時の方が遅かっただろう。



「く、くっそ…。あれは完全敗北だぜ」


「あ、ありがとうございます」


ベクアが場外にいる審判の魔人に肩を貸される感じで連れて来られた。ポーションを貰ったようで外傷はほとんど見えないが、かなり疲れているようだ。


「次はどうする?」


「私が行くわ。あんた達兄妹の後だと、順番が回って来ないかもしれないわ」


エリーラがそう言いながら整備を終えた場内の方に歩いていった。引き分けということでお互い新しい者が戦うので、相性とかも無い。やる気ということもあるのでエリーラに任せることにした。


「相性関係なく、次があれば私が出ます。大将はお兄ちゃんがお願いします」


「え!?」


エリーラを見送りながらソフィが俺にそう言った。もしかすると、俺の出番無くなるかもしれないな…。ただ、最後の砦である大将をお願いと言われたら断れないよな。そして、エリーラやソフィには勝って欲しいが、俺も戦いたい。俺はそんなジレンマを抱えながら場内に入ったエリーラを見ていた。

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