第337話 少しのイラつき

「なあ、訓練場に行く前に着替えに行ってもいいか?」


「いいのか?国王様は先に行ったけど」


「親父も着替えるから同じだろ」


素人目で見ても確かに今のベクアの服装は戦闘して汚していいほど安価なものでは無いと思う。それは多分国王様も同じなのだろう。


「じゃあ俺は先に訓練場に行ってるわ」


「え…!いや!ゼロスは場所知らないだろ!」


「あっ」


ベクアの言う通り訓練場の場所なんて聞いてないから知らなかった。


「なら別にメイドとかに案内してもらえば…」


「魔族を警戒している中で城内でお前が1人で歩いてたらまずいだろって!いいから着いてこいよ!」


「確かに…了解」


王族のベクアのような誰が見ても信用できる獣人意外と城内を歩き回るのはあまり良くないことだろう。俺は大人しくベクアの着替えに付き合った。



「悪い、待たせたな」


「…さすがに遅いぞ」


30分以上待たされた気がする。ソフィとか女子の着替えにこれくらいの時間がかかるのは仕方ないと思うようにはなった。しかし、お前は男だろ。どう着替えてそんなに時間がかかったんだよ。


「だから悪かったって。ほら行くぞ」


「はいはい」


俺はベクアに案内されて訓練場に向かった。




「来たな!では、この俺の側近であるゾリーと戦ってもらう!」


「よろしく頼む」


訓練場に着くと、そこの真ん中に国王様の斜め後ろにいた1人が立っていた。キャリナやウルザなどの他の獣人は全員訓練場の端の方に居た。なんか知らない獣人もいるけどいいのだろうか?


「ほら、ゼロスお呼びだぞ」


「ちょっと行ってくるわ」


「おう…最初から全力でいけよ」


去り際にベクアから忠告をされた。ベクアがそこまで言う相手なのだろう。


「準備はいいか!」


「問題ありません」


「大丈夫です」


今回の模擬戦?の審判は国王様直々に行ってくれるようだ。

俺は腕輪状態の闇翠と光翠を剣の状態に戻して、鞘を付けたまま構えた。剣を抜くのはまずいからな。


「開始!」


「獣化」


「悪魔化、獣化、精霊ジールエンチャント、雷電ダブルハーフエンチャント」


俺はブロスの三対の羽とダーキの耳と二本の尾を出した。


「おいおい…嘘だろ」


俺の相手の側近の体は獣化をして大変化した。一応人型だが、身長は倍以上の4m近くまであり、来ていた上着は木っ端微塵になっている。裸になった上半身はムキムキのコンクリート色だった。上半身に目を奪われたが、ズボンもパツパツになっているし、靴も無くなっている。足も巨体を支えるためにごつくなっている。



ドッドット!


巨体に似合わずそれなりに早いスピードで側近が走ってきた。側近は拳を後ろに構えて、スピードに乗せたパンチを繰り出そうとした。構えで何がしたいかバレバレだ。とりあえずそれを受け流してカウンターだ。



「え…!?」


『な!』


『むっ…』


そう思って受け流そうとした瞬間に俺の悪魔化と精霊ジールエンチャントと雷電ダブルハーフエンチャントが無くなった。


「ふんっ!」


「がっ…」


悪魔化などのステータス強化が無くなったせいでタイミングがズレてパンチを受け流せなかった。俺はモロにパンチを食らって吹き飛んだ。拳が大きいせいで顔全体を殴られた。


「ふっ!」


ダーキの妖力を使って壁まで吹っ飛ぶ前に止まった。それでもダメージは大きく、たらーっと鼻血が垂れてきた。



「ベクアめ……」


ちらっとベクアに目線を移すと、手を合わせて舌をぺろっと出した後に口パクで「ごめん」とやっていた。何が全力でいけよ…だよ!全力出せないわ。


「…なら最初から教えておけよ」


ベクアが着替えに時間をかけていたのは、これを準備する時間を稼ぎたかったからだろう。

俺は魔力の使用禁止にしたことは別にいいと思っている。魔族に対する抑止力になるかの確認のために大会と同じ条件で戦ってもらいたいのはわかる。ただ、最初からそれを教えておけよ。なんでハンデのような1発を食らわなければいけないんだよ。


「…少しだけイラッとしたな」


前世ならこれくらいのことではイラつかなかったと思う。まあ、前世で同じ状況になることはなかったけど。もしかすると、この体の13歳に精神年齢も引っ張られているのかもしれない。

ちなみに、ベクアの言う通り、無理やりゴリ押しで魔力を使おうとすれば使えそうではある。だけどそれだと大会前に魔導具を壊してしまうかもしれない。それに今回はダーキのテストも兼ねている。無理やり魔力を使って倒しても不合格になりそうだ。



ダッダッダ!!


俺が魔力も使えない状況で急に勢いを止まったのを側近は少し警戒していたが、俺が何もしないせいか、また向かってきた。


「ふん!」


今度はさっきと同じフォームでのパンチに見せかけて前蹴りを放ってきた。それを俺は受け流す素振りをしたが、受け流さずに2本の剣で叩き付けて避けた。そして、叩き付けた勢いで足の上で前転のように回りながら側近の体を登った。


「おらっ!!」


「ぐっ…!」


そして、やり返すように顔面を2本の剣でぶっ叩いた。巨大だから顔面を叩くのが大変だな。

ただ、反撃はこれで終わりではない。後ろに倒れそうになっている側近の右頬を軽く剣で叩いて横回転をして勢いを付けて今度は左頬を全力でぶっ叩いた。仰向けに倒れそうになったところにさらに横に叩かれたことで、側近は転がりながら今度こそ吹っ飛んだ。



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