第338話 真意

「平然と立ち上がるのね」


俺は小声でそうぼそっと呟いた。俺が思いっきり2発も顔面を剣で叩いたのに、側近はダメージは全くないかのように立ち上がろうとしていた。

見た感じでは鼻は長くないけど、多分象のような獣と契約でもしているのだろう。それならこの攻撃力と耐久力の高さが納得できる。


「多分魔攻と魔防は低いと思うんだけどな…」


敏捷もそれなりに高かったので、魔攻と魔防は低いと予想できる。


「はぁ…よし」


また側近は立ち上がって向かってきた。俺は尻尾を4本に増やして迎え撃った。



「はっ!」


「ぐ…ふんっ!」


「よっ…はっ!」


「がっ…」


やばい。これはかなり長期戦になりそうな予感がする。側近の大振りな一撃必殺のような攻撃は受け流したり避けたりするのにそんなに苦ではない。しかし、側近が俺の攻撃を食らうのもそんなに苦にはなっていないだろつ。


このままいくと、俺の集中力が切れて攻撃をもらうのが先か、側近が俺の攻撃に耐えきれなくて倒れるのが先か我慢比べみたいになる。

そんな状況を打破できる方法は2つある。それは俺が魔力の使用を解禁すること、それと鞘から剣を抜くことだ。


まず、剣を鞘から抜くことだけはダメだ。多分抜けば側近に大ダメージを与えることは可能だろう。ただ、模擬戦で剣を抜くのはご法度だ。剣を抜いた時点で模擬戦では無く、殺し合いをするという意図に捉えられてしまう。それに、それで勝てたとしてもそれは剣の力で勝ったような形になってしまう。


次の候補の魔力を使うこと。これも禁止されて……


「あっ」


そういえば、ベクアはなんて言った?「全力でいけよ」と言っていた。この魔力使用不可になる状況を知ってて何の意味も無くそれを言うほどベクアの性格は悪くない。使用不可になった瞬間は少しカッとなってしまい、そこまで考えてはいなかった。

チラっとベクアに視線を移して、魔法を使うような素振りをした。すると、ベクアはニヤッと笑った後に頷いた。


「……悪魔化、精霊ジールエンチャント、雷電ダブルハーフエンチャント」


「ふんっ!」


俺は強制的に解除されたやつを再び行った。そして、側近の攻撃を正面から剣で受け止めた。


「それぞれ効果が弱まってるな」


力関係的には押し返せてもおかしくないレベルの強化はしたはずだ。しかし、俺は押し負けて数m後ろに下がった。

再びベクアをチラッと見ると、満面の笑みで頷いていた。



「魔導具を新しくでもしたのか?」


ベクアから聞いた情報では、魔導具に魔法などを弱めるとかの効果はなかったはずだ。今回はそれの実験も兼ねて俺を呼んだのかもしれない。


「それこそ先に言っとけよ」


遠回しに言われたせいで意図に気付かないところだったぞ。


「………」


側近は魔力を使ったのを見て、魔法を警戒したのか、数歩下がった。だが、俺は魔法は使わないつもりだ。多分だけど逃げ回りながら魔法を放ち続ければ負けることは無いだろう。だが、そんなことではダーキから確実に不合格にされる。魔力を少し無理やり使ったの現時点でも合格になれるか怪しいのに、これ以上マイナスになりそうなことはしたくない。


「雷縮」


今日初めて使った雷縮で側近の正面まで移動した。


「っ!ふん!!」


わざと目の前に来てからゆっくり行動して側近から攻撃してくるのを待った。予想通りに側近は俺に蹴りを放ってきた。


「っ…はあ!」


「ぶふっ…!」


それを俺はジャンプして避けた。そして、また顔面を全力でぶっ叩いた。ちなみに側近に先に攻撃させたのは防御に集中させないためだ。

側近は最初の俺のように吹っ飛んだ。俺はダーキの妖力で空中に一瞬だけ作った足場を蹴って追った。



「…んぐっ」


側近は壁に当たる前に急停止した。吹っ飛んでいる最中に急に止まったため、空中で今にも仰向きに倒れそうな変な体勢になっている。


「はあっ!!!」


「がふっ…」


まだ妖力の出力は強くないので、側近は動こうと思ったら動けてしまう。だから動く前にもう一度顔面に剣を打ち込んで、地面に叩き付けた。


「こ、の…」


「おっら!」


「いっ…」


側近は横になっていて、俺はそんな側近の上に立っている。こんな有利な状況は逃さない。掴もうと出てきた腕を剣で叩いて払い除けた。そして、側近の全身を剣で滅多打ちにした。



「ぐふっ…がふっ…!ま…参った」


「ふぅ…」


「そこまで!」


滅多打ちにしているのにも関わらず、かなり抵抗していたからどうしようかと思った。本格的に俺を振り落とそうと暴れだしたらすぐに上から降りられるようにはしていたが、ここで終わってよかった。



「えっと…大丈夫ですか?」


「いや…こんなに痛め付けられたのは久しぶりだよ。ありがとう。ぜひまた模擬戦をやろう」


「あ、うん…」


獣化を解除した側近に手を差し伸べて立たせたが、思ったよりも元気そうだったし、何より満面の笑みだった。

まあ…個人の趣味は人それぞれだよな。



「ゼロス!おれの意図に気付いてくれてよかっ…」


「おりゃ」


「ぐへっ!」


笑顔でそう話しながら近付いてきたベクアの腹を殴った。殴ったのはちゃんと悪魔化も獣化もエンチャントも全て解除してからだ。これくらいの仕返しは許されるだろう。


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