第22話 終幕・再び星空の天幕亭のとある日

「一つ聞いていい?トリスタン」


 妙に深刻な口調でクロエが聞いてきたのは、その日の探索を早めに切り上げて、人気のない星空の天幕亭のホールでのことだった。



 今日は新しく現れたダンジョン、水没都市フレグレイ・ヴァイアにいってきた。

 要石キーストーンを使うためには一度はその階層まで自分で行く必要ある。

 それに内部の地図はマップサーチで見れるが、どんなダンジョンかというのは自分で見ないと分からない。


 水没都市フレグレイ・ヴァイアは一つのフロアが広いダンジョンらしい。

 水没都市というだけあって階層型の都市の廃墟のような感じで、石造りの建物は水浸しのところがほとんどだ。

 水は冷たくて体力を奪うし、足元が水浸しだと足を取られたり滑ったりとか動きに支障が出る。

 水中は死角が多く奇襲には対応が遅れがちだ。


 そこらじゅう水浸しだと野営するのも大変だし、おそらく構造以上に厄介なダンジョンだ。

 とはいえ、出てくる魔獣がなかなかいいドロップアイテムを落とすから、危険に見合った成果はある

 当分は挑戦する奴は多いだろうな。



 疲れて帰ってきたところに妙に緊張感のある口調で一瞬身構えてしまう。


「なんだ?」

「この世界では……なんていうか特別に好き合っている人同士が特別な関係を作ることはあるの?」


「……結婚のことか?」

「うん、そう、それよ。あるのね」


「そりゃあ、あるだろうよ」


 何のことかと思ったが。

 結婚が無い所なんてあるんだろうか。


「一時期はずいぶん豪華なのが流行ったな。白いドレスを着たりとか、教会ギルドから特別な認可証もらったりとかな」

「今は?」


「廃れた。多分面倒だったんだろうな」


 結婚式なる習慣は教会ギルドがやり始めたが、しばらくしてすぐ無くなってしまった。

 俺も実物を見たことはあまりない。 


「ミッドガルド・オンラインじゃ一度は実装されたんだけど……すぐ無くなっちゃったのよね。

昔からどっちかというとガチのやり込み勢が多くて、そういう浮ついた雰囲気にならなかったの。だからかな」

「なるほどな」


 と言ってはみるが。

 ミッドガルド・オンラインなるものがゲームというものだというのは分かってきたが、相変わらずそれが具体的には何なのかよくわからない。

 

「でも結婚はあるんでしょ?……この世界のやり方を……知りたい」


 クロエが言って真剣な目で俺を見る。


「正式にあなたと特別な関係になりたい」

「今のままでもいいんじゃないか?俺達は相棒だろ」


 レベル98……もうじき99になるらしいが、の星騎士ステラナイトクロエとレベル91の案内人ガイドである俺の二人パーティはアルフェリズでは知らない者はいない。

 

 クロエもなんだかんだで結構他のパーティのサポートで戦っていることは多い。上位帯に行くと強さに増長してやりたい放題する奴もいるが、クロエはそんなことはない。

 最上位クラスには責任があるのよ、ということらしい。冒険者の良い見本ロールモデルとして教会ギルドの連中からも信頼されている。


 とはいえ、俺が他のパーティの案内をしている時か、クロエが他のパーティの助太刀に入るか時以外は、基本的には二人でいるんだが。


「だって、私は貴方を追ってきたの……」


 そう言ってクロエが言葉を切った。

 このセリフ自体はクロエがよく言うが、いつもの軽い口調じゃない。真剣な話だな。


「冒険者はお互いに誓いの品を交わし合うんだ。そしてそれを身に着ける」


 結婚式なる習慣は突然現れて廃れてしまったが、結婚自体は当然ある。

 冒険者は結婚の証として、それぞれの持っている装備を交換するのが習慣だ。


 これはレア度の高い装備を相手に与えることによってお互い離れ難くするため、とも言われている。

 なので、ダンジョンとかで相手に付けてもらえるような装備を探して交換し合う。

 それに、相手のために装備品を探すこと自体が愛の証明でもあるわけだ。


 とはいえそう言うのが都合よく出ないこともあるから、結婚まで長引いたりすることもあるらしい。

 それに、戦いの中で互いの背中を預け合うことは強い結束感を生む。だから、そんなことしなくてもずっと一緒にいる奴も少なくはない。


「誓いの品……」


 クロエが考え込むが。


「もう貰ってるよ」


 そう答えるとクロエが首を傾げた。


「村雨をくれただろ」

「でもね……あれは…………そう言う意味じゃなかった」


 クロエが気まずそうに口ごもった。

 確かに、あれをくれたのはこいつの目的というか思惑があっての事だということくらいは分かるが。

 

「あれが俺の人生を変えてくれた。お前がいない時も何度もあれに救われたよ」


 魔獣と戦って絶体絶命の窮地や案内していたパーティの危機を村雨の致命的一撃クリティカルが打開してくれたことは一度や二度じゃない。

 あれがなければ、今頃俺は何処かで死んでいただろう。


「じゃあ……あの」


 クロエが上目遣いで俺を見る。


「これくらいしかないが、これでよければ」


 アイテムボックスから小さい袋を取り出した。



 クロエが掌を広げて袋をふった。

 袋の中から銀の指輪が転がり出てくる。銀に星の細工を入れて中央には星水晶スタークリスタル

 透明な宝石の中に白く光る結晶が入ったかなり珍しい石らしい。宝石商が言うには。


「これは?……まさか、準備してくれてたの?」

「いや、流石に違う」


 こんなシリアスな状況で渡すつもりは無かった。


「前にヴァルメイロに行った時に注文した。お前が妙に指を気にしてるようだったからさ。

単なる贈り物のつもりだった……いつ渡したものかと考えてたんだがな」


 俺もそうだし、夫婦のパーティを見るとき指を見てたのは気づいていた。

 

「……分かってたの?それも案内人ガイドの能力?」

「そんな能力あるわけないだろ」


 観察するのも案内人ガイドの仕事ではあるが、これは能力とは関係ない。

 クロエの世界の風習は分からないが、指輪が何かこいつにとって特別な意味はあるんだろうということくらいは察しが付く。


「あれだけ露骨なら気づくさ。というか、お前気づかれてないと思ってたのか?」


 そういうとクロエが恥ずかしそうに俯いた。


「いっておくが、殆どステータス向上効果はないぞ。Nノーマルの単なる指輪だ。

特別に作ってもらったから値段はまあそれなりだが、それでもせいぜいRの下くらいだな。村雨とはとても釣り合わない」


 武器に防具、小物アクセサリまでXRとSSR装備を揃えているクロエに贈れるものなんてないからこういう風にしたんだが。


「トリスタン。そんなのどうでもいいの。あたしたちの世界じゃね。SRもXRもなにもないのよ」


 そう言ってクロエが左手を差し出してきた。


「ねえ、つけて?」


 周りを見回すが、十五の刻という半端な時間のせいか星空の天幕亭のホールには今は殆ど人はいない。

 とはいえ、気恥ずかしいことには変わりない。なんとなく特別な仕草だってくらいは感じる。


「自分でつければいいだろ……装備は自分で……」

「つけて」


 有無を言わさぬって言う口調でクロエが言う。


「はい」


 クロエが薬指を差し出してくる。手を取って指輪を指に通した。

 指輪がぴったりとはまる。クロエが嬉しそうな、ちょっと不思議そうな顔でほほ笑んだ。 


「なに、あたしの指のサイズ、しっててくれたの?」

「いや、装備品として作ってもらった。クラスはノーマルだが、その辺は抜かりはない。」


 装備品は装備する人間の体に合うようになっている。

 そうでないと、クリア報酬トロフィーで獲った装備が体に合わない、なんてことになりかねない。

 クラス的に装備できないものは仕方ないが、体に合わないのでは泣くに泣けない

 クロエが露骨に不満げな顔をした。


「無粋……こういう時はね、知ってたよ、とか言ってほしい」

「無理言うな」


 鎧とかならともかく、指のサイズなんて分かるはずもない。

 

「ひとつ……あたしの世界の話をしていい?」

「いいぞ」


「結婚に当たって、あたしたちの世界では二つの指輪を用意するの」

「そうなのか?なんで一つじゃダメなんだ?」


「二つ目は、装備品じゃなくしてほしい」 


 俺の質問を無視してクロエが続けた。


「それだとサイズが合わないと困るだろ?第一、どうやって選べばいいんだ?」

「そっか……この世界じゃサイズ何号なんていうのは無いんだ」


「それに装備品じゃなくなると、Nノーマルですらなくなるぞ」


 装備品じゃないものにレア度は無い。

 物のランクと言う意味では、そこらのテーブルや椅子、壁のタペストリーとかと変わらないものになってしまう。

 クロエが首を振った。


「あのね、XRエクストラレアは珍しいと言う意味であって強いって意味じゃないの。震天雷も村雨も誰にでもつけられる。

でもその指輪はあたしだけのもの……貴方がくれる世界でひとつだけのものでしょ。それがあたしのXRエクストラレア

「……分かったよ、じゃあちょっと待っていてくれ」


 アルフェリズも大きな町ではあるが、王都ヴァルメイロには及ばない。

 折角だからヴァルメイロの工房で注文してこよう。


「一人で行くわけ?」

「こういうのは相手のために自分で用意するもんだ」


 そういうと、クロエが少し残念そうな顔をした。


「それがこの世界の流儀なら従うけど、あんまり細い指輪にしないでね」

「なんでだ?」


「だってさ……入らなかったら傷つくでしょ」


 クロエが指を見ながら言う。

 ここに来たときは戦士っぽくない華奢な指だったが、今はすっかり硬くしなやかな戦士の指になった。


「そこまで言う位なら初めから装備品にしておこうぜ」


 合理的じゃないと思うが。


「そもそもね、サプライズ演出が悪いとは言わないわ。でも外れることもあるの。リスクが高いやり方なのよ……勿論嬉しいんだけどさ。本当は一緒に選びたいの」

「サプライズってなんだ。奇襲攻撃サプライズのことか?」


 なぜここで戦闘の用語が出てくるんだ。


「でも一緒に行くのはいいでしょ、店には入らないから」


 クロエがまた俺を無視して話を続ける。


「……それじゃ意味ないだろ」


 そう言うとクロエが俯いて黙った。

 

「だって……すぐに欲しいんだもん。ここで待ちたくない」


 クロエが怒ったように俺を睨んだ。


「もう、言わせないでよ、トリスタン。やっぱり意地悪になった……もっと女心も読んでよね。なんであたしの挙動は観察してるのにそういうのは分からないの?」

「観察はするが内心まではわからん。繰り返しになるが、案内人ガイドの能力に心を読むなんてものはない」


「じゃあ、もっと分かって……あ、でも分かるのは私の事だけでいいからね」


 クロエが一歩近づいてきて念を押すように言った……やれやれ、色々とこだわるんだな。

 最強の冒険者としての能力と、そこらの村娘のような心持ちの不思議な二面性は今もあまり変わらない。

 これもクロエの世界のやり方なのか、よくわからんが。まあこいつが喜ぶならそれでいいか。


「分かりましたよ、我が星騎士ステラナイト殿」



 今度こそこれにて完結。

 最期まで読んでくれた方に百万の感謝を!ありがとうございます。








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不遇職・ガイドがLV98の女騎士と未踏のダンジョンの攻略を目指した結果。 ユキミヤリンドウ/夏風ユキト @yukimiyarindou

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