第27話 幕間・ジャガイモ@ミッドガルド・オンライン
「お待ちさま!
この町の
高い天井からは古びた木のシャンデリアが吊り下げられていて、少し黒っぽくなった煉瓦の壁や飾られた古い飾りの剣とかが歴史を感じさせる。
夕方の早い時間だが、広いホールのテーブルには8割がた客が入っている。
流行っているな。食前に出てきた黒ビールも美味かった。これは料理も期待できる。
「討伐に感謝だ。好きなだけ食べて行ってくれよ」
がっしりした戦士のような筋肉質なマスターとウェイトレスが料理を運んできてくれていた。
店内では一番いいソファ席の広めのテーブルに料理の皿が並ぶ。
肉の塊がゴロゴロと浮いた赤茶色のスープ。
大きめの木のボウルには瑞々しい葉野菜やアスパラガス、ニンジンが盛られていて、その真ん中には玉ねぎとマッシュポテトのサラダ、それにフライドポテト。
豪華な晩飯だ。さて食べるかと思ってスプーンを取り上げたが。
「どうした?」
クロエが神妙な顔で料理のうちの一つを見つめていた。
◆
あの託宣の日のあと、
ほとんどが5メートルを超える巨体でダンジョンマスターかそれ以上。それぞれの特殊能力や高い火力、耐久性もあり当初は世界の終わりかと大騒ぎになったが。
2か月経って何となくその性質が分かってきた。
基本的には街道沿いとかに陣取っているが動く気配はない。
周りには魔法陣のようなものが敷かれていて、それに入ると
この辺はダンジョンの魔獣と似ている。
あいつらも階を超えて追ってはこないし、中ボスやダンジョンマスターはそのフロアに入ったら攻撃してくる。
ダンジョンの場合はダンジョンマスターのフロアからは逃げられないことも多いが、
こんな不思議な性質もあって、中堅クラスの冒険者のいい練習相手になっている感じだ。
神は一体何を考えてこんなものを作ったのか。
それは謎だが。
今日は、北方の都市、サファル・アナ近郊に現れた
ギガント・トロールが街道のど真ん中に陣取ってしまって、流石に倒さないと邪魔すぎるということになったらしい。
サファル・アナにはLV80を討伐できる奴はいなかったので、こちらまで依頼が来たわけだ。
魔法や遠隔攻撃はしてこない奴だったから遠間から削り倒したかったが、魔法陣が狭くて近接戦闘を強いられた。
地面を砕くほどのバカでかいハンマーを振り回してくる上に、図体のデカさそのままで兎にも角にもしぶとい。
村雨の
何度かハンマーに殴られて痛い目にもあったが無事に討伐も終わって、教会から報酬を受け取って晩飯に来ている。
移動に馬車で4日もかかって面倒ではあったが、サファル・アナは料理の美味さで定評がある。
こういうのは出張の楽しみ、とはクロエの弁だ。
新婚旅行なるものをなんでするのか。あの時にはさっぱりわからなかったが、こういう風に違う地方で違う料理を食べたり違う景色を見たりするためというなら分かる気がする。
移動が面倒すぎるのは難点だが。
◆
そして、今。
実に美味そうに見える料理の前でクロエが固まっている。何が起きた?
「これ、なに?」
クロエが見ているのはポテトフライだ。細い棒状に切ったジャガイモを油で揚げたものだな。
「ポテトフライだろ。見るのは初めてか?」
確かにアルフェリズではあまり見かけない料理だ。
「そうじゃなくて……これの材料は?」
「ジャガイモだが、それがどうした?」
ジャガイモはサファル・アナ近郊でたくさん獲れる名物だ。ジャガイモの料理の種類も多い。
シチューの皿に浮くように添えられている白い塊は、ジャガイモのパンだろう。
「ジャガイモ……」
そう言ってクロエが変なものを見るかのようにポテトフライを見つめる。
「ねえ、ちょっとこれについて
「別にいいが……なんでそんなこと気にするんだ?」
「まあ……色々とね」
クロエが言葉を濁す。なぜそんなことを気にするんだか分らんな。
しかし
そもそも載っているのか?
「【深淵に眠る真理よ、光の前に出て我らに世界の真実を告げよ】」
唱えると頭に中にジャガイモに関する文章が浮かんだ
……魔獣と同じだが、こんなことまで調べられるとは。これが何の役に立つんだか分からん。
「昔、西方の海で遭難した商人達がある島にたどり着いた。その時にこれを食べて飢えを凌いだ。
彼らがどうにか島を脱出した時にこれを持ち帰ってきて育ててみたら、大陸の北方の気候に合ったから作物として作られるようになった。遭難して財産を失った商人たちだがこれで財を成した……ということらしいぞ」
「じゃあ……次はこれとこれ」
クロエがサラダの器に盛られたニンジンとアスパラガスを指さした。
「これも調べてくれる?」
クロエが聞いてくる。また
「昔から大陸にあり、日常的に食べられてきた野菜、だそうだ」
ニンジンやアスパラガスはジャガイモの比べて随分と簡潔な記述だな。
納得するようにクロエが頷く。
「なるほどね……運営の苦労がしのばれるわ……それとも小ネタなのかしらね」
クロエが何やらつぶやくが……相変わらずこいつが何を言っているのか分からん。
ポテトフライを一つ取り上げて口に放り込む。
さっくりと揚がった表面と、中のホクホクした温かい感じが良い。塩加減も絶妙だ。
「そんなこと気にするより食べろよ。旨ければいいだろ」
「まあ……そりゃそうかも」
クロエが言って細い指で細長いポテトフライを摘まんで口に運んだ。
「確かに美味しいわ。日本のにもひけをとらないわね。香りが良いわ」
「分かってくれますか、
ちょうど次の料理を持ってきてくれたマスターが言う。
「高温の油で周りをかりっとさせています。
油には香草とニンニクを入れていて香りづけもしてますし、塩にもこだわってますぜ」
にこやかに笑いながら、大きめの皿をテーブルの真ん中にドンと置いてくれた。
「こちらも是非どうぞ。当店、芋掘りヤンソン亭の名物、ヤンソン風ポテトグラタンです」
少し深めの四角いパイ皿に白いグラタンのようなものが盛られている。
表面には焦げ目がついていて、チーズとクリームとバターの臭いが香ばしく漂ってきた。
「うん、美味しい……カロリー高そうでなんとも罪な味よね」
グラタンを食べながらクロエが言う。
俺も一口食べたが、
名物というだけあるな。
「この世界はご飯美味しいわよね。太りそうでちょっと困るなーとか思ってた時もあったんだけど」
クロエが周りを見回しながら言う。
「イケメンとか奇麗な子ばっかりだし……やっぱりみんなアバターだからなのかしらね。
でも、太らないそのおかげなのかな……だとしたら便利だって思うわ」
クロエが美味しそうにグラタンを頬張りながら言う。
「まあ、気にすることはないだろ」
「何が?」
「太るって、肉が付く事だろ」
「……まあそうだけど、何が言いたいの?」
クロエが怪訝そうな顔をする。
「装備品は体形が変わっても装備できるから問題ない。ステータスにも影響はって、痛ぇ!!」
そこまで言ったところで脛に強烈な痛みが走った。蹴られたのか。
顔を上げると、憮然とした表情でクロエが俺を見ていた。
事実を言っただけだというのに……一体何が不満なんだ。
★
界隈で定番のジャガイモ論争をネタにしてみました。
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