第26話 幕間・ミドカルズオルムにおける神のお告げ、あるいはアップデート告知
「ねえ、トリスタン、なんか今日はみんな浮足立ってない?」
ギルドのホールで朝飯を食べている時に、周りを見回したクロエが聞いてきた。
「なんでそう思う?」
「なんとなく……それにまだ誰も出て行ってないしさ。普段だったら、もうダンジョンに向かう人も居るでしょ」
そう言われてみれば、もう九の刻、気が早い奴は朝食を終えて出発している時間だ。
この時間にしては人が多い。皆が教会の大広間の方を見ながら何か言葉を交わし合っている。
「ああ、そうか……今日は託宣の日だ」
「なにそれ?」
「神が俺達に力を与えたり……あるいは取り上げたり、まあそんなお告げがある日だな。
暫くはあまり大きなお告げが無かったからな、今日は大きめの託宣が来るかもしれない」
そう言ったところで教会の尖塔の鐘が大きく音を鳴らした。
座っていた冒険者たちが一斉に席を立って小走りに聖堂の方にぞろぞろと歩いていく。
正直言うと俺はあまり関心がないんだがな。
「見に行くか?」
「もちろんでしょ。大型アップデートはリアルタイムで見ないとね」
クロエがまた訳が分からないことを言って食後のお茶を一息に飲んだ。
◆
広い聖堂は既に冒険者でいっぱいだった。天井からは教会の紋章を染めた黒い飾り布が下げられていて、仰々しい雰囲気を醸し出している。
正面の祭壇には神託教会のお偉いさんが大きめの本を開いて立っていた。
「そういえば、トリスタン。気にならないわけ?あんまり興味無さそうだけど」
「ああ……まあな。あとで見ればいいだろ」
「分かってないわねぇ。こういうのは告知を正座して待つのよ」
クロエがやれやれって顔で首を振る。
俺が託宣にあまり関心が無いのは、単に
なので、あとで教会の前に張り出される託宣の布告を見れば十分だ。
神も忙しい。数が少ない
「まず最初に告げねばならぬ。
試練の時だ。神は告げられた。
司祭がそう言うとホールの冒険者がどよめいた。
「だが恐れる勿れ。神は我らが乗り越えることが出来ぬ試練を与えることはない。
心を束ね
「知ってるか?」
そういうとクロエが首を振った。こいつが知らないことがあるのはめずらしいな。
まああとで
「では次に我らが賜りし力について告げる。まずは新たに力を与えられし者」
そういうとざわついた雰囲気が消えて、水を打ったように広間が静まり返った。
外を通る馬車の車輪の音まで聞こえるくらいに静かだ。誰かが小さく咳をした音が大きく響いた。
「まずは、戦士系クラスチェンジ・ツリーのうち重戦士系の
汝らにはSTRに5%の加護が与えられる」
広間にどよめきが走って、一角から歓声が上がった。
「そして、斧の使い手に告げる。さらにSTRに5%の加護が与えられる」
歓声が大きくなって、兜だの盾だのマントだのが空中に投げ上げられるのが見える。
「ようやく神は我々の声をお聞き届け下さった!」
「この日を……どれだけ待ったか。不遇とか言われても斧を使い続けた甲斐があった!」
「感謝します!神よ」
「よかったなぁ!兄弟!ほんとうになぁ」
どうやら、
彼らは斧使いが多いクラスもでもある。
斧の強化も合わせて、今回はあいつらが神の力を受ける勝ち組か。
「ふーん、取り回しを良くする方向じゃなくて火力を上積みする形の
クロエが呟く。
「託宣はこれで終わりに非ず。神の御言葉に傾聴せよ、諸君」
司祭がそう言うとまた広間が静まり返った。固唾をのむって感じで司祭の次の言葉を待つ。
勿体ぶった感じで司祭が本に目を走らせた。
「次に、魔法剣士系クラスチェンジ・ツリーのうち、神官戦士系のもの。
汝らには試練が与えられる。DEXに-5%の補正」
重々しく告げる司祭の言葉を聞いて、今度は悲鳴が上がった。遠目にもがっくり膝をつく奴の姿が見える。中にはトールギルもいた。
あいつも災難だな。
とはいえ、もともと神官戦士系はステータス的に強いと言われていた。
防御、回復系の魔法を使える戦士は便利だからクラスチェンジする者も多い、いわゆる人気
神は均衡を重んじる、と言われるが、確かに良く見ているってことか。
「しかし神は乗り越えられない試練は与えられない。殊更に嘆くことなく神に仕えよ。神は力を与えてくださる」
司祭が言うが……まああまり慰めにはなってないな。
◆
その後も色んな神託があった。そのたびにあちこちから悲鳴が上がったり、歓声が上がったりする。
「こういうのってあんまり変わんなわいよね。アプデで一喜一憂」
クロエが納得するように頷いている。
「最後に、
司祭の言葉に聖堂にどよめきが走った。俺の方に視線が集まる。
なんだ?ついに
あまりに何もなさ過ぎてどういう気構えで聞けばいいか忘れてしまった。
「
クロエが良かったじゃない、と言う顔で笑って肘で俺をつつく。
久しぶりの託宣が力を失うというのじゃなくてよかった。
なんなんだろうか。新しい能力とかだと最高なんだが。期待に胸が膨らむ。
「……レベル40までのレベルアップに必要な経験値を5%減少する」
一瞬の間の後に、何やら微妙な空気が流れる。
聞いた意味を少し考えるが……要はレベルを上げやすくなったってことか。
……全然俺には関係ないじゃねぇか。期待して損したぞ。
クロエが慰めるように肩を叩いてくれた。
◆
かなり色々と託宣が告げられて、一刻ほどで神託は終わった。普段の倍以上の長さだったな。
冒険者たちが三々五々って感じで散っていく。
新しく力を与えられた奴は直ぐにダンジョンで腕試しだろう。力を失った奴はやけ酒を呑んでいることが多い。
今回は色々とあったからか、教会の食堂の方に戻っていく奴も多そうだ。今日のことについて色々と話し合うんだろう。
なんとなく祭りの跡って感じだ。話題は尽きないだろう。
しかし今回は随分色々と託宣があったな。
クラスチェンジ・ツリーにも新しい分岐の追加があったし、新しいクラスの特殊能力を与えられたり力を与えられたやつも多かった。失ったやつも多かったが。
それに、
そして、アルフェリズも含めて各地に新たなダンジョンが現れた。
これは最近
アルフェリズ近郊に新しく出現したのは水没都市フレグレイ・ヴァイア、ランクはA。
それとカリエストュールの滝壺、こっちはランクBだ。
しかし、討伐しても増えて行くんじゃ、いくらダンジョンを討伐してもキリがないな。
とはいえ、ダンジョンが完全になくなると俺も神託教会も商売あがったりだが。
内部構造の把握も含めて暫くは忙しくなりそうだ。
「うーん、面白かった。テキストで見てるよりなんていうかリアルに反応が見れていいわね」
クロエが言う。
「お前には特に関係なかっただろ」
「
「そういうもんか」
俺には結果的には関係無かったが……後進の
ダンジョン探索に重要な
ここまで上がれば一流の
「トリスタン様……それに騎士クロエ様」
考えていると、後ろから声が掛かった。
見覚えがある、女の子3人のパーティだ。何度かレベリングを手伝った覚えがある。
リーダーは確か、ローラだったかな。
ベリーショートの黒髪に凛々しい少年の様な顔立ちと鹿を思わせるような長い手足の長身。
背中には弓を背負っている。確か
「もしこの後の予定が空いておられるなら……どこでも構いませんがレベリングがしやすい所にお連れ願えないかなと」
ローラがかしこまった口調で言う。
「レベルアップ時のステータス上昇率に加護を頂いたので、今のうちに少しでもレベルアップしておきたいと思いまして」
クロエの方を見る。
こいつは俺以外とパーティを組むのを嫌がることが多い。特に女性が多い時は。
「いいわよ、トリスタン」
一瞬心配したが、以外にもあっさりとOKが出た。
「いいのか?」
「アプデの日は皆で楽しむのよ。それがプレイヤーのマナー。早速新ダンジョンにGOよ!」
「アプデとは……託宣の事か?」
「そうよ。じゃ、行きましょ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます