第25話 幕間・チーター、ミドカルズオルムにきたる……その顛末・下
街への移動はどうやら歩きらしい。面倒だったが2時間ほど道を歩いたら街についた。
どうやらここは農業都市カモンリスの近くらしい。俺の拠点もそこだったからちょうどいい。
そこらの通行人というかNPCどもに適当に話を聞いたら、神託教会なるところに案内してもらえた。
どうやらこの世界にはこの教会が冒険者を仕切っていて、ギルド的な役割を果たしているようだな。
ミッドガルド・オンラインは作り込みの高さで有名だ。
プレーするときには気にしてなかったが、こういう設定もあったのかもしれない。ゲームでは見えない部分、プレーに関係ない部分が見えているというべきか。
ギルドのホールにいた受付嬢にステータスウインドウを見せると、すぐに係員っぽい連中が集まってきた。
「このような
「レジェンドクラスなのでは?」
「……信じがたいが……レベルの表記もないということはそうなのか?」
「失礼が無いようにしなくては」
俺が口を出すより早く勝手に話が進んでいく。
「ともあれ、今日は此方に御泊り下さい」
「この町は初めてでしょう。不自由がないように、このものが身の回りの御世話をします」
「よろしくお願いします。ギルドで雑務をさせていただいてます。アリシアといいます」
そう言ってアリシアなる子が頭を下げた。
案内された部屋は教会の最上階の豪華な客間だった。
電気やエアコンがないことを覗けば、部屋の調度品とかは高級ホテルに比べても遜色がない。
この辺も流石はミッドガルド・オンラインの運営だ。
ボロ部屋に泊るんじゃ気が滅入るからな。
◆
翌日。
ギルドのホールで朝飯を食った。周りには冒険者らしき連中が居て思い思いに話している。
こいつらはNPCなんだろうか、それとも中にプレイヤーがいるんだろうか。
朝飯で出てきたのはチキンスープで味を付けた粥のようなリゾットと野菜入りオムレツ。
これもなかなか美味かった。飯と宿が良いのはいいな。
「ヴァロア様、お食事は足りてますか?」
「ああ、大丈夫だ」
アリシアが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
「お前も座って食べたらどうだ?」
「ですが……レジェンドクラスをお持ちの方と同席するのは」
「いいから、気にするなよ」
「では……あのお言葉に甘えて」
アリシアがちょこんと俺の横に座った。
奇麗な金色の長めの髪を後ろで束ねていてかわいい顔立ち。小柄で細身だが出るとこは出た体形。
これも好きにしていいんだろう。
「ヴァロア様は……お優しいのですね」
「そんなことはない、人として当然の事さ」
そういうと、アリシアが感心したって感じで俺を見上げた。チョロいな。
◆
「ヴァロア様。少しよろしいでしょうか」
「ああ、なんだ?」
声を掛けてきたのは昨日のオッサンだった。多分ギルドのお偉いさんなんだろう。
「最近、街の周りにモンスターがうろつくようになったのです……どうにか退治して頂けないでしょうか?」
街の周りのモンスターがうろつく。何のことかと思ったが。
最近実装されたイベント、レイドボス・エンカウントだ。
ダンジョン攻略がメインのミッドガルド・オンラインだが、戦闘周りの評価も高い。
そして、ダンジョンの奥まで行かなくても、より手軽にボスとのバトルの面白さを楽しめるように運営が実装したのがフィールド上にボスを登場させるイベント、レイドボス・エンカウントだ。
シンプルに強力なモンスターが現れて、それと戦うという純粋な戦闘オンリーイベント。
ソロでやってもいいし、協力プレーも楽しめる。
俺を
世間的な評判もいい。
リリースされてからかなり長いが、今もやり込み勢や熱烈なファンがいてロングセラーになっているだけのことはある。
だからこそ、おれも配信にこのタイトルを選んだんだが。
ゲームじゃレイドボスが街中に入ってきたりはしないが、ゲームの中のNPCから見れば不安だろう。
「どんなレイドボスだ?」
「アークデーモンです。レベルは60」
アークデーモンか。
確か黒魔法を使う悪魔系モンスターの上位としてレイドボス・エンカウント用に実装される奴だ。PVで見た覚えがある。
ヤギの頭を持つ5メートル近い巨体。黒い6枚の翼と4本の腕をもちそれぞれに持った武器と黒魔法で攻撃してくるやつだ。
とはいえ、俺の敵ではないが。
ブラックヒドラのレベルは70だった。チートを使えばレベル60のアークデーモンくらい問題ないだろう。
「案内しろ。俺が片付けてやる。ちょうど朝飯も食ったしな、腹ごなしだ」
「流石です、ヴァロア様」
「ありがとうございます!」
◆
冒険者達を引き連れて馬でカモンリスの街を出てしばらく歩くと、街道の真ん中に黒い魔法陣があった。
この辺の演出はミッドガルド・オンラインと同じだ。やっぱりレイドボス・エンカウントだな。
魔法陣の真ん中には黒い翼を畳んでアークデーモンがいた。巻き角の山羊の頭の黒い目がこっちをじろりとにらむ。
アークデーモンが巨大な翼を広げる。足元の魔法陣が広がった。この中が戦闘フィールド扱いになるんだろう。
「みんな、下がっていろ。俺の力を見せてやる」
バルバロッサの大剣と蛇盾・メデューサを構えた。
4メートルはありそうな巨体。翼を広げるともっと大きく見える。鉄を思わせる黒い肌の筋肉質な人間の体に山羊のような後ろ足。
4本の手にはそれぞれ槍や斧、剣と杖が握られている。
モンスターの描写には定評があるミッドガルド・オンラインだが、相変わらずおどろおどろしい描き込みだな。
とは言え、所詮見た目だけで俺の敵ではないが。
コード操作は敵にもできるが、こういう時は自分を強化する方が見栄えが良いのは配信の経験で分かる。
配信もそうだが、最初のインパクトが大事だ。どうやって格好良く片付けてやるか。
アークデーモンが地響きのようなうなり声をあげて杖を構えた。魔法を使ってくる気だな。
アークデーモンの前に魔法陣が浮かび上った。
コード操作を頭の中でイメージする。
ステータスウインドウの数値が点滅した。AGIをまずは500に書き換える。
地面を蹴って飛び込んだ。
耳元で風が鳴って、10メートルほどの距離が一瞬で詰まった。アークデーモンの巨体が目の前に見える。
アークデーモンが俺の動きを見失ったらしく、戸惑ったようにキョロキョロと首を振って俺を見た。
俺が目の前にいることに気付いたようだが……もう遅いな。
AGIを戻して、今度はSTRを999に書き換える。同時に剣を振り上げた。バルバロッサの大剣の赤い刀身がアークデーモンの巨体に食い込む。
紙でも切り裂くように、大剣が逆袈裟に胴を真っ二つにした。
アークデーモンが悲鳴を上げる。
テクスチャが崩れるように巨体がばらばらと消えていった。
レイドボスを一撃必殺。勿体ぶってポーズをとって剣を鞘に納める。
これ以上の無いインパクトだろう。これは異世界無双確定だな。
◆
「どうだい、ヴァロア・スレイプニルの実力、見てくれたかな?」
配信の時のように手を振ってアピールすると、周りから歓声が上がった。
「マジで?今の見えたか?」
「いや、全然」
「あのデカいのを一撃だぜ、信じられねぇ」
「凄いです!ヴァロア様」
遠巻きに見ていた冒険者たちが駆け寄ってくる。
中には結構かわいい女戦士や魔法使いもいた。ミッドガルド・オンラインは女性プレイヤーも多い。
アリシア以外でも良い思いが出来そうだな、これは。異世界無双、しかもハーレムだ。笑いそうになるのをこらえる
駆け寄ってくるアリシアに手を振ろうとしたところで、不意に甲高い音が聞こえた。
耳を抑えるが、耳障りな音はやまない。
「なんだ?」
体が引き裂かれるような痛みが走って、意識が暗転した。
◆
「大丈夫でしょうか?」
目を開けると、アリシアが膝枕してくれいてた。周りに不安そうに取り巻く冒険者たちの姿も見える。
「痛い所は無いですか?魔力も回復させましたが」
アリシアが言う。今は痛みはないし疲れもない。だが、それは今はどうでもいいんだ。
さっきの感覚と音が何だかわかった……警告メッセージまでは出なかったが。
あれは
ここでも運営がいるのか。そんなのありかよ、聞いてないぞ。
「ステータス、オープン」
声に応じてステータスウインドウが開いた。
ステータスの数字とかは変わっていない。ただ半透明の板のようなステータスウインドウにひびが入っていた。
称号欄には、畏れを知らぬもの×2、が追加されている。
……これが砕けたらどうなるんだ、俺は。
即アカBAN状態にはならないようだが……これ以上、コード操作を使うのはヤバい。
だが、これしかスキルがない。他に能力はない。ということはこれを使わざるを得ないってことだ。
コード操作なしで、この装備だけで真面目に戦うのは危険すぎる。
……これはもしかしてヤバい状況なのでは?
「ヴァロア様……今、各地であのようなモンスターが現れております。まさにミドカルズオルムの危機」
考えている横でギルドマスターのオッサンが重々しい口調で語り始めた。
「アルフェリズ方面ではクロエ・ファレン様やトリスタン様が戦っておられますと訊きますが、こちらではあれに対抗できる者はそうは居りませぬ。
そんなにレイドボスが出ているのか。
好評だったのは知ってるが、張り切り過ぎだろ、クソ運営よ。そして、クロエもこっちにいるのか、それとも同名のキャラなのか。
「お願いします、ヴァロア様。私達をお救い下さい。あの……すべてを掛けてご奉仕しますから」
アリシアが俺に縋り付きながら言う。
「ヴァロア様、俺達も微力ながら協力します!」
「そうです。貴方にすべてを押し付けるような真似はしません」
「あたしたちにも冒険者の誇りがあります」
「今の戦いを見て、僕ももっと強くならないとって思いました」
冒険者たちが口々に言うが。
「いや、あのだな、俺は」
「……私達をお見捨てになるのでしょうか……あの、どうか」
アリシアが涙ぐんで俺を見上げた。
そう言われると格好つけた手前、知った事かとはいいにくい。
しかも俺はこの世界のことを何も知らない。ログアウトの方法も思いつかない。一人で生きて行くのは無理だ。
周りの連中が期待に満ちた目で俺を見ている。今更、今のは偶然です、チートです、なんて言える空気じゃない。
くそっ、なんてことだ。派手にやり過ぎた。
「分かった。だが俺の戦い方はかなり疲れるんでな。連戦はできんぞ」
「勿論ですとも!」
「ありがとうございます、ヴァロア様!」
アリシアが抱き着いてきた。いい気分で抱き寄せたいが今はそれどころじゃない
チートの使い方を練習しなくては。運営だか神だか知らんが……に目を付けられないように。
少なくとも即アカウント削除のようにならなかったということは、使い方があるはずなのだ……多分だが。
転げまわりたくなるのを何とか抑える。
チートとゲーム知識で異世界無双のはずだったのに。どうしてこうなった。
★
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