第5話 最高のプレゼント
バルオキーの夜空で、青い月が笑っている。
「なんとか戻ってこれたけど……すっかり遅くなっちゃったな」
疲労困憊のアルドが、げっそりと呟く。
「ユニガンの店もとっくに締まってて、結局何も買えなかったし。カレク湿原に咲いてる花で花束を作ってはみたけど……はぁ。こんなんじゃ、フィーネの奴、がっかりするよな……へ、へ、ヘックシュン! うぅ、寒い」
花を摘むために湿原に入ったため、全身ずぶ濡れである。
少し前までは、一秒でも早くフィーネの所に戻りたかったアルドだが、ちゃんとしたプレゼントを用意できなかった今、その足取り石のように重かった。
「こんなんじゃ、お兄ちゃん失格だ……」
大事な妹の誕生日なのに、これでは台無しだ。
もっとも、頼もしい仲間達の事だから、自分がいなくても、上手い事サプライズパーティーを進行してくれているだろうが。
それだけが唯一の救いだが、やはり、出来る事なら一緒に祝ってやりたかった。
そうこうしている内に、村長の家の前までやってくる。
踏ん切りがつかず、しばしの間、アルドは扉の前で立つ尽くした。
このまま、どこかに消えてしまいたい。
そんな気持ちすら湧いてくるが、優しいフィーネの事である。情けない兄の帰りを心配して待っているに違いない。
頭を振って弱気を打ち消すと、意を決して、アルドは扉を開いた。
「ただいま! 色々あって遅く――」
「「「サプラーイズ!」」」
「うわぁ!?」
待ち構えていたみんなの声に、アルドは飛び上がった。
「な、なんだ!?」
「まったく、アルドよ! お主、どこで道草を食っておった。いくらなんでも遅すぎるでござるよ!」
サイラスが、腰に手を当てて言った。
「ご、ごめん。その、色々あって……」
茫然としながら答える。
「それにしても酷い恰好ね。その様子だと、いつも通り人助けをして、大変な目にあって来たんでしょう?」
呆れた様子でエイミが言う。
「実は、そうなんだ……」
詳しい説明は省いた。言い訳にしかならないし、異世界に召喚されて、世界を救ってきたなんて話、いくら彼らでも、信じるはずがない。
「アルドらしいわね」
「予想通りデス、ノデ!」
ヘレナが肩をすくめ、元気いっぱいにリィカが言う。
「誕生日にまで人助けしてくるなんてね! ま、そこがアルドの良い所でもあるんだけど」
クスクスとアルテナが笑う。
「ごめん。こんなに遅くなるとは思わなくて……」
平謝りのアルドだが。
「愚か者め。謝るなら、一番に言うべき相手がいるだろうが」
むっすりと、ギルドナが言う。
「そうだった!」
ハッとして、アルドは最愛の妹の姿を探した。
部屋の片隅に立つフィーネは、今にも泣きだしそうな顔で、じっとこちらを睨んでいる。
「……フィーネ。その――」
「お兄ちゃんのバカぁ!」
声を荒げると、フィーネがアルドの胸に飛び込んだ。
「誕生日に遅れた事なんて今まで一度もなかったのに、いつまで経っても帰ってこなくて、わたし、お兄ちゃんになにかあったんじゃないかって、すごく心配したんだから……」
泣いているのだろう。胸元が、じっとりと熱くなる。
「……ごめんな、フィーネ。本当に、ごめん。大事な誕生日だってわかってたのに……」
「ううん……いいの。ちゃんと帰ってきてくれたから」
離れると、フィーネは涙を拭った。
「遅くなっちゃったけど、誕生日会、始めよっか」
「始めようかって……俺の事、待っててくれたのか?」
「当たり前だよ。だってこれは、お兄ちゃんの為の逆サプライズパーティーなんだもん」
さっきまでの泣き顔はどこへやら。悪戯っぽい笑顔を浮かべ、フィーネは言った。
「お、俺の!?」
そういえば、入ってきた時、サプライズとか言われたような……。
「では、まずは拙者とリィカ殿から!」
高らかに言うと、サイラスが包装された小箱を差し出した。
「これなるは、世にも珍しい、いくら使っても減る事のない生きた砥石でござるよ!」
「減らない砥石? そいつはすごい! いいのか、サイラス。そんな立派な物貰っちゃって」
「なにを水臭い事を。拙者とお主の仲であろう!」
バンバンと、水かきのついた手がアルドの背を叩く。
「アルドさんには、イツモお世話になっています、ノデ!」
誇らしげに、リィカが言う。
「……そっか。それじゃあ、ありがたく頂くよ!」
次は、エイミが前に出た。
「これはわたしとヘレナから。レゾナポートにあるレストラン街の食べ放題券よ」
そう言うと、エイミはリボンのついた封筒を差し出した。
「本当か!? 俺、一度あそこで腹いっぱい未来の料理を食べてみたかったんだ!」
現代にはない、不思議な料理の数々を思い浮かべ、思わずアルドは唾を飲み込む。
「これは、あたしとアルテナと、ギルドナさんから。マジックキャッチャーって言って、魔獣に伝わる魔除けのお守りなんだよ!」
照れくさそうに前に出ると、フィーネは、リボンの代わりに珍しい花のあしらわれた綺麗な革袋を差し出した。
「フィーネとアルテナと……ギルドナから!?」
思わぬ贈り主に、アルドは仰天する。
「勘違いするな。俺は、俺とお前の妹の手伝いをしてやっただけだ」
不機嫌そうにこちらを睨むと、ギルドナが言う。
「もう、兄さんってば、素直じゃないんだから!」
呆れたように、アルテナが肩をすくめた。
真相はどうあれ、嬉しい気持ちは変わらない。
「そうだとしても、嬉しいよ。ありがとう、ギルドナ!」
「……ふん」
ギルドナは、鼻を鳴らすと、表情を隠すように顔を背けた。
「みんな、ありがとう! それに、フィーネも! こんなに嬉しい誕生日は、生まれて初めてだ!」
「えへへ。そう思ってくれたなら、逆サプライズを企画した甲斐があったかな」
心から嬉しそうに、フィーネが微笑む。
「フィーネが、俺の為に? ……うぅ」
その事実が嬉しくて、アルドは思わず涙ぐむ。
「アルドよ。お主、泣いているでござるか?」
「あぁ……恥ずかしいけど、でも、涙が出るくらい、嬉しいんだ」
感激屋の青年を、仲間達が微笑ましく見守る。
「でも、よかったのか? 今日は、フィーネの誕生日でもあるのに」
「それがね、みんな、わたしの誕生日も用意してくれてたの」
フィーネが背後のテーブルを振り返る。そこには、凝った細工の鏡と、可愛らしいロボット猫のぬいぐるみと、綺麗なお守りが並んでいる。
「そっか……」
それを見て、アルドは現実に引き戻された。
「よかったな、フィーネ。あんなに素敵なプレゼンを贈って貰って」
「お兄ちゃん? どうしたの、暗い顔して」
「うん。本当は俺も、フィーネに最高のプレゼントを用意したかったんだけど……色々あって、間に合わなくて……」
不甲斐なさで、思わずアルドは、手の中の花束を握りつぶしそうになる。それでも、ないよりはマシだろうと、覚悟を決めた。
「これ。さっきカレク湿原で摘んできて、花束にしたんだ。みんなのプレゼントに比べたら、つまらない贈り物だけど……」
「お兄ちゃん……」
あまりに質素なプレゼントで驚いたのか、フィーネは目を丸くしている。
「どうりで、びしょ濡れなわけね」
呆れたようにエイミが言った。
居た堪れない気持ちでいると、フィーネは優しく微笑み、不器用に束ねられた花束を手に取った。
「そんな事ないよ。お兄ちゃんの恰好を見れば分かるもん。困っている人の為に、あっちこっち走り回って、大変な想いをして、ボロボロになって。それでも、わたしの為に、摘んできてくれたんでしょう?」
そう言うと、フィーネは愛おしそうに、花束を抱きしめた。
「良い匂い。お兄ちゃんと同じで、とっても優しい香り。だからね、お兄ちゃん。そんな顔しなくていいんだよ。この花束は、みんなの贈り物に負けないくらい素敵な、最高の贈り物なんだもん」
「……ありがとう、フィーネ。こんなに優しい妹を持ってて、俺は、世界一幸せなお兄ちゃんだよ!」
再び、アルドの目に涙が滲む。
「美しき兄妹愛ね」
「ワタシも、感動しています、ノデ!」
合成人間とアンドロイドが機械仕掛けの心を震わせる。
「羨ましいか」
二人の様子をじっと眺めるアルテナに、ギルドナが尋ねた。
「全然。あたしの兄さんだって、世界一だもん」
「……ふん。当然だ」
珍しく、魔王の口元が綻んだ。
「さぁ! プレゼントも渡したし、いい加減飯にするでござるよ! 拙者はもう、腹が減って腹が減って! ゲコォ!?」
エイミの肘鉄に、カエル侍が喉を鳴らす。
「エイミ殿!? なにをするでござるか!?」
「だからあんたは、もうちょっと空気を読みなさいってば!」
二人のやり取りに、アルドは笑う。
最愛の妹と、最高の仲間達と共に。
ハッピーバースデー 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
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