番外編 今度こそエイダ・エーデルワイスに休養を!

閑話 大隠者と疑問を解消していきます!

 褐色の肌をした大碩学だいせきがく

 パルメ・ラドクリフの師。

 大隠者アズラッド・トリニタスは、かつて教会の禁書庫番だった。


 来る日も来る日も禁断の知識と向かい合った彼は、いつしか汎人類圏でも特異な識者として大成していく。

 それは、所属を衛生課に変えたいまも変わらない。

 アズラッドへと知恵を借りに来るものはひっきりなしである。


 だから昼食の席で衛生課の長、エイダ・エーデルワイスが話しかけてきた際も、そういった用事だろうと察しをつけることができた。


「こんにちは、大隠者様。おとなり、よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 応じれば、にっこりと笑ったエイダが対面に腰掛ける。

 皿の上に乗っているのは携帯食料。

 どうやらいまだに改良を続けているらしい。


「防腐術式とビン詰め、糖衣のコーティングで理論上一年は持つケーキを作ってみたのですが……おひとついかがです?」

「頂戴しましょう。ところで、パルメはどうしていますか? ご無礼をかけているのでは?」

「嘘でもそんなことを言わないであげてください。パルメさんは、とてもよくしてくれますよ」


 幾つか言葉を交わしたところで、エイダが本題を切り出した。


「博学多才な大隠者様に、幾つか疑問を解いていただきたいのです」

「どのような疑問でしょうか」

「ひとつは、軍部で用いられている魔術通信なのですが」


 その仕組みが、いまいち解らないのだと彼女は言った。

 当然だろうとアズラッドは頷く。

 軍の長距離通信網というのは、詰まるところ敵国にばれてはならないものであり、一種の暗号化がほどこされている。

 いかに大隠者とはいえ、その最新アルゴリズム――変換方式や、暗号論――がどうなっているかなど知りはしないし、知ってはならない。

 ただ、エイダが求めているのは初歩的な理屈であったため、アズラッドは術式の説明をすることにした。


「我々は魔術が発動すると、これを感知できますね?」

「はい、近ければ近いほど、隠蔽術式がなければより鮮明に」

「この時発生する魔術の波長を調整することで、基礎的な通信は行われます」


 単発的な波長と連続的な波長を組み合わせることで〝暗号コード〟を形成。

 これを解読表に従って、受取手が読み解くのである。


「ですが、魔力波長は誰でも感じ取れてしまう……なので、指向性を持たせます。他の者からは読み取りにくくするわけですが、これによってより遠くへピンポイントで情報を伝えられます。数度チェックポイントを経由することで、この性質はより深まるわけです」


 これが、現状汎人類圏及び戦場にて用いられている長距離通信の最も古い形である。


「一方で魔族は大地――植物を使ったネットワークにより、汎人類側よりも処理速度の速い、正確な伝達を可能としてきました。しかし先の戦いにおいて〝怨樹のトレント〟が打ち倒されたことで、一時的に通信網が弱体化しているというわけです」

「なるほど」


 立て板に水を流すようなアズラッドの説明に、白き乙女は感慨深く何度も頷く。

 保存食を一つ食べて、お茶を飲み、仕切り直すように彼女は次の問いかけを放った。


「では、〝銃〟とはなんでしょうか」

「……なぜ、そのような問いを?」


 これにはアズラッドも首をかしげる。

 〝銃〟という存在を、汎人類はほとんど歴史から忘れ去っており、それは教会においても秘された知識――というよりも純粋な遺物とされていたからだ。

 だから、このことについて訊ねてくるエイダがなにを考えているのか、アズラッドは知識の守人もりびととして見定める必要があった。

 もっとも、この白き乙女に限って邪念などあるわけもないと既に結論は出ていたのだが。


「銃後という言葉があります。後送するとき、市井や街を指して使われる言葉です。幼少期に学んだときにも〝銃〟という言葉を目にすることがありましたが、子細は解りませんでした。ただ、これは私が知的好奇心を満たしたいだけの質問ですから、答えることが難しいようでしたら……」

「いいえ、むしろ簡単です。もっと突っ込んだことを問われるのではないかと危惧きぐしていただけで」


 苦笑しながら、アズラッドは答える。


「銃とは、鉛のたま射出しゃしゅつする装置です」

「なんのためにですか?」

「言うまでもなく、武器として」


 エイダが顔つきを厳しくする。

 普段は柔らかに微笑む彼女も、戦場に身を置いてきた人物なのだとアズラッドは再確認した。

 同時に、自分はわざと表情を崩し、ヘラリと笑ってみせる。

 学びを求める相手に、僅かでも安堵感を与えるために。


「とっくに滅んだ兵器です。炭に硫黄いおう硝石しょうせきを混ぜた〝火薬ブラックパウダー〟を用いて鉛を射出するこの機構は、しかし致命的な欠陥を抱えていました」

「威力、でしょうか?」

「及第点です」


 太古の賢者が作り出したこの兵器は、一時ヒト種の手で運用された。

 だが、現代においては影も形も存在しない。

 理由は単純だった。


「第一に火薬を注ぎ、弾を込め、振り回すという動作が遅いこと。第二に、命中したところで致命傷になり得なかったこと。第三に、運用するためには大量生産が必要でしたが……魔導具作成の技術を一切転用できなかったことです」

「取り回しで魔術に劣ったと?」


 その通りだと、彼は頷く。


「では、なぜ銃後という言葉が残ったのでしょうか?」

「そもそも銃というものが、攻勢魔術が苦手な者、か弱き者――非戦闘員に持たせ、彼らを守るために作られたからです」


 もっとも、それだって水を打ち出して目潰しをしたり、耳元で風を炸裂させたりするほうがよほど強力かつ効果的だ。

 衣服に炎を燃え移らせることだって可能な一般人からすれば、銃など無用な長物であったわけである。


「ゆえに、兵士が守るべき土地、守るべき市井を指して〝銃後〟と呼ぶわけです」

「そうだったのですね……ありがとうございます、スッキリしました!」


 問題が解決し、快活な表情で笑うエイダに。

 逆に一つの疑問を、アズラッドはぶつけてみることにした。


「エーデルワイス親任高等官殿は、いったいどこでこう言った知識を得たのですか?」

「ああ、それはですね、実家に図書館がありまして」

「合点がいきました。ページェント私設図書館の噂はかねがね……ちなみに、蔵書はどのようなものが?」

「大隠者様の著書や、二昔前の戦術論、それから――」


 エイダは、事もなげに言った。


「〝世界書〟などです」

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