第二話 灯台もと暗しです!

 三名による調査は秘密裏に開始され――

 そして水面下で暗礁に乗り上げた。


 書類のチェック、潜入工作、聴取、尋問……その他諸々。

 あらゆる手段を用いて〝蛇十字基金〟を追ったヨシュアであったが、謎の錠前はあまりに頑なであった。

 軍人から民間人に至るまで、やけに口が重く。

 これといった手がかりは、全てが途中で途切れていたからだ。


 とはいえ、全く打つ手が無かったわけではない。

 ザルクは持ち前の柔軟さと、衛生科所属という肩書きを持って、ルメールの市民へと大きくアプローチ。

 親しみやすい兵隊さん・・・・・・・・・として、断片的ながら情報をかき集めてみせた。


 一方、キリクもまた、その有能さを遺憾なく発揮。

 都市部には必要悪として必ず潜む地下団体を無数に摘発し、尋問から自白魔術の適応までを行い証言を入手。

 全く関係ない密売シンジゲートを二つほど潰した。


 だが、それでも。

 〝蛇十字〟の名は、どこからも出てこない。

 ここまできて、ヨシュアの疑念は確信に変わりつつあった。

 なにせ、この街の領主リカルド・ヴァン・クロフォードまでもが、非協力的であったからだ。


 彼はヨシュアとの対話に応じたが、一つとして有益な情報を与えはしなかった。

 練達した領主としての手腕である。

 これらに加えて、各都市に派遣した部下からも、泥に杭といった反応が返ってきた。

 手応えがない上に、誰も彼も「まるで恩人を売ることは出来ない」という態度を取るのである。


 もはや確定的。

 この現象について、ヨシュアは既視感しかない。

 それでも、蛇の尻尾が掴めない以上は、肝心の相手を問い詰める手段もないのだ。


 だから、劇薬を用いることにした。

 現在問題行為をしたため拮据中のある人物を訪ねたのである。


「まさか、その四角四面の顔をまた見ることになるとはねぇ……」

「同意見だ。貴殿の髭は、相も変わらず似合っていないな」


 小さな家に監視付きで押し込められていた伊達男・・・は、苦笑しながらヨシュアへとワインを振る舞おうとした。


「結構だ――キノワ・ランペルージ〝元〟兵站課大佐」


 乾杯は、勝利の暁まで取っておけと言うナイトバルトの言葉を思い出し固辞するヨシュア。

 正直に言えば、素面でやる内容ではないが、アルコールに殊更強い方ではない。

 どうして上官に対してあのような世迷い言を宣ったのかといまさら猛省しつつ――言わなければ未来が変わったわけではないだろうが――キノワへと問い掛ける。


「取り引きをしたい。貴殿の減刑を約束する。協力してもらえないだろうか」

「いいともぉ、乗ったさぁ」

「…………」

「やけにあっさりしている、そんな顔をしてるねぇ?」


 キノワはおかしそうな表情を浮かべ。

 それから真剣な顔つきになって、告げる。


「一刻も早く、ぼくは親友の元へ戻る必要がある。彼を支えることが、このキノワ・ランペルージの宿願なのだからねぇ」


 であるから、協力は惜しまないと伊達男は言う。

 彼の狂信……否、度を超した友情的感情についてはヨシュアもよく知っている。

 だから割り切り、首肯し、本題を切り出す。


「〝蛇十字基金〟について、何か知っているか?」

「僕の後継者……いや、上位互換と言うべきかねぇ」

「なに?」

「言葉がぁ足りないか。もっとずっとドデカいことをやらかす、革命家のそれさぁ」


 革命という言葉を、ヨシュアはあまりよく思わない。

 圧政に対して叛旗を翻すことは、当然の権利だ。

 けれど秩序なき暴力など、魔族以下であることを彼はよく知っている。


 たった一度、新兵の頃に南方イルパーラル戦線を経験しただけで、ヨシュアはこの世の地獄を知悉していた。

 騎士の戦いなどとは、表面上のこと。

 実際はゲリラ的な戦術が飛び交う、最悪の戦場である。

 そこには誇りも、守るべき法もない。ただ、一瞬ごとに敵か味方の命が散る。

 あるのは、そんなシステムだけ。


 だからこそ、蛇十字基金という大きなうねりを見過ごせないと考えていた。もしも民草に徒為すならば、命を賭けて戦う軍人に牙を剥くなら、何としても阻むべき陰謀であると。


「しかし、うねり」


 そう、これはうねりだ。

 誰も彼もが我がことのように基金を捉え、口を噤み、こちらの前へと立ちはだかる。

 情報は常に刷新され、雲を掴むように霧散しながら、確固たる存在感を突きつけ。

 なによりも、熱気。

 めぼしい相手の全てが、これ以上無い〝狂奔〟を抱えているのだ。


 己が正しい、白い光の中にいるという自覚。

 誤っているとしても、決して後悔しないという信念。

 これを狂奔と呼ばずして何と呼ぶのか。


 何かが変わろうとしている。

 それが、ヨシュアには肌感覚で理解できた。

 同時に覚えがあった。

 この熱は、過日、ある野戦病院で感じたものと同じだと言うことを。


「見当はついているという顔だねぇ」

「……確証がないのだ」

「では、灯台もと暗し……いや、発想を逆転すべきだなぁ」

「なんだと?」


 伊達男が嫌らしく笑う。

 策謀家の本領だと言わんばかりに。

 あるいは――己も、この戦術で足をすくわれたのだと、告白するように。


「それだけの情報網を持ち得るのは風の噂と、人類王直属の諜報員、そして……あと一つぐらいのものではないかねぇ?」

「つまり?」

「忠告は一つ。取り込まれる覚悟をすることさぁ」


 そうすれば、ヒントを与えようとキノワは言い。

 ヨシュアはこれに同意した。


 伊達男はたっぷりともったいつけ。

 そのあと、急に真顔でワインを煽って、酒精とともに言葉を吐き出した。


「――本人に、直接聞けばいいのさぁ。あれは、素直に答えるだろうとも」



§§



「蛇十字基金ですか? はい、私が設立を目指している篤志団体の活動チャリティーの一環ですね!」


 エイダ・エーデルワイスは、事もなげに断言する。

 衛生課へと乗り込んだヨシュアは、百万言の葛藤を費やしたあと、エイダへと直接訊ねた。


「貴官はこの基金を知っているか?」


 ――と。

 その答えが、あっさりと放たれた先の言葉であった。


 この数日間の苦労と胃の痛みに、へなへなと崩れ落ちそうになるヨシュア。

 キッと入り口の方を見遣れば、直立不動で下手な口笛を吹くザルクの姿。

 キリクだけは、これ以上無く忠実な態度を保っているが、なぜ黙っていたのかと問い詰めれば、「はっ! 問われませんでしたので」などと返す始末。


「口が堅いのも考え物だ……」


 ザルクはこれを見越しての人事だったが、キリクまで取り込まれているとは考えていなかった。

 なるほど、鉄の延性と鋼の意志か。

 難物極まる。


 そして、信頼の置ける彼らが共謀したと言うことは。

 ナイトバルトが断言を避け、察せよと命じた理由が浮き彫りになる。

 これは不正な資金の流れではないのだ。

 ただ――恐らくは各都市の領主全員が、この一件に関わっている可能性が高い。

 結論、軍部では手が出せず。

 そして、この規模の資金ともなれば、教会は黙っていない。


 だから、問わねばならない。

 その意志を。


 大きくため息を吐き、職務を全うするため気を取り直し。

 ヨシュアは事の元凶――エイダへと向き直った。


「なぜ、そんな基金を?」

「よくぞ聞いてくださいました、ヨシュア上級大佐!」


 満面の笑みで。

 革命の旗手潔癖の白が、声を上げる。


「私は、戦場医療を市井へと還元したいのです……!」


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