最終話(第二部) 私たちは、衛生兵です!

「俺はいま、魔導馬の輸出で忙しくってなぁ。だが、おまえさんたちには借りがある。人類王を出しぬくってんなら、いつでも声をかけてくれよな。かはははは!」


 一方的に近況をまくし立て、高笑いしながら退出していく領主を見送り。

 パルメ・ラドクリフは大きく息をついた。


「まったく。なーにが『おまえさんたちには借りがある』よ」

「わー、パルメ訓練兵、いまの顔、クロフォード卿にそっくりです!」


 無邪気に笑う部屋の主、エイダ・エーデルワイスを見遣って、パルメは重ねてため息を吐く。

 それから、赤蛇の紋章が刻まれた真新しい白衣を翻してみせた。


「もう訓練兵じゃないから」

「そういえば、昨日付で伍長でしたね。軍学校予課の卒業、おめでとうございます」

「忘れてたのが嘘で、祝ってるのは本気そうなのが、たちの悪いところよね……」

「……?」


 エイダは首をかしげたが、すぐに手元の書類と格闘を始める。

 彼女の教え子たちが練成に一区切りを終えても、その忙しさは何も変わらない。

 むしろ、すべての兵卒に応急手当を学習させたいと願ったことで、執務の量は跳ね上がっていた。


 職務に没頭しはじめたエイダをよそに、パルメは思い出す。

 訓練初日、自分へと食ってかかってきた女顔のヒト種も、卒業式で白衣を受け取っていたなと。


「……認めてやるよ。オレじゃおまえには及ばないって。けどな、いつかは超えてやる。ヒトだとか亜人だとか関係ねぇ。オレがオレのプライドで、そう思うんだ」


 なんて捨て台詞を聞いたような覚えが、少女にはあった。

 存分に研鑽を積めばいいと、薄荷色のハーフエルフは思う。

 自分が誰かの背中を、追いかけたように。


「アズラッド師のもとへ、行かなくていいのですか?」


 多忙を極めるエイダが、正式な側仕えとなった少女へと問いを投げた。


「ええ、いつだって会えるもの」

「なるほど」

「それよりアンタ、ちょっと休憩しなさい。お茶ぐらい淹れてあげるから」

「でしたら、薬草茶をお願いします。パルメさんお手製の」

「はいはい」


 ヒラヒラと手を振りつつ、執務室の数少ない調度品、食器棚の前へと立つ。

 大切に飾られたティーセットの横に、自分のマグカップが並んでいるのを見て、パルメは少しだけ口元を綻ばせた。


「すっかり馴染んじゃって……」


 ぼそりと呟きながら、少女はお茶の準備を終える。

 湯気を立てるカップを口にして。

 エイダはゆるゆると呼気を吐く。


「はぁー、パルメさんの入れるお茶は、染み渡りますねぇ」

「年寄りみたいな物言いを……」

「歳と言えば、講師の皆さんはご高齢であるのにとても勤勉で助かっています」

「あれが、勤勉……?」


 少女が思い起こすのは、アズラッドが連れてきた無数の碩学たち。

 彼らは根っからの学徒らしく、学ぶことに貪欲で、教えることに熱心だ。

 しかし、熱心すぎてエイダ以上に訓練兵たちからは敬遠されている。

 一番前の座席に座っていると講義が終わる頃には唾まみれになっている、という話をよく聞く程度には。


「アンタたちはおかしい、頑張りすぎなの。管理するこっちの身にもなってちょうだい」

「確かに苦労をかけてはいますが……でも」

「でも、なによ」

「前線へは相変わらず出向けませんし、事務仕事と面談の日々。冒険者だった頃に比べれば、正直身体がなまってしまいそうです」


 ぐぬぬぬ……と唸る白髪の乙女。

 そんなに戦場が好きなのだろうか。

 パルメとしては、二度と近づきたくないというのが本音なのだが。


 しかしエイダの側付きである以上、少女が戦場へと向かうことはこれから滅多にないだろうということもわかっていた。

 なにせ人類王から直々に、


「身体を労れよ、余の親任高等官」


 などと、あきれ顔で下知を賜ったらしいのだから。


「あちこちから締め付けが強くなったのは事実です。ヨシュア上級大佐も、私の負担軽減を口実に、いくらか人員を寄越してくれましたが……あれはお目付役でしょうね」


 しばらく前に衛生課へと転属してきた垂れ目の士官を思い出し、パルメは同意した。

 あれが監視役でなければ、逆に不思議である。


「重ねて問いますが……アズラッド師のところへ、行ってもいいのですよ?」


 お茶を飲み終え、職務へと戻る前に。

 エイダはなぜか話を蒸し返した。

 少女は首をひねる。


「なんで、何回も言うわけ?」

「……久闊を叙するといいますか」

「はーん」


 普段の覇気はどこへやら、もごもごと言葉を重ねる上官を見て、パルメは鼻で笑ってみせた。

 いい加減長い付き合いなのだ

 要するに、パルメとアズラッドは家族ではないのかと、この白髪頭は言いたいのだろう。


 家族だからこそ、言葉を交わせと。

 遠慮をするなと。

 仕事は、自分が全てやっておくから、と。


「お生憎様」


 だからこそ、パルメは反駁する。

 この娘の言葉を、受け容れたりなどしない。


「アタシはとっくにひとり立ちしたの」

「したのですか」

「ええ、免許皆伝。それに、全部筒抜けよ。アンタ、アタシがいない間に外回りしてこようとか考えてるでしょ?」


 ジト目で睨んでやると、エイダはそっと視線を逸らした。

 どうやら正解だったらしい。

 まったく、油断も隙も無い。

 指先を上司の鼻先へと突きつけ、パルメは告げる。


「いい? アタシはアンタの側付きなの。これは、アタシが望んだことなの。誰かに言われたからじゃない」


 アズラッドが訓練学校へと現れ。

 訓練兵としてのカリキュラムを一部終えて。

 パルメはいわば、宙ぶらりんの立場にあった。


 その中で、師である隠者は彼女へと問うた。

 これから、どうしたいのかと。

 自分の元に戻ってきてもいい。

 あるいは、より大きな世界を見に行ってもいいと。


 けれど、少女はかぶりを振ったのだ。

 パルメは選んだ。

 自らの手で、己の居場所を。


「アタシはアンタと――エイダと同じものが見たい。もしもアンタが誰かに利用されそうになったとき、あるいは道を間違えそうになったとき。エイダ・エーデルワイスはぜんぜん大したやつじゃないって、普通の女の子なんだって告げてやる。アンタを止められるのは世界でただ一人、このアタシだけなんだから」


 誰よりも近くで、幸せを祈って。

 特別ではないと、突きつけてやるのだ。


「二度とアンタに、無茶なんかさせないんだからね!」


 強く。

 これまでの日々でつちかったあらゆるものをきつけにして。

 少女はエイダへと、思いを告げる。

 それを受けて、白き乙女は。


「嬉しいです。とても、とっても」


 目尻を下げ、満ち足りたように、微笑んだ。


「パルメさん」

「なによ」

「これからも、私と……」


 いつだって明瞭だった白き乙女が、突然言いよどんだ。

 やっぱり変な奴なのだ、この娘は。

 自分のことになると足踏みをする。


「ひょっとして、アタシに個人的な頼み事?」

「……!」


 ぶんぶんと頷くエイダ。

 パルメはやれやれとため息を吐く。


「条件次第ね。言ってみなさいよ」

「例えば、医療について、夜通し語り明かしてくれますか?」

「……寝なさいよ。というか、お願いだから寝て」

「一緒に……アップルパイを、食べて下さいますか?」


 パイ?


「そのくらいなら、かまわないけど……そういえば以前、おいしい店を知ってるとかなんとか言ってたわね。へー、奢ってくれるわけ?」

「ならば!」


 立ち上がり。

 身を乗り出して。

 冗談など聞こえなかったかのように、エイダはパルメの両手を取る。

 そうして、キラキラと両目を輝かせながら、まばゆい言葉を紡ぎ出した。


「私の――お友達になって下さいますか?」

「――――」


 鮮やかで。

 宝石のように煌めいて。

 何物にも代えがたい言の葉は。

 真っ直ぐに、ひたむきに、少女へと届いた。


 目が見開かれる。

 両の耳がピンと立つ。

 それから、理解に応じて、頬と耳が紅潮していく。


 少女は、おもむろに顔を伏せて。

 そして。


「まだ、違うつもりだったわけ……?」


 蚊の鳴くような声で、不満を口にした。

 言葉を受けたエイダは、一拍考え。

 そして、


「やったー!!!!」


 弾けるような喜びを顕わに、パルメの両手を掴んだままバンザイをする。

 書類がバッと舞い上がり、祝福のように降り注ぐ。


「ちょ、はしゃぎすぎ!」

「ですが、嬉しいのです! すごく、すごく嬉しいのです! 友達、お友達!」

「……もう」


 あの日。

 遠い過日。

 少女がエイダに対して抱いた感情は。

 いまここで、新たな名前を得た。


 その感情の名は〝友愛〟。

 この瞬間、確かに二人は、同じ感情ものを共有していたのである。


「あ、それなら一つ、友達として言っとくことがあるわ」

「はい?」

「今後、アタシの指示で、しっかり休養を取ること。食事もちゃんとしたものを食べて、仕事も無理をしないこと」

「え、でも、私にはやるべきことが……」


 ふふんと少女はいたずらっぽく笑う。


「いいかしらエイダ」

「なんですか、パルメさん……」

「友達っていうのはね、耳の痛いことを言い合う仲なのよ」

「つ」

「つ?」


 戦場の天使は、驚愕の表情で叫んだ。


「つまり、今日の友は明日の敵と!?」

「友達だっつてんでしょうが?!」


 飛び交う言葉、親しげな怒声。

 衛生課に異常なし。

 世界の趨勢すうせいとは関わりなく。

 少女たちの日々は続いていく。


 どこにでも居るひとりの人間としての幸せとは縁遠くとも。

 他に変えられない、かけがえのない祈りを胸に秘めながら。


 あとにはただ。

 彼女たちの鈴を転がすような笑い声が、いつまでも。

 いつまでも響いているのだった――






回復術士だと思っていたら、世界で最初の衛生兵でした! ~勇者パーティーを追放されたヒーラーは、戦場の天使と讃えられました~

第二部 もうひとりの衛生兵編――終

The story of a First Aid 〝We are medics!〟――了





※――――――――――――――――――――――――※


第二部はこれにて完結です!

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