第四話 今後は鈴をつけられそうです!

「以上を持って、定例軍事会議を終了します」


 席を立つ将官たち。

 一斉に吐き出されるため息交じりの紫煙。


「――無能なまくらどもめ」


 葉巻をすりつぶしながら、ナイトバルトは先ほどまで行われていた会議の内容を思い返し、胸中だけで毒づく。


 第二次アシバリー戦役において、魔族四天王が一角〝髑蛇どくじゃのバジリスク〟討伐に成功した汎人類軍であったが、それ以上の侵攻作戦は進んでいなかった。

 というのも、〝髑蛇のバジリスク〟は今際の際に、己が巨体の中に貯め込んでいた呪詛、毒素、魔力を放出。

 一帯に対して、深刻な呪毒汚染を及ぼしたのである。


 この呪いは魔術に反応し、術式を暴発させてしまう。

 つまり、この地で戦闘を行うということは、可燃性のガスが充満している場所で火遊びをするに等しい。

 解呪作業は最速で行われているが、秋頃までかかることは確定的とされていた。


 結果、最短経路による魔族領本土への侵攻は、一時的に不可能となっていた。


「さすがは四天王。さすがは絶技の行使者といったところだな。彼奴は魔王軍に体勢を整わせるため、自ら捨て石となったのか。敵ながら天晴れな振る舞いよ」


 それに引き換え同僚どもは度し難いと、ナイトバルトは樽のような腹に爪を立てる。

 アシバリーの早期攻略を断念せざるを得なくなった人類軍は、新たな作戦構築を余儀なくされた。

 彼らが導き出した結論は、南方戦線の強引な突破。

 魔術阻害性ガスの撤去を持っての総軍突撃。


「レイン、アシバリー、そして南方イルパーラル。小康状態に持ち込んでいた全ての戦域で、大規模行軍を行うだと? それではまるで」


 まるで三正面作戦ではないかと、彼は苦虫を噛みつぶす。

 人類史においても、二正面作戦を行った国は幾つか存在する。

 しかし、そのほとんどは物量で押し潰されて、滅びてきた。

 敵を二つ以上作るというのは、それだけで急速な損耗を招くのだ。


 確かにアシバリーでの戦闘は両軍ともに今は難しく、小競り合いですんでいる。

 レインにはこれまで勝ち得た軍事的縦深があるし、遅滞戦闘を展開すれば、ある程度持ちこたえることはできるだろう。


 事実、これまではやってこられた。

 しかし、それはこれまでの・・・・・話に過ぎない。


「南方戦線では、そうはいかん。いまだにインフラが整っていない上、戦闘に馬匹を費やしておる」


 国内の魔導馬生産には限界がある。

 どれほど優秀な兵士、魔導具があっても、これを運輸できる〝足〟がなければ宝の持ち腐れなのだ。


 イルパーラルにおける戦闘は、騎士の戦い。

 騎兵同士がぶつかる前時代の代物だ。

 突破力と速力こそあれど、生じる犠牲は看過しがたい。

 なにせ土地が、塹壕の構築を許さない。


「とくに魔族は数で勝る。苦しい戦いになるだろう。変わらず困難な戦況に」


 それは、アシバリーにおける緒戦で証明されている。

 塹壕浸潤戦略という手痛い授業料を払ったばかりなのだから。


 だというのに、三方面を同時に相手取る?

 狂気の沙汰だと、ナイトバルトは切って捨てた。

 少なくとも、正気ではない。


 数量にて劣る汎人類軍がこれまで魔王軍と拮抗できていたのは、損耗抑制に努めていたからということを、誰も理解していないのかとすら疑う。

 まさか、畑から兵士が取れるなどと考えているわけではないだろう。

 それが可能なのは、魔族だけだ。


「ページェント少将とこのナイトバルトが同様に不可能と叩きつけてなお、最高統帥部は推し進める算段でおる」


 人類が防人さきもりページェント辺境伯。

 そして、自他共に認める策謀の要ナイトバルト。

 兵員の全てを預かるこの二大巨頭を持ってしても、一度動き出した軍部を止めることは適わなかった。


「人類王め、何を考えておる? こちらの暗躍を見切っただけではあるまいに」


 ルメール領主クロフォード侯爵。

 彼と内通し、その手勢、私兵をアシバリーへと導入するため、ナイトバルトは随分と無茶な取りなしを行ってきた。

 宮中――人類王へとの間接的な意見具申も、そのひとつだ。


 だが、名君と名高いサンジョルジュ1世は、統帥部の無謀な提案を承諾した。

 兵士の損失を低減するための兵科――衛生兵を是とした最高決定機関が、打って変わって消耗戦を考えている。

 戦争を怖れているはずの連中がだ。


 何故か?


 人類王による意趣返しだろうかと考えて、即座にナイトバルトは否定する。

 あの男は、もっと賢い。

 老いがあっても、消して鈍ることは無いだろう。

 それがヒト種の極限なのだ。


「……ならば、我々が知らされていない狙いがあるのだ。速攻を構えなければならない理由。〝風の噂〟を持ってしても掴めぬ秘匿情報。それが彼の地、イルパーラル戦線〝メフィス川流域〟に」


 そこには古の遺跡が点在し、時に強力な魔導具や、失われた大規模術式を出土させるという。

 あるいはイルパーラルがもつ、魔王軍補給路としての意義を強く見いだしたのか。

 確かに完膚なきまでに叩き潰せば、魔族を分断することも可能なほどの要所ではあるが。


「もしくは、あの地に根を張る魔族四天王〝守陰もりかげのダークエルフ〟あたりが関わっているのやも知れぬな……いや……何かおかしい。この考えは、どこかで間違っている」


 人類屈指の頭脳が、見えない疑念に直面し、眉間に深く皺を寄せる。

 脳裏を一瞬で駆け巡る無数の可能性。

 舞台に上がっている役者と、その情報。

 導き出された結論は――


「キノワ大佐をそそのかしたのは、誰だ?」


 常態化していた兵站課の性質ではない。

 クロフォード侯爵に対する個人的な感情でも、まだ弱い。

 キノワが闇市を容認し、軍を――否、衛生課を弱体化させようと取り計らった者が確実にいる。

 ナイトバルトの明晰な頭脳は、ついに辿り着く。


「条件は限定的である。軍に介入でき、衛生課を快く思わず、さらには次の戦場を定め得るほどの――人類王すら融通を図らなくてはならない相手」


 醜悪な面相の知将は、さらに大きく顔を歪めた。


「なるほど、いよいよ〝総本山〟が動き出したか。だが……まあ、よい。儂は兵員を確保し、装備を調え、訓練を施し、次の策を練るだけよ」


 答えを得てなお、彼は嗤う。

 戦争を、政争を、ただ勝利へと導くために。


「騎馬決戦だ。ルメールの連中にはあるだけの馬匹と飼い葉を吐き出させてくれる。問題は、切り込み役だが……そうさな、やはり223連隊が適任か……」


 全てを瞬く間に胸中だけで完結させ、ナイトバルトは立ち上がった。

 そのとき、部屋から出て行こうとする眼鏡の男が目に付く。

 鷲鼻に、謹厳実直さと気配りが等分に混ざり合っているような顔つきの男。


「あれは……ヨシュア・ヴィトゲンシュタインと言ったか」


 そこで、彼は思いつく。

 連想ゲームのように、ある存在を。


「……なるほど。やはりエイダ・エーデルワイスは有用だ。〝あれ〟を用いれば、兵員の損耗を、まだ減少できるやもしれん。上申がきていたな――『全ての兵員を自ら応急手当が施せるように教育したい』だったか。しかし」


 野放しにしすぎるのも危険だと、禿げ頭の中将は一時考え。


「ヨシュア上級大佐、しばし待て」


 今まさに退出しようとしていた人事課の管理職へと声をかける。


「貴様に、見繕って欲しい人材がいるのだ」


 ナイトバルトは。

 ガマガエルのように醜く嗤い、告げた。


「三正面作戦の実施により、今後衛生兵はさらなる酷使が予想される。ついては衛生課の長官たるエーデルワイス親任高等官に、激務を支える補佐官などつけてやりたいのだが――力を貸してくれるな?」


 引きつった表情を浮かべるヨシュアを見て。

 歴戦の策略家は口元を吊り上げた。


 アシバリー凍土攻略戦において、エイダ・エーデルワイスは完全に出過ぎた真似をした。

 将官として許されざる暴走、独断専行による現場への出陣。

 しかし、それはクロフォード侯爵とナイトバルトの取りなしによって事なきを得ている。

 つまり、彼には口を出す権利があり、相手は断ることができない。


 そう、ナイトバルトは。


「奔放な愛玩動物の首には、鈴をつけるに限る」


 ――エイダを便利に使うため、側近くびわを与えることにしたのである。


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