第三話 無償の愛です!

 視線をパルメへと戻した褐色の隠者は、優しく微笑む。


「解っていますよ。君は本当に、自慢の弟子です。けれど覚えておいてください」


 真剣な表情となった師が、少女へと告げる。


「パルメ・ラドクリフ。君がこれからどこへ行き、なにを成そうとも、私の想いは変わりません。君に無償の愛を贈りましょう。君の無事とすこやかな明日を願いましょう。いいえ、そんなことを言う必要もないのでしょうか」


 なぜなら彼は。


「私は――我々もまた、エイダ・エーデルワイスの側に立つことを選んだのですから」

「……あー」


 パルメの顔が一瞬で赤くなった。

 まるで今生の別れじみた物言いだったが、よく考えなくてもアズラッドは。

 そして、彼とともにある碩学賢者達は、今日よりパルメの同僚となるのだから。


 口を開けて、両手で顔を扇ぎ、ひたすら恥ずかしそうにするパルメを愛おしく見詰め。

 師である彼もまた、決意を固める。


 パルメはやり遂げた。

 ならば大隠者として、次はアズラッドが責務を果たす番だった。

 エイダへと向き直り、褐色の隠者は言う。


「エーデルワイス殿。私の弟子を、よくぞ導いてくれました。彼女は本当に、善き成長を遂げた。こんなにも嬉しいことはありません」


 それは、師が弟子に与える言葉というよりも。

 父親が娘を褒めているようにも受け取れるもので。

 だから、白き乙女は微笑んだ。

 不器用にも影ながら支えてくれる自分の父親と、アズラッドが重なって見えたから。


「感謝を伝えるべきは私です。パルメさんにはどれほど助けられたことか。事実、彼女がいなければ、私は今ここに立っていないのです」


 誇張も、嘘偽りもない彼女の言葉を受けて、隠者は背後を振り返る。

 先ほどまでとは別の理由で、照れた様子を見せる愛弟子。

 彼は躊躇わなかった。


「やっぱり、君が一番です、パルメ」

「お、お師さま!?」


 大隠者に抱きしめられ、真っ赤になるパルメ。


「君は、彼女を独りにしなかった」


 彼の言の葉は酷く切実だった。

 教会によって俗世から追放され、孤独に医術の研究を続けた隠者と。

 彼の元へふらりと舞い込んだ戦災孤児のハーフエルフ。


 救われたのはどちらだったのかとは、アズラッドは考えない。

 二度も同じことをやり遂げた娘を、疑う親などいないのだから。


「アタシ、何もしてない。ただ、コイツの背中を追いかけただけで」

「いいえ、君は彼女と同じものを見たのです。背中越しにでも、同じ場所を目指したのです」


 孤高な存在へと、必死に追いすがることで。

 あるいは、横顔を見えるぐらいの位置で。


「でも!」


 パルメは誰よりも理解している。

 自分とエイダの力量の差を。

 だから白き乙女を見遣れば、彼女は、


「なるほど! そういうことだったのですね!」


 ポンと手を打ち、納得だとばかりに頷く。

 それがパルメを余計に混乱させて。


「何ひとりでわかった顔してんのよ。アタシにも教えなさいよ!」


 師の元を離れ、エイダへと鼻息も荒く歩み寄ったパルメへ。

 エイダは、いまさらな答え合わせをする。


「初めてだったのです。誰かと……年の近い女の子と、こんなにも応急手当について語り合えたのは」


 パルメは大きく目を見開いた。

 どうして、自分はそんな些細なことに気が付かなかったのだろうかと。

 思えば、はじめからエイダはずっと繰り返していたのだ。


 本人ですら無自覚の願い。

 頼れる側近と戦闘糧食の試食をしたときも。

 聖女とジャム瓶片手に語り合ったときも。

 あるいは――パルメと出逢うずっと以前から。 


 一緒に研鑽していこうと。もっとたくさん、話をしようと。

 そんな当たり前の、ともに歩く友人が欲しいという思いを、エイダはいつだって隠すことなく発していたのだ。

 なのに、自分は。


「ありがとうございます、パルメさん。私は、あなたと出会えて本当によかったです!」


 ひたすらに真っ直ぐで、裏表のない笑顔を向けられて。

 少女は、バッと顔を伏せた。


「……バーカ」

「パルメさん?」


 案じたように近づいてくる〝上司〟を、手をかざして制する。


「なに恥ずかしいこと言ってるわけ? こんなの当たり前なのよ。当たり前」


 これまでエイダが受けてきた苦難を考えれば、全く足りない。

 自分は彼女が満たされるようなものを、何も与えられていない。


「だから、これからよ!」


 顔を上げる。

 どうか声よ震えるな。

 涙よ、あと少しだけこぼれ落ちるのを待ってくれ。


 いまは。

 今だけは、対等に、彼女と一番の表情で向き合いたいのだ。


「アタシはアンタを特別視しない。敬語も使わないし、変なことしたら怒るし、ちょっとは褒めるかも知れないけど……それは別!」


 もしも。

 それでも自分と出会えたことを〝よかった〟と思ってくれるなら。


「……〝お話〟ぐらい、いつだってするわよ。だってアタシは、アンタの――なっ!?」

パルメ・・・!!」


 ハーフエルフの少女は、その続きを口に出来なかった。

 これ以上ない笑顔を浮かべたエイダが飛びついてきたからだ。


 押し倒され、転がって、痛かったりなんだりで少女はガミガミと悪態をつく。

 白き乙女は、大口を開けて笑い続ける。


 そんな二人の様子を見詰めながら、大隠者はひと筋の涙をこぼした。


「どうか、どうか彼女たちの道行きに、清らかな祝福がありますように」


 祈りの言葉と、気が付けば二つに増えていた笑い声が。

 青空へと向かって、いつまでも。

 いつまでも、続いていた――

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