第十三章 諸問題を一挙に解決していきます!

第一話 戦闘糧食の大改善です!

 エイダは一堂を見渡した。

 広がるのは、ルメール目抜き通りを貸し切った大会場。

 領主であるリカルドが格別の計らいによって用意してくれたその場には、多くの市民と、それからスペシャルゲストが集っていた。


 戦地帰りの亜人たち。

 エイダたっての希望で、223独立特務連隊が出席していたのである。


 激戦をくぐり抜けた彼ら不死身連隊は、戦地のローテーション、その休暇として、戦力再編の合間を縫ってこの場へと参上した。

 連隊長であるレーアの右胸には新たな輝きがひとつ。

 戦場において特に著しい働きをした個人へと贈られる武功賞、剣付一級武功翼十字章銀賞が誇らしく飾られている。


 また、軍人やヒト種市民だけでなく、亜人街の者たちにも参加が許可されており、突然連れてこられたドワーフの老人など、何事かと目を白黒させていた。

 すべてはアシバリー戦役において亜人が果たした功績、その大きさによるものであったが……この場にいる者たちの関心は、まったく異なる方へと向いていた。


 〝魔術瓶〟だ。


 ゲストたちの前には、幾つかの魔術瓶と、紙包みが置かれている。

 初夏の暑気を受けてなお、瓶は僅かな冷気を帯びていた。


「本日は皆様、お集まりいただき感謝申し上げます」


 拡声魔術が響かせる鈴の声。

 エイダが、会場を見渡す。


 最前列には、軍部と商業ギルドが共同で手配した記者たちの姿もある。

 彼女は思う、十全に見ていって欲しいと。

 なにせ、自分だけの力でここまで辿り着いたわけではないのだから。

 多くの人々――亜人を含む多くの人々だ――の努力が、今日という日を結実させたのだから。


 ゆえに、エイダは誇らしく。

 胸を張って宣言した。


「それでは――次期戦闘糧食の試食会を、ここに開催します!」



§§


 戦場へと配備される前に、試食会を行おうと提案したのはエイダであった。

 保存性に問題ないことは確かめられていたが、いかんせん食味の判定は種族による。

 そこで大規模なテストを開き、広く味についての意見を求めようとしたのだ。

 結果、223連隊の面々はいま、瓶詰めの前に行儀よく腰掛けることとなっていた。


 最初に開封されたのは、中身が白い瓶。

 動物の脂にドライフルーツやナッツ、干し肉の切れ端を詰めて固めた〝ペミカン〟だ。

 冷えた瓶の中で白く固まったこれが、魔術式によって熱せられると、ぐつぐつと溶け出していく。

 仕上げに水で濃さを調節すれば、高い栄養を誇るスープが完成。

 召し上がれという言葉とともに、皆が恐る恐る口をつける。


「コイツはうめぇ!」


 歴戦のオーガ、イラギ上等兵は、一口すするなり感動の声を上げた。

 彼は湧き上がる感動を言葉に代えるべく、不慣れな感想を口にする。


「香ばしくて、まろやか。とにかく口当たりがよくて、獣臭さもねぇ! 木の実はカリッとした歯触りで、脂を吸った干しキノコが肉みてぇだ。最後にレーズンの甘酸っぱさ! 爽やかで、戦場の飯とは大違い! たまらねぇ、もう一杯くれ!」


 熱々のスープを美味そうに飲み干し、オーガの上等兵はおかわりを要求。

 待ちきれないとばかりに、彼は菜食主義の同僚から瓶を奪い、融けていない油脂を口へと含み……味の落差に動転していた。


「……あんなに饒舌じょうぜつなイラギは、初めて見ましたな」

「私もだ。ダーレフ伍長は、このペミカンをどう評価する?」


 レーアは横合いに居た古参のドワーフへと問い掛ける。

 すると彼は長い髭を撫でながら、


「連隊長殿、今この場で、秘蔵の火酒ほうしょうを前借りというわけには……」


 などと、無心をしてくる。

 苦笑するしかなかった。

 ドワーフは総じて飲兵衛のんべえだ、ここで飲めないのは拷問なのだろう。

 レーアは肩をすくめ、真面目な検分を行う。


「脂が木の実や肉、野菜と空気の接触を阻んでいるのだな。それで傷まないわけか。肉の量は少ないが、最低限の栄養は間違いなく確保できる。干し肉を食べやすく砕いているから、歯を折る心配も無い。何より温かく、味がいい。これまでと比べて遙かにマシだ」


 説明によれば、魔術瓶の量産は途中であるため、できうる限り瓶を持ち帰って欲しいと但し書きがあった。

 戦場で、この規律を守ることは難しいだろうが、最後の晩餐として美味い食事がきょうされることを嫌う兵士はいないだろう。

 レーアは満足げに舌鼓を打ちつつ、次なる瓶へと目をつける。


「こっちは何だ?」

「……驚きです。こりゃあ、白パンだ」


 目を見開いたのは、連隊の副長、ハーフリングのクリシュだった。

 彼は瓶の中から取りだした、ほかほかの〝パン〟を眺め、パクリと頬張る。


「……出来たてみたいにふかふかだ。もちもちしていて、お袋が焼いてくれたパンを思い出しま――ジャム入ってる!?」

「わかった、わかった。食ってから喋れ」


 珍しくハイテンションな副長に、レーアの口元も自然と綻ぶ。

 彼には負担をかけている。

 このぐらい羽目を外しても罰など当たるまい。


「私は……そうだな、こちらの紙包みを貰うか。中身は……焦げ茶色の棒きれ?」

「それはですね!」


 突如横合いから顔を出した白い頭。

 ではなく、説明に訪れたエイダを見て、金色エルフはビクリと肩をふるわせた。


 死闘に次ぐ死闘、そしてここが戦地より離れているということもあり、彼女の精神は珍しく緩んでいたのだ。

 そんなことを知ってか知らずか、エイダは楽しそうに説明する。


「チョコ・ドリンクを、小麦とバターで固めて焼いたものです。試製チョコバーとでも名付けましょうか。融けず砕けず持ち運びによく、しかも非常に栄養が豊富で、覚醒作用もあります」

「いいことずくめではないか。ふむ……さては味が悪いのだろう?」

「では、ぜひ召し上がってみてください」


 底意地悪く指摘すると、悪意のない笑顔を返される。

 レーアは胡乱うろんなものを見る目つきでチョコバーを睨み。


「……ええい、ままよ!」


 一息に、噛みつく。

 ざくりという食感。同時に、溶け出すような苦みと――強い甘みが、レーアの味蕾を直撃した。


「お」

「お?」

「おいしい……」


 普段の剛毅果断さが嘘のように、ほっぺたに手を添え、もぐもぐとチョコバーを味わう不死身連隊ノスフェラトゥの隊長。

 常に制御されている両の長耳が、このときばかりは弛緩したようにヘニョリと垂れた。

 その様子を見て、白い乙女は満足そうに頷く。

 ハッと気が付き、かぶりを振ったレーアは真面目な分析をする。


「このチョコバー。おそらく、とんでもない費用がかかっており、蜂蜜などが多分に詰め込まれた高い栄養価の食事なのだろうが……」


 だからこそ危険であると、金色エルフは判断した。

 こんなものを部隊に配備すれば、その日のうちには全て、兵員が食べ尽くしてしまうだろう。


「なるほど、美味しすぎてもいけないのですね」

「普段の食事が酷すぎるからな……これは、とっておきなのだろう? ならば、緊急時を除く開封を禁じるという命令を付属させねばならない」

「普段食べて貰うために開発したつもりだったのですが……」

「瓶自体の重さも、兵站へ負荷をかけるように思える。干し肉や干し魚は薄く縦に積めて場所を取らないが、魔術瓶はそうはいくまい? だが、温かいものがいつでも食えるというのは歓迎だ。冷たい酒もあれば、なおさらに」

「うーん、改良の余地がありすぎます」


 苦悩の声を出しながらも、エイダはにこやかだった。


「上機嫌だな、エーデルワイス親任官」

「はい。また、皆さんと会えましたから」

「そうか」


 短い会話の中で、ふたりはこの場に同席していていない同胞達の顔を思い浮かべ、心中でのみ祈った。


弔問ちょうもんは有り難いが、貴官には貴官の仕事があるだろう。さあ征け、エイダ・エーデルワイス」

「……征きます。いつも、ありがとうございます、特務大尉殿」


 背中を押された少女は、一歩前へと進み出て。

 それから、223連隊だけではなく。

 会場の全員へと向かって、魔術瓶を勧め、告げるのだった。


「皆さん! まだまだ中身の種類はあります。キャベツの塩漬け、ドライフルーツ、フレッシュチーズにバター茶も。ドンドン試していってください……! 食後にはアンケートにもご協力を! おなかいっぱい、召し上がってくださいね!」


 歓声。

 手渡された試供品が、飛ぶように消える。

 あちらこちらで、美味い、美味いと声が響き。

 亜人街の老人達は、日頃の食べ物とのギャップに涙ぐみながら。

 連隊員たちなど、お互いの物資を取り合い大笑いしながら、宴にでも参加しているように振る舞っていた。


「……どうやら、軌道には乗せられそうですね」


 エイダがゆっくりと、少しだけ安心したように頷くのを、レーアは見た。

 白き乙女は続ける。


「そうなれば、亜人の皆さんが働き口に困ることはないでしょう」

「貴官は……」

「特別扱いではありません。できることを、やれることを、やっているだけです」


 凜々しい表情で頷く少女を、レーアは抱きしめたかった。

 亜人たちの地獄、強制収容所は、いまや瓶詰め糧食と魔剣の製造処として生まれ変わった。

 働く義務さえ奪われていた彼らが、いまや汎人類にとって必要不可欠な地位にいる。


 瓶をこしらえ、魔剣を鍛造し、辺境を切り拓いて、作物を作る。

 これを、農奴のうどと言ってしまうことはたやすい。

 けれども以前ならば、奴隷の扱いすら期待できなかったのだ。


「感謝する、エーデルワイス親任官」


 エルフは僅かに目尻を赤くしながら、かすれた声でつぶやく。

 今度は彼女が、お礼を言う番だった。


「むしろ、ここからです。特務大尉殿」


 エイダの焔の瞳は、既にさらなる前方を見据えている。


「保存性、食味、移動時の重量、置き場所スペース、課題は山積みなのですから」

「しかし、戦地でこの味を、ぬくもりを得られるのなら、我らは高い士気を保てるだろう」

「兵站は、きっと正常に機能します」

「変わっていくのだな」


 そう、変わっていく。

 何もかもが、風のような速さで。


「あとは、私たちの問題を解決しなければなりません」

「貴官の問題?」

「はい」


 エイダは強く頷き。

 そうして、意を決するように、独りごちるのだった。


「いよいよ――講師を招くときです!」


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