ギルドマスターの誤算

閑話 その頃、ヨシュアは

「御用向きは何でしょうか、ヴィトゲンシュタイン上級大佐殿。はて、名前と階級ですかな? 当然知っております。情報は金。商人の武器ですので」


 通商都市ルメール、商業ギルド。

 その一室で、ギルドマスターたるゴードン・アウシュミッスは言い放った。


 これをうけたのは、鷲鼻に眼鏡を乗せた謹厳実直な男――ヨシュア・ヴィトゲンシュタイン上級大佐である。

 彼はしばらく黙考した末、ため息を吐いた。


「エイダ・エーデルワイスを、うまく利用した――そう考えているのだろうな」

「なんのことでしょうか」


 心当たりが無いという態度の商人。

 わかっていて、この口ぶりなのだろうか。

 愚者を演じる相手と腹芸に興じるのは、あまり気乗りがしない。

 それでも、これは必要な対話だと、ヨシュアは割り切る。


「……魔剣の製作、そして戦闘糧食の改善について、御ギルドは優位な立場を勝ち得た。重要な労働力として評価が改められた亜人に対し、他のギルドや商人よりも優先的な斡旋あっせんを行える程度にはね」

「買いかぶりでは? 身共らは単なる寄り合い商人です」


 それはどうかなと、上級大佐は言う。


「クロフォード侯爵と兵站課のいさかいにおいて、貴殿は重要な役割を担った。キノワ元大佐の思惑、ルメールにおける亜人の立場、侯爵と商業ギルドの関係。これらすべてを、エイダ・エーデルワイスへ教えたのは誰であるか」


 ゴードンが商業的な笑みを消す。

 ヨシュアは事実の列挙をやめない。


「貴殿とクロフォード侯爵、そしてキノワ元大佐は、幼少のみぎりから縁があった。侯爵の前妻とも面識がある。つまり貴殿は、侯爵と大佐の諍いについて、思うところがあったのではないか?」

「なんのことやら」

「侯爵は唯一王となることを望んでいた。また、キノワ元大佐は、侯爵を王の地位まで引き上げるため市場を奪取し、己を犠牲にした。向いている方向は同じだが、彼らの間には海よりも深い断絶が横たわっていたのではないか――私はそう考えている」

「さて、身共に言われましても」


 あくまでしらを切るゴードン。

 回りくどい言葉は、どうやら相手の土俵らしい。

 ならば、あの天使が放つような、直言にならうしかない。


「両名と無二の親友である貴殿は、その仲を取り持ちたかったのではないかね」

「勘違いでは? 身共は、金でしか動きません」

「友情は値千金とも言う」

「そんな言葉遊びが身共を疑う根拠なら、見当外れもよいところです。商売に情けを持ち込んだりはしませんよ」


 反論を受けて、眼鏡の上級大佐は首肯し。

 話の矛先を変えた。


「では、客観的事実を引き合いに出そう。兵站課において物資の中抜きが常態化していたことは事実だ。職人たちが亜人へ畏敬を感じていたことも、侯爵の前妻が事故で亡くなられていたことも事実。だが、それは調べなければ解らない」


 生活をしていれば自然と耳に入るというものではない。


「ルメールで暮らしている者たちならともかく、よそ者である衛生課は、情報収集に特化しているわけでもなかったはず」

「時は金なり。商人が好む言葉です。迂遠な言い方をせず、本題に入られては?」

「では、その言葉に甘えよう」


 ヨシュアは告げた。


「貴殿が扇動したのだと、私は確信している」


 腹芸とは無縁の、直刃のような言葉に、老獪なる商人が口を噤む。

 しかし、糸目の商人はすぐに笑ってみせた。

 客をもてなすのと同じ顔で。


「つまり、こう仰りたいわけですか。身共が、全員の行動、思考を操作したと? だとしたら……やはり買いかぶられたものです。高値をつけていただけて嬉しい限りですが、それは不可能というもの」


 男は飄々ひょうひょうと受け流す算段だったのだろう。

 その名前が、出るまでは。


「〝風の噂〟」

「――――」

「ナイトバルト中将が秘密裏に従える諜報人員。彼らは民草の間に浸透し、まさしく民草の如く振る舞うことで、常に情勢を監視しているとされている。ゴードン・アウシュミッス殿。貴殿は――〝風〟だな?」


 ギルドマスターの目が開いた。

 感情の読めない瞳の奥で渦巻いているのは、複雑な黒色。

 眼鏡の上級大佐はたたみをかける。


「都合がよすぎた。あまりにタイミングが一致しすぎていた。恣意的だった。貴殿と、そしてナイトバルト中将、暗躍していたのは両者だ。おそらくだが、〝風の噂〟とはギルドと同じ共助組織なのではないか? 互いに利用し合うだけの、情報網なのでは?」


 それならば得心がいく。


「貴殿には含むところがあった。例えばだが……領主殿の前妻に恋心を抱いていた、などだ。だから、後ろめたさと友情、そして実利を天秤にかけ、貴殿は〝風〟になってまで、友人ふたりを助ける道を選んだ。人類王の統治下だ、捨て置けばなんらかの争いは避けられなかっただろう。そしてその最終的な解決に、エイダ・エーデルワイスという快刀乱麻を用いた」


 結果。


「貴殿は全てを成し遂げた。戦闘糧食と魔剣の利権を手に入れ、ますますルメール、ひいてはクロフォード侯爵家は発展していくだろう。キノワ元大佐も、穏当な処置で済む。つまり……」


 ゴードンが、幼馴染みふたりを守ったのだと。


 眼鏡の上級大佐は断定する。

 これを、糸目の大商人は否定しない。

 だから、ヨシュアも口調を和らげた。


「別段貴殿を非難するつもりはないよ。私は単なる人事課の上級大佐であり、現段階では・・・・・本件と無関係だからだ。ゆえに、これは先達としての忠告となる」

「忠告? それは、金になる話で?」

「ああ」


 口の端を、ヨシュアはぐいっと吊り上げ。

 目の下にできた、色濃いくま・・を指差す。

 引きつった彼の表情は、懊悩と日頃の疲れを如実にあらわしていた。


「精々楽しみにしておくといい。我らが戦場の天使の口にする〝お願い〟は、ちっとも可愛らしくなど無いぞ」

「…………」

「なにより――彼女は貴殿の正体に、辿り着いている」

「――は?」

「そういう生き物なのだ、エイダ・エーデルワイスは。便利に使えたなどと考えるべきではないね。あれは必ず、予想の少し斜め上を突き抜けていく。全て解った上で・・・・・・・、命を救うためなら利用せしめるのだ」

「まさか――」


 ありえないと首を振るゴードンに。

 ヨシュアは、懐から魔導時計を取り出し、時刻を確認した。


「そろそろか」

「何の話です?」


 大商人が額の汗を拭ったとき。

 応接室の扉が、激しく叩かれた。


「ギルドマスター、大変です! 発注が、発注が山のように!」

「落ち着け。発注? どこからだ?」

「それが――兵站課、並びに主計課、そして衛生課の連名で戦時糧食のさらなる大量発注が来ておりまして! とても、とても当ギルドだけでなんとかできる量では! ああ、各種職人にはなぜか既に話が通っていて、窓口対応で業務の大半がパンクして!」

「マスター!」

「今度はなんだ!」


 矢継ぎ早に駆け込んでくる職員。

 その表情は真っ青で、彼は手にしていた書類を読み上げる。


「エイダ・エーデルワイス名義で、魔術瓶の特許――先買権が申請され、いつの間にか受理されております! 今後、ギルドはこれを保護しなくてはなりません!」


 あんぐりと口を開け、真っ青な顔をするゴードンに。

 沼の先達であるヨシュアは、そっと肩を叩く。


「これが、エイダ・エーデルワイスだ」

「……繁忙期。商人にとって、禁句のような言葉です。いやはや、これはまったく」


 安く見積もりすぎたな――と。

 ゴードンは自らの不明を恥じ、苦々しく笑うのだった。

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