第六話 髑蛇のバジリスクの最期です!

斥候せっこうより伝令。敵、蛇態魔族、警戒線を突破! 第一防衛線の部隊と接触まで、あと70!」

「工作部隊全隊へ通達! 〝無能な蛇〟作戦開始!」

「〝無能な蛇〟作戦開始!」


 作戦の始まりを告げる魔導化軍楽隊が大太鼓と喇叭らっぱを鳴り響かせ、勇壮なマーチを奏でる。

 不可視のブレスをまき散らしながら、塹壕を乗り越えて殺到するバジリスクの群れ。

 以前ならばその機動力になすがまま踏み潰されるだけだった汎人類軍は、しかし対策を講じていた。


 バジリスクが塹壕を乗り越えようとした刹那、至る所から地面が隆起。

 無数の棘を持つ障壁構造体となって展開される。


 これが、汎人類第一の策。

 有刺岩柵ゆうしがんさく


 そもそもは方陣と同じく・・・・・・騎兵の突撃を阻むために考案された術式である。

 魔術によって凍土中の土砂を成形。

 固く広く浅く、多重に展開するものだ。


 とはいえ、豊富に土のある場所ではないため、構造体のあらゆる場所には穴がいくつも開いている。

 普通の蛇やゴブリンであれば、隙間を抜けて移動できてしまうが――


「貴様らの馬鹿でかい図体では、これを潜ることなど出来まい」


 まさしく〝無能な蛇〟であると。

 会心の笑みを漏らすレーアに、足止め完了の報告が入る。


 即座に高射魔術の支援を要求。

 押し寄せる大勢が足を止めたなら大規模火力にて粉砕する。

 これは戦場のセオリーだった。


 降り注ぐ魔術の中、しかしバジリスクの背中に乗った魔族の兵士たちもまた応戦を開始。

 同時に、蛇の口が開き不可視のブレスが放たれる。

 両眼からは、耐えず魔眼――呪いに類するものが投射され、兵士たちの動きを束縛。

 このままでは工作員と、直掩ちょくえん部隊が壊滅的な被害を受けてしまうだろう。


「――などということは、これまでのいくさで骨身にしみている。第二策、〝魔剣防壁戦闘〟を開始!」

「〝魔剣防壁戦闘〟開始!」


 メロディーの転調。

 無色透明であり、触れただけで後遺症を残し、兵士をお荷物へと変えてしまう最悪の魔術〝毒息ブレス〟。

 しかし、バジリスクに向かって押し寄せる汎人類軍の兵士は、誰一人倒れることはなかった。

 すでに充分量の毒が蔓延しているのに、何故か?


 それは、彼らの腰にて輝く〝魔剣〟の力だ。


 汎人類、第二の策。

 魔剣に使われた希少金属アダマンタイトが、周囲の魔力と貯め込まれた魔力を消費してとある魔術式を起動。


 魔導外骨格アーマギカ簡易風霊結界コ・エアロス


 風霊の力場が渦を巻く。

 大気より毒をし取り、低位の魔術魔眼を無力化する鎧が、兵士たちの命を守っているのだ。


 突撃する亜人たちに驚いたゴブリンらは飛び降りて、有利陣形を組もうとした。


「だが、そこまでを読み切っての戦争だ。〝風上作戦最終段階開始〟!」

「〝風上作戦〟開始!」


 レーアの号令一下、軍楽隊がシンバルを鳴り響かせる。

 同時に、突撃兵が一糸乱れぬ動作で魔術を発動。

 乾坤一擲けんこんいってき、ありったけの魔力を振り絞って、爆煙や烈風によって、大気を押し返す。

 即ち――魔族たちへと向かって。


『――――!?』


 涙を溢れさせ、緑色の肌を糜爛びらんさせ、喉をかきむしり、あぶくを吐きながら崩れ落ちるゴブリンたち。

 そう、バジリスクの背中から降りた彼らへと向かって、塹壕にたまっていた毒が一斉に吹き付けたのである。

 崩壊する魔族の戦線。


「この機を逃すな! 総員――突撃ィィィッ!」

「「「応!!」」」


 雄々しき鬨の声をあげて、汎人類軍が魔族を押し返す。

 巨体を唸らせるバジリスクも、毒が無ければただ面積が広いだけのまとにすぎなかった。

 殺到する魔術が、蛇を次々と挽き肉に変えていく。


 しかし、なおも激しく抵抗する個体がいた。

 他の蛇たちに数倍する巨体と、トサカのごとき王冠、半面を髑髏どくろで覆った不屈の魔物。


「魔族四天王〝髑蛇どくじゃのバジリスク〟……やはり出てきたか。だが、部下たちの邪魔はさせん」


 全てを圧倒し、雨の如く降り注ぐ魔術を喰らってもひるむことなく、傷まみれとなりながらレーアのいる指揮所を破壊せんと肉薄する四天王が一角。

 胸郭を最大まで拡張させ放たれるブレスは、戦場一帯を追い尽くす。


 重ねて酸漿ほおずきのように赤い両目が爛々と輝き、呪詛を周囲にぶちまける。

 触れたものの手足は硬直――否、石化する。


 髑蛇のバジリスクが絶技。

 広範域に対する、圧倒的な制圧魔術の連続。

 そのプレッシャーにビリビリと肌を震わせながら、レーアは、魔力の矢をつがえる。


 対敵あいては最強に等しき魔族四天王。

 既に趨勢すうせいは決しているが、野放しにすれば被害は留まるところを知らないだろう。

 事実、殺到する魔術を受けても、その巨体はびくともしない。


 だからこそ、ここで不確定要素たる蛇の王にとどめをくれれば、亜人の未来はひらけるのだ。

 そんな思いが、金色のエルフを突き動かす。


全力死力命懸けで臨ませてもらう」


 一擲いってき乾坤けんこんす。

 味方が稼いだ貴重な時間を余すことなく魔術の構築へとつぎ込みながら。

 同じく絶技にて、彼女は蛇の王へと挑む。


 戦術の基本はいつだって同じだ。

 賢しい策を弄する敵軍あらば、その手足をもぎ、ついであたまを射殺すのみ。


 レーアの刃のような肉体から、裂帛の気合いが立ちのぼり、軍帽が吹き飛び、長い髪が天に逆立つ。

 その様はまさしく、愛すべからざる黄金、レインの悪魔、否――〝金色の悪魔〟にふさわしき美貌を誇り!


「風霊結界展開――第弐小鍵完全開放――嵐の王よ、我が臨界する魂を見届け給え!」


 毒を、残雪を、死を。

 全てを飲み込む逆巻く風が、ただ一点、矢の先端へと向かって収束。

 引き絞られた魂が。

 黄金の輝きを纏って、いま――解き放たれる。


輝空烈レヴトゲン業風パウリナ射貫絶・アルス!!!」


『――――』


 蛇の王は。

 なにも。

 知覚できなかった。


 レーアの指先を離れた金色の矢は、後方へとありったけの速力を噴出。

 彼我距離を一瞬にしてゼロへと変えてバジリスクの髑髏面を貫通。

 蛇の王がなにかを思考するよりも早く。

 その恐るべき力を――速度から生じるエネルギーを解放する。


 ――極超音速射撃。


 鱗持つ蛇の強固な体表が、ぷくりと膨れ上がる。

 全身が、内側から泡立つように波打ち、次の瞬間、弾け飛んだ。

 後方へと向かって吹き出す臓物と、残された螺旋のエネルギーに巻き込まれて霧散していく魔王軍の兵士たち。


 ほんの一刹那前まで脅威として君臨していた魔族四天王が。

 頭から尻尾に向かって放射線状の風穴を開けて、そのままドシンと崩れ落ちた。


 渾身の絶射。

 レーア・レヴトゲンが秘術において、最速最大の威力を示す技が、ここに決まったのだ。


 四天王〝髑蛇のバジリスク〟が戦死。

 結果――魔王軍の前線は、完全に瓦解する。


「今度は、勝ったか……クリシュ准尉」

「はっ。お側に」

「あとは、任せる」


 言うなり、レーアは昏倒した。

 超抜級の魔術師である彼女をしても、いま起動した大魔術の負荷に、肉体も魔術式を演算する脳髄も耐えられなかったのだ。


 倒れ伏す上官を丁寧に受け止めながら。

 小柄なハーフリングの副官は、指示を飛ばす。


「全軍、たたみかけろ! ゴー・フォー・ブロークン!」


 かようにして、アシバリー凍土戦役は、その日ひとつの節目を迎えた。

 汎人類軍は圧倒的な数的有利を誇る魔王軍を退しりぞけ、ついに凍土決戦を制したのである。

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