第五話 強制収容所の実情を鑑み、これを改善します!
収容所責任者の部屋を訪ねたエイダ一行を待ち受けていたのは、おもねるような笑みを貼り付け、冷や汗を掻きながら揉み手をする所長。
そして、柔らかな赤毛に
「エルク」
エイダが、安堵したように目尻を下げる。
「間に合ってくれましたか」
「他ならぬ姉上の頼みですから。それに、大切な方との先約でもありましたので」
言いながら美少年――エルク・ロア・ページェントは、姉の背後へとウインクを飛ばした。
悪巧みの片棒を担げる程度には優秀らしいと、レーアはエルクの印象を改めていた。
これを見て取り、美少年は満足そうに頷く。
「話は付いています。姉上から密かに連絡を受けていた人類王陛下への〝上奏〟。滞りなく済みました」
「一切ですか?」
「もちろん。我がページェント辺境伯家とクロフォード侯爵家による連名です。そしていま、所長さんへの申し送りもすんだところです」
「つまり?」
エルクはやり遂げた顔で親指を立てる。
「強制収容所における、亜人の労働が解禁されます」
「――!?」
特段飾り立てることもなく放たれた言葉は。
しかし、レーアを驚愕させるにはあまりあった。
当然である。
彼女が頼んだことは、魔剣を用立てて欲しいという一事のみ。
だというのに、与えられたのは事実上の権利回復――否、亜人の義務回復であった。
収容所の改革は、これから緩やかに進むとレーアは考えていた。
とかく武功、武勲を立て、報奨として少しずつ権利を勝ち取っていくものだと。
エイダ・エーデルワイスの行動は
だが、違った。
白き乙女は、とっくの昔に走り出していたのである。
レーアは思わず、戦友である衛生兵へと視線を向けた。
「特務大尉殿の
返ってきたのは、茶目っ気のある笑み。
そして、
「総員、馬車の荷ほどきを初めてください! 亜人の皆さんへ健康を取り戻すときです」
「なにをするつもりだ、エーデルワイス親任官?」
「決まっています」
白き乙女は、快活に告げた。
「――
§§
「いいですかー? いきなり濃いものを食べるとおなかがびっくりしてしまいます。最悪ショック死します。なので、うすーく、薄く、お湯で伸ばすイメージでパン粥を作ってください」
エイダの指示の元、新兵たちは炊き出しに追われていた。
レーアが一時的に指揮系統を委譲したためだった。
当然、エイダが連れてきた衛生課の訓練兵達もこれに交じって作業をしている。
「お、ヒト種のねーちゃん、料理が上手いねぇ!」
「オレは男だ! イアン・クレイトン訓練兵! 卒業したら覚えてろよ!」
などと、叫ぶそばかすの青年を横目にしつつ、レーアは白き乙女へと話しかけた。
「まさか貴官が、亜人のことを考えてくれていたとはな。先ほどは言いそびれたが……恩に着る」
頭を垂れるエルフを見て。
エイダは野菜をマッシュする手を止めて、頬を膨らませた。
「特務大尉殿、私は少し怒っています」
「……なにをだ」
「特務大尉殿は、私のことを同胞と仰って下さいましたね?」
レーアは無論だと頷く。
「同胞ならば、強制収容所のこと、もっと早く相談して下さればよかったのです」
言葉を失うエルフ。
エイダは続ける。
「たしかに、私は頼りなく見えるでしょう。事実として、それほど強い権限を持ち得るわけではありません。お飾りとしての側面が強いです。ですが」
「それでも」
国に
強く、エイダの言葉を遮った。
「……それでも、私は、貴官に寄り道をしてもらいたくなかった。真っ直ぐに、己の信じた道を歩んで欲しかった」
「…………」
注がれる眼差しには、レーアらしくない悔恨が滲む。
「初めは貴官を使い潰してやろうと思っていた。便利な技術者に過ぎないと。だが、私にとて大局は見える。貴官は今後の戦――否、人類史において、絶対に必要な人材だ。ヒト種や亜人という枠組みではない。人類にとって、必要なのだ」
「特務大尉殿……」
「謝罪を求められれば、いくらでも頭を下げる。ただ、これは我ら亜人の問題だった。放っておいても、貴官はこれからの人生で多くの荷物を背負い込むだろう。ならば余計に、我らの重荷まで背負わせたくなかった。迷ってなど、欲しくはなかったのだ」
それだけは理解して貰いたいと告げ、エルフの烈女は、白き乙女の両肩に手を置く。
「己を
「……私は」
エイダが、無理などしていないと続けようとしたときだった。
「アンタたち……いつまでサボってるわけ?」
二人の間に割って入ったパルメが、作業の停滞を咎める。
エイダとレーアは同時に苦笑を浮かべ、それぞれの作業へと戻った。
代わりに薄荷髪の少女が、レーアへと歩み寄り、
「ねぇ、特務大尉さん」
「む?」
「特務大尉さんは、なんでアイツを利用しないの?」
と、訊ねた。
レインの悪魔は苦笑する。
「利用したさ。便利な道具だと思ったとも。だが……いまは同志だと考えている、かけがえのない朋友だと」
「…………」
「だが、私は」
金色エルフが何かを続けようとしたとき、遠くで彼女の名が呼ばれた。
「連隊長! こっちの指示をくだせぇ! 新兵ども、まるで使い物にならねぇんだ!」
「……ああ、すぐに行く。ラドクリフ訓練兵だったな。あれから目を離さないでやってくれ。殺しても死なないように見えるが――見えるだけだ」
最後まで口元には苦い笑みを残して。
レーアは、部下達の元へと戻っていった。
その後ろ姿を見送って、パルメはつぶやく。
「居たんだ、アイツにも」
「なんの話ですか?」
「アンタの周りにも〝大人〟が居たって話」
寄ってきたエイダをあしらうパルメ。
白き乙女は首をかしげ、
「当たり前ではないですか? 皆さん年上ばかりです」
「そーゆー話じゃないの」
「?」
さらに首をかしげるエイダ。
パルメは大きくため息を吐き、食事作りへと戻る。
けれど、少女の口元は僅かに綻んでいた。
世の中には、自分の師と同じぐらい責任感が強く、小娘に全てを背負わせようとしない〝大人〟がいるのだと知って嬉しかったのだ。
そうして、一軍をあげた飯盒炊飯が終わり、ささやかな宴が幕を開けた。
「さあ、召し上がって下さい。焦る必要はありませんよ」
自身も矢面に立ち、完成したパン粥をよそって回りながら、エイダは告げる。
茫洋としていた亜人たちは、お椀を受け取ると、そのぬくもりに困惑を見せ、それからおずおずと口に運ぶ。
「けふっ、けふっ!」
咳き。
ハーフリングの男の子が、喉に詰まらせたのだ。
すぐにエイダは駆け寄ると、その子の腹部へと手を回し、背中を何度か叩いた。
小さな患者の口から粥が飛び出したことを確認し。
彼女はそっと、汚れた口元を拭ってみせる。
「ゆっくりで大丈夫です。だれも、あなたの食事を邪魔したり、奪ったりはしませんから」
その柔和な笑みを見て、幼い少年は再びお椀へと口をつけた。
最初はちびりちびりと。
やがて、ごくりごくりと。
吸い付くように粥を飲み干して「ぷはっ」と、息をつく。
不健康極まりなかった血色が、いくらか良好になり、瞳には光が灯る。
「もう一杯いかがですか?」
彼はエイダの問い掛けを聞き、驚きを顕わにして。
「遠慮せずにどんどん召し上がって下さい! 野菜のマッシュもありますよ!」
続く言葉を受けて、弾けるように破顔したのだった。
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