第九話 手を取り合って友情を再確認しましょう!
領主は手をかけた。
――キノワの肩へ、優しく。
「俺の許しなく死ぬなんざ認めねぇぜ、親友」
「親友?」
「ああ」
「僕を、友と呼んでくれるのかい……? 君は、僕を怨んでいたはずじゃ」
「……全部、ゴードンのやつが喋ったんだよ」
「――――」
目を見開いて。
キノワの腕から、スッと力が抜けた。
刃が、地に落ちる。
「待ってくれ。話を、させてくれや」
取り押さえようと近づく憲兵中尉を、領主は血まみれの手をかざして制止。
正気の顔で。
「すまねぇな、キノワ。俺は、どうやら調子に乗ってらしいな。おまえさんの心意気に気付いてやれなかった」
「違う、そうじゃないんだよぉ。僕は、僕ひとりが死ねば――」
「ああ、もう解ってる。おまえさんは、俺のために悪党を演じてくれてたんだよな?
キノワが言葉を失う。
リカルドは語る。
友のために。
領主として。
「十年前、俺は狂っちまった。
「……それは」
「キノワ、おまえが俺の憎しみを受け止めてくれたんだな? 妹殺しの、汚名を背負ってまで」
「…………」
伊達男は答えられない。
だからこそ、全てが雄弁な回答となる。
これは、キノワ・ランペルージの策略だったのだ。
友を救い、軍の悪行を暴くための謀略。
復讐に囚われたリカルドは、無謀な計画のまま人類王へと挑みかかるはずだった。
破滅への道を進んでいた。
みすみす友を死なせるなど、キノワにはとても出来なかった。
なにより、妹の末期の言葉が。
遺言が、彼を突き動かした。
『――彼を、王様に――』
だから、キノワは全ての罪をかぶることにしたのだ。
人類王の手足たる軍部による、リカルド・ヴァン・クロフォード暗殺計画をでっち上げ。
その首謀者が自分であると
もうひとりの親友であるゴードンを味方につけて、偽りの情報を黒馬の主へと与えた。
ただひたすらに、彼の暴走を、怨念を一身に引き受け、軽挙妄動を
「俺は、詫びなきゃならねぇ」
大領主が、長年の誤解を告白する。
「俺は、おまえが
「知っているよ。でも、それは」
「ああ、冤罪だ。あれは本当に事故だった。違うかい?」
「…………」
「なのにおまえさんは今日まで尽くしてくれた。自分を犠牲にしてまで、嫌疑をひっかぶってまで、俺の憎悪を引き受けてくれた。おかげで――
侯爵が顔を上げ。
キノワを支えながら立ち上がる。
「俺はよぉ。らしくもなく後悔してた。国を救うためだからって魔導馬の飼育なんざに手を出して、結果〝あいつ〟を見殺しにしちまったって。そんなのは人類王と変わらぬ暴虐だってな……だが、考えを改めた。他ならねぇキノワ、おまえさんのおかげだ」
「僕の……」
「おう。兵站課が魔導馬を使って、物資を運んだ。そりゃよ、つまり戦線を支えた、人類を守ったってことだ。
伊達男が目を見開く。
誇りを取り戻した領主は、強く笑う。
「この十年、俺を支えてくれたのは、間違いなくおまえさんだったのさ、キノワ」
「あ、ああ……」
「だから、よ」
偉大なるルメールの領主は、声を張り上げる。
「やめだやめ! 人間同士の権力争いなんざくだらねぇや。まずは、このくそったれた戦争を終わらせる。こまけぇ野望なんてのは、そのあとで十分だぜ。でないと死んで逝った者たちに示しが付かねぇ。〝おまえの妹〟も、腑抜けた俺なんざ見たくねぇだろうしな」
そして彼は。
幼馴染みを、強く抱擁した。
「何より――大事なダチすら見えなくなってたんじゃ、君主になんざなれるわけがねぇ。済まなかったな、キノワ。ぜんぶ、ぜーんぶ、テメェに背負わせちまってよ」
「――っ、ぁああああ!!!」
その瞬間、張り詰めていたものが切れたのだと、エイダは感じた。
泣いたのだ。
誰よりも人目を気にしてきた男が、衆人環視の中で、大声を上げて泣きじゃくった。
一つの野望が、悪しき企てが、ここに
エイダは息を吐いた。
自分の裁量には余る事柄が、ようやく終わったと理解したからだ。
「親任高等官殿」
友を抱きしめたまま、領主がエイダを見詰めていた。
「なんでしょうか」
「おまえさんも、民草の命を救ってくれてありがとよ。こいつのこと、知らせてくれたこともな。おかげで……今度は間に合うことができた」
お礼の言葉に、エイダは小さく、本当に小さく微笑んで頷く。
「この借りは、必ず返すぜ。領主としての約束だ」
「でしたら……人類王陛下宛に、一筆お願いします。私が自由に動けるようにと」
「おう、任されてやるよ。内紛の種が全面協力するんだ、否とは言わせねぇさ」
破顔した領主は、友を抱え。
そのまま憲兵中尉に付き添われて、この場を後にしていった。
エイダは、ホッと息をつく。
「決着、でしょうか」
「……事後処理を考えると、胃が痛い限りだがな」
眼鏡の大恩人が苦笑し。
それから思い出したように訊ねてくる。
「クロフォード卿がこのタイミングで駆けつけたのは、貴官の仕業か?」
「私はただ、ご友人のことを案じてあげて下さいと連絡を差し上げただけです。もちろん、ギルドマスターさんにも」
「炎の目にはお見通しか。貴官はまったく、度し難いな」
上級大佐のため息一つ。
こうして、通商都市ルメールを巻き込んだ大事件は幕を下ろす。
しかし、エイダにしてみればなにも終わってはいない。
むしろ、やっとここから始まるのだ。
振り返り、倉庫に山と積まれた物資を見上げて思う。
「これだけあれば、助けられる命が沢山あります。まったくもって、やりました!」
ぴょこんぴょこんと飛び跳ねて喜ぶ彼女だったが。
「閣下」
控えていた側近が、申し訳なさそうに顔を寄せ、耳元で囁くと顔色を変えた。
「残念ですが、これらを
「……はい?」
「また、今回様々な部署の力を事後承諾的に借りましたので、それにつきましても確認をお願いしたく。無論、大至急で」
「な――」
少女は仰天し。
世の無常を嘆き叫ぶ。
「なにゆえ、こうなりましたか――!?」
頭を抱えるエイダを見て。
ヨシュアとザルクは、堪えきれずに吹き出すのだった。
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