第八話 追い詰められた伊達男大佐です!

 押し開かれた扉の先へと乗り込み、エイダは喝采をあげた。


「あるではないですか、物資!」


 そこにあったのは、積み上げられた大量の物品。

 他の兵科が使うことなどまずもってない、包帯やガーゼ、鉗子かんし、なによりもエイダが設計した止血帯といった特注品の数々。


 第三者たるヨシュアと、憲兵たるキリクが中をあらためたとき。

 伊達男キノワが、愕然と崩れ落ちた。


 べったりと撫でつけられていた特徴的な頭髪はほつれ、みっともない様相を呈す。

 もはや言い逃れは不可能だったからだ。


「ご事情をお聞かせ願えますか、キノワ・ランペルージ兵站課大佐殿?」


 歩み寄った憲兵中尉の影が、キノワを覆う。

 地面に手をつき、がっくりとうなだれたまま、彼は口元を歪め。


「……勝ったつもりかぁ、エーデルワイスゥ? 違うなぁ、これでいい、これでいいのさぁ・・・・・・・・。僕たちの夢は、託された遺志のは消えやしない。そうだぁ、僕が終わろうとも、〝彼〟が今度こそ前へと進むぅう!」


 負け惜しみのように、勝ち誇ってみせた。


「ユメ、そう夢だ! 僕らの宿願ゆめ! 僕らの背負ったもの! 親友ともを、人類王を超える王とすること! だが、それ以前にぃ! 僕は、彼の無念を晴らしたかった……っ」


 無念。

 それは。


「貴様も知っているだろうねぇ、エーデルワイス。〝彼〟は細君を奪われた。その苦しみたるや、僕になど想像もつかない。だから誓った、〝彼〟が覇道を為すためになら、どんな汚れ仕事だって引き受けようと! 軍を潰してやろうと!」


 ヨシュアが呻く、「逆恨みだ」と。

 キノワは言い返す、「だとしても正義だ」と。


「〝彼〟のために、なんだってやってきた。軍に潜み、獅子身中の虫になってやろうとした。だって、酷い事故だったんだぁ……回復術士も、聖女も間に合わなかった」


 それが事実であることを、エイダは知っていた。

 ルメールで活動し、市井の人々と触れあう中で、惨状は自然と耳に入ってきた。


 目抜き通りで起きた馬車の玉突き事故。

 あれよりも、よほどむごたらしいことが起きたのだと。


「エーデルワイス……もし、もしも貴様が」


 伊達男が彼女を見る。

 縋るよう色が、正気が、一瞬だけその眼差しに宿る。


「あの場にもしも貴様が居合わせたら、あれは――〝妹〟は、助かっただろうか……?」


 エイダは答えなかった。

 終わってしまったことに対する仮定はあまりにも無意味で。

 告げるべき事実は、どこまでも残酷だったからだ。


「……だろうねぇ。貴様なら、なんとかしてしまったのだろうなァ」


 この僕が目をそらせないほど、貴様は有能だったのだからと、キノワは力なく自嘲する。

 彼の精神が底なし沼へと落ちていくのを、エイダは見ていることしか出来ない。

 自分が無力であることを、彼女は噛みしめる。

 肉体の傷は癒やせても、精神を癒やすことが出来ない事実を、今一度胸に刻む。


「だが、これでいい。すべてをつまびらかにしたまえ、潔癖の衛生兵。輜重輸卒しちょうゆそつが兵隊ならば、蝶々蜻蛉とんぼも鳥のうち……兵卒とすら認められず、あげくに不正の温床と化した兵站課、その悪事を全て暴き立てるがいいさぁ!」


 荷物を運ぶことなど、誰にでも出来ると。

 手間を惜しんで不良品ばかり押しつけてくる無能だと、幾度も幾度も罵られてきたからこそ。

 兵站課は、いまや戦線を支えるよりも、私腹を肥やすことに終始しているのだと、彼は語る。


「けれど、エーデルワイス。貴様は僕たちと何が違うんだい?」


 自分たちと同じ紙の兵隊のくせに。

 なぜ、多くの者たちから歓迎されるのかと、彼は不思議そうに首をかしげ。


「いや……愚問だねぇ……僕は、人類王の臣下、軍人全てに復讐したかった。仇を討ち、誓いを果たしたかったぁ! だから、命を救うなんてのたまう貴様らの道具を奪って、食料を滞らせて、腐った食い物を割り当てて。ああ、なんて最低で、人類の裏切り者で――もはや、この醜悪さに耐えられない!」


 そこから起きたことは、一瞬だった。

 この場の誰にも対応できないほどに。


「っ!」


 キノワが全員の不意を突いて、腰から剣を抜き放ち、首に当てる。

 それを阻止すべく、キリクが駆け出す。

 けれど間に合わない。

 伊達男は卑屈な笑みを浮かべ、喉を掻ききろうとして――


 黒馬のいななきが、轟いた。


 倉庫前の広場へと駆け込んでくる、一頭の魔導馬。

 キノワの動きが、僅かに鈍る。


「失敬」


 これを見逃さなかったキリクが刃物を蹴り落とそうとする。

 が、キノワが恐怖で倒れたことで失敗。

 覚悟を決め直した彼が――それは、何物にも代えがたい数秒だった――再び首をかっ切ろうと刃を振りかぶったとき、


 大柄な影が、颯爽と舞い降りた。


 影は刃を素手で掴むと、無理矢理に押しとどめる。

 滴る血液。

 眼を見開いて、キノワは影の名を呼ぶ。


「リカ、ルド……」

「勝手は許さねぇぞ、キノワ・ランペルージ」


 黒金の魔導馬を胸に刺繍した偉丈夫。

 領主――リカルド・ヴァン・クロフォードが、威風堂々とした佇まいで彼の前に立ち塞がり、


「許さねぇ」


 キノワへと、手をかけたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る