第七話 あるではないですか、物資!
「ルメールの三英傑についてならば、こちらでも調べてきた」
兵站課駐留地内部に存在する工場へと向かう道すがら。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、ヨシュアは独白のように告げた。
「人類王に後塵を拝した王の息子と、その幼馴染み二人による武勇伝だ。古い記録では、二人ではなく、三人の幼馴染みとも伝わっていたか。貴官の戦場伝説とは似て非なるものだな」
エイダは目を閉じ、彼の言葉にただ耳を傾ける。
「大通商都市ルメール。北方、南方、両方面軍を支える交通の要所にて、人類が未来を憂う烈士あり。生まれた日は違えども、人類王打倒という同一の悲願を掲げた彼らは固い友情で結ばれ、各々の方法で出世を重ねた」
ひとりは領主。
クロフォード侯爵家に産まれたリカルドは家督を継ぎ、魔導馬とその糧秣産地へ投資を行うことで資本を蓄え、さらなる発展を街へと与えた。
ひとりはギルドマスター。
商業ギルドに入ったゴードンは、己の商才を活かし、各地の商人たちを取りまとめる
ひとりは軍人。
兵站課に所属したキノワは、領主とギルドマスターの生み出す物資を、軍へと橋渡して財源へと変えた。
そして、もうひとり。
「キノワ・ランペルージの妹は、クロフォード侯爵へと
彼らの働きで、ルメールの地位は盤石となった。
「しかしそんな折、領主の妻――前妻だな――が、暴走した軍部の馬車によって命を落とした。以降、領主は軍隊を怨み、ひいては人類王すらも憎み、その犯人を親友であり妻の兄――キノワ大佐だとして遠ざけたという」
知る人ぞ知る逸話であった。
だからこそ、この事件の思いも寄らない切っ掛けが眠っているのではないかと、ヨシュアは眼鏡の奥で
「領主の軍部嫌いは、未だに健在だ。さらに、
「はい、確執自体はあるのでしょう」
白い乙女は、瞑目したまま曖昧な言葉を口にした。
まるで、それだけではないと――そんなことは、さして重要ではないといわんばかりに。
「ヨシュア上級大佐、クロフォード侯爵の、先の奥方様が亡くなられたのは、間違いなく事故なのですね?」
「無論だ。貴官の父親に匹敵する大領主へ関わること。軍部は総出で調査を行った。結果、事故であると結論づけている。もっとも、クロフォード侯爵は自らを暗殺するために人類王が企んだと言って
「ならば、誤解なのでしょう」
「誤解?」
「あるいは、そう勘違いさせたかったかです」
怪訝そうに片眉をあげるヨシュアが問いただそうとしたとき。
音を立てて、馬車が停止した。
兵站課の本拠地へと、到着したのである。
「……ようこそ、エーデルワイス親任高等官殿ぉ。そして、ヴィトゲンシュタイン上級大佐殿。突然の来訪に驚くばかりでして……はてさて、なに用ですかなぁ?」
出迎えたのは、身長の低い伊達男――キノワ大佐。
彼は表面上、へりくだって見せた。
その立場があやふやなエイダはともかく、ヨシュアは完全に階級が上であったからだ。
しかし彼の双眸には、
当然だ。
兵站課と人事課は犬猿の仲であり、そのすべては彼とヨシュアの間で始まったことなのだから。
キノワにしてみれば、仇敵が二人揃って訪ねてきたという状況だったのである。
……もっとも、エイダの側近と、何故か憲兵中尉というおまけ付きではあったが。
「はい、じつはお約束していた物資についてお話ししたく参上しました」
エイダの言葉に、キノワは一瞬引きつった笑みを浮かべた。
「約束、ですかなぁ?」
「これまでもたくさんお手紙に書きましたが、現地の衛生兵へ滞りなく物資が届くように尽力していただきたいのです」
「はっはっは。今以上に便宜を図れと? 袖の下でも欲しくなりましたかぁ?」
「まさか!」
にっこりと笑うエイダの姿を見て、キノワは真顔になった。
不気味なものを見るような目つきで、彼女の顔を、その表情の奥にあるであろう本音を見透かそうとする。
けれど、それよりも早く。
エイダは荷物から、書類の束を取り出しキノワへと突きつけた。
「……何ですかな、これはぁ?」
「各地で生産された物資と、この街の集積所へと集められたもの。そしてルメールから輸送された資材の相関図です」
「つまりぃ?」
「そこに、物資の輸出入、全ての情報が記載されています」
「――はァ?」
書類を奪い取るキノワ。
一読し、その表情が引きつったものへと変わった。
ページをめくるごとに。
眼球が文字や数字、図形を追うたびに、彼は青ざめていく。
なぜならば。
そこに書かれていたのは、兵站課の全てだったからだ。
これまで彼が行ってきた業務が――悪事のすべてが、一目でわかるデータとして記載されていたのである。
「ふ、むぅ……数字は正確だねぇ……」
「よかったです。なんども検算をした甲斐がありました。前線へと届く物資は、一度必ずここへと集積されるので、確度は高いと思っていましたが」
「ところで……これほどの物証、
「純粋に一から数えました!」
白き乙女は、小さな胸を張る。
「なにせ私の教え子は、出世しないだけであちこちにいますから」
そう、全ては
各地の戦場へと散ったエイダの教え子たちは、彼女がお願いするままに現場で情報を収集し、送付。
これをエイダが計算し、無数のグラフへと書き起こす。
即ち、陰謀を暴く〝数の正しさ〟に。
これについて、憲兵隊もまた把握していた。
なにせエイダの執務室から押収した証拠の中には、この書類もまた含まれていたのだから。
「もっとも、やり遂げてくれたのはパルメ・ラドクリフ訓練兵ですが」
「は?」
「ハーフエルフ、といえば思い出されますか?」
「……っ! あのデミが!?」
驚愕するキノワ。
そう、薄荷色の髪の少女が今日まで夜更かしを続け、ついに完成させた書類こそ、この統計だったのだ。
この場にいないパルメこそが、いまキノワの喉元に切っ先を突きつけている……!
「な――難癖だぁ!」
往生際など考えず、伊達男は
「こんなもの、何の証拠にもならない! 僕はなにもやっていないぃ!」
「そうですね、あくまで指標です」
「だったら、なにを」
「ですから、約束の物資を頂戴しに参りました。本来――前線の衛生兵たちが、命を助くるために使うはずだった物資を」
「っ」
普段は穏やか極まりない少女が。
いまは、大の大人が、屈強な軍人が無意識に気圧されるほどの迫力を、隠すことなく発揮していた。
エイダが、その炎のような眼差しでジッとキノワを見詰める。
伊達男の足が、一歩下がった。
「衛生課長官として、実力を行使します。お預けしていたもの、
男の横をすり抜けるようにして、白き乙女は凜然と進む。
集積所の奥へ。
倉庫街へとただ進む。
「ま、待て」
「待ちません」
ずんずんと大股で歩いて行く彼女を止めようと、キノワは掴みかかる。
だが、これをエイダの側近――ザルクが許さず立ち塞がる。
エイダはそれらを一顧だにせず進む。
彼女が立ち止まらないので、みな後を追いかけるしかなく、そこには奇妙な一団が形成されてしまった。
白い小娘を先頭に、大人たちが続く。
兵站課の兵士たちも、何事かと着いていく。
やがてそれは行列となり。
行列は、とある倉庫の前で停止した。
「調査の結果、この倉庫には厳重な〝封印〟が施されていました」
少女の言葉に、キノワがハッと我に返る。
「そ、そこにはなにもないぞぉ!」
声を張り上げ、倉庫の入り口の前で両手を広げた。
あまりに幼稚な〝通せんぼ〟だった。
「ここは、兵站課の管轄だぁ! 少しでも手を触れてみろぉ、軍法会議にかけてやる!」
「そんな脅しが無価値なことは、キノワ大佐が一番ご存じでは?」
「怖れを知らないのか、貴様ぁ!?」
「それが衛生兵です!」
「ひっ!?」
毅然たる態度に、恐怖を顕わにする伊達男。
エイダは地位になどまったく興味は無く、
白き乙女は厳重に錠前と魔術で封印が施された扉を前にして、背後を見遣った。
視線の先にいたのは、筋骨隆々とした副官の姿。
「ザルク少尉、お願いできますか」
「処罰は免れぬでしょうな」
「全責任は私が負います」
「……自分は、申し分ない上官を持ったようです。力技こそ、我が本懐! この肉体を以て、命令を履行いたしましょう!」
グッと、彼はポーズを取る。
軍服がはち切れんばかりに膨張する筋肉。
否――魔力が、彼の周囲で渦を巻く。
ザルクは堂々とした足取りでキノワの横を通り過ぎると、拳を大きく振りかぶった。
「岩よ、我が拳を彩る鎧となれ」
詠唱によって魔術が発現。
虚無より現れた土塊が、小石が、岩盤の如くザルクの両腕を覆う。
それは、近代魔術の基礎であり、同時に火力の発展とともに
エレメントを纏って己を強化し、肉体を外界と隔絶、
「
満身の力を拳に宿し、ザルクは結界へと叩きつける。
刹那、膨大な筋力と魔術式の介入により、施錠の全てが弾け飛ぶ。
破壊され、露出した倉庫の内部へと、光が差し込み――エイダが、高らかに声を上げた。
「あるではないですか――物資!」
そこには――
大量の資材が、山と積まれていたのだった。
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