第四話 無実の罪を着せられました!

「それでは閣下、今日もご安全に執務をお願いしますな。まずはかねてからの懸案事項、倉庫の備品確認について」

「発注したものより多く納められているのでしたね? 目録と比較して、監視員に確認しても同じだったのですか?」

「はい。明らかに搬入されたときよりも多いと。加えて、深夜に不審者が倉庫周辺を行き来しているとの目撃情報もあります。事実、備品の増減が確認されました」


 側近たる筋肉質な少尉からの言葉を受けて、エイダは資料をチェックしていく。

 頼んだ覚えのない物資が、確かに納められている形跡があった。


「うーん……不審物、という扱いになるのでしょうか。軽々に触れないよう、通達を。確実に保存し、明確に正当な物資と区別がつくようにしておいてください。それから、見回りを厳に」

「万事承知しております。次です閣下。幾つかの調査書と、ページェント少将から書簡が届いておりますな」

「お父様から?」


 たくましい腕で恭しく差し出された手紙を、エイダは訝しがりつつ受け取る。

 確かに封蝋ふうろうは、ページェント家の家紋である杖に巻き付く蛇の意匠。

 封切りし、中を改めて、エイダは瞑目した。


「……実の娘だからと、便宜を図りすぎです」

「閣下?」

「ザルク少尉。二つの情報、その裏付けが取れました」


 机の中から、もうひとつ手紙を取り出し、エイダは続ける。


「ひとつ。戦場全体への、食糧配給に問題が起きていること。前線には行き渡っておらず、代わりに――クロフォード卿の手勢へと、物資が供給されています」

「領主に軍籍はありませんが?」

「ですので、書類上は義勇兵として扱われています。実体は私兵でしょう」

「むぅ……」


 偉丈夫の副官が唸った。

 つまり何者かが国防の最前線を軽んじ、軍隊の補給線を利用して一侯爵を優遇していると言うことになる。


「あるいは、そう見せかけているかですが……閣下、二つ目は?」

「銃後の市場に、ギルドを通さない物流が起きています。これが、軍からの横流し品であることが明らかになりました。亜人街の皆さんの証言と合わせて、こちらはより確定的だと言えます」


 闇市の正体は、本来戦場へと運ばれるはずの物資であったという衝撃的な事実を、エイダはさらりと口にする。

 話を聞いている副官は、酷い渋面だった。

 極めて単純な事実だけがそこにあったからだ。


「以上二点から導き出される結論は、どんなものがあると思いますか、少尉?」

「自分としては、短絡的な発想しか出てきません。少なくとも、筋力では解決できますまい」

「ですよね……」


 ぎしりと、少女は椅子に深く体重を預け、両目を閉じる。

 それから、顔の前で両手を合わせた。


「私は、兵站課や主計課と仲良くしたいです。一致団結は難しくとも、すこしでも兵士の方々に十全な栄養や装備を供給したいと考えています」


 前提条件を並べながら、彼女はひたすらに頭脳を回転させる。

 やがて一つの事象が、エイダの脳裏で像を結んだ。


「……衛生兵の皆さんと、ヨシュア上級大佐に調べていただいた物資の輸出入データ、ありますか」

「こちらに。〝彼女〟がまとめてくれたものです」


 差し出された書類を読み込み、エイダは小さく息をついた。

 必要なのは、さらなる確認。

 詰め路へ至る道筋。


「クロフォード卿と、商業ギルドのマスターへとお願いしていた件については?」

「亜人を用いた長期保存の利く戦闘糧食の開発についてであれば、両陣営とも協力を惜しまないとのよしです。代わりに統計データの共有を求めると」

「亜人街への協力打診の結果は?」

「亜人はそもそも、街での労働が著しく制限されています。働き口の斡旋に対して、色よい返事がもたらされております」


 白く小さな頭の中で、膨大な演算が行われていく。

 閃くのは、ひとつの事実。


「少尉」

「はっ」

「十年前、この街で起きた馬車の追突事件について、軍は何と回答していましたか?」

「まったくの事故であり、軍部に過失はないと」

「……ならば、そういうことなのでしょう。解決の糸口はあります。できるのだから、やらなければなりません。それが〝責任〟のはずです」


 エイダは、すくっと立ち上がった。

 その両眼に、炎が宿る。

 彼女は机から二通の手紙・・・・・を取り出すと、それを副官へと預けた。

 そして、これからの目標を明言する。


「第一義、やはり兵站課へ協力を取り付けたいと思います。主計課と人事課の承諾は降りているのです。そのためにも、キノワ大佐にお目通りを――」


 彼女が、そこまで言いかけたときだった。


「――今度は何しでかしたわけ、エイダ・エーデルワイス!」


 ノックもせずに、部屋へと飛び込んでくる薄荷色の影が一つ。

 ザルクはこれを怒鳴りつける。


「パルメ訓練兵! いかに閣下の側仕えとはいえ、無礼にもほどが――」

「アンタのせいで大変なことになってるんだけど!?」

「私ですか?」


 きょとんとするエイダに、パルメが詰め寄ろうとしたとき。

 開きっぱなしの入り口から、多数の兵士が室内へと雪崩れ込んできた。

 彼らは皆、『憲兵隊』と書かれた腕章をつけており。


「失礼。自分は、キリク・アーシア憲兵中尉であります」


 最後に入出してきたのは、規律という言葉を体現したような男だった。

 軍服の着こなしから足運びにまでケチのつけようのない青年将校、キリク憲兵中尉は、室内をぐるりと見回し、白髪赤目の人物へと目星をつける。


「あなたが、エイダ・エーデルワイス衛生課長で間違いありませんか?」

「はい、確かに私がエイダです。御用向きを伺っても?」

「自分は、閣下を拘束するよう特命を帯びて参りました」


 その言葉を受けて、パルメは憲兵の胸ぐらへと掴みかかろうとした。


「パルメ訓練兵! 抑えて下さい」


 しかしエイダの強い制止を受け、ムッと顔をしかめはしたものの、踏み出した足を戻す。

 峻厳しゅんげんな視線でこれを追っていた憲兵中尉は、厳格に厳格を重ねた声音で部下へと指示を出す。


「室内から、証拠品を押収せよ」


 彼の号令一下、憲兵達が横柄に、乱雑に、執務室の家捜しを始める。

 その手はやがて、数少ない調度品である食器棚へと及び。

 一つのマグカップが、乱暴に持ち上げられて。


「やめて!」


 茶器を押収しようとする憲兵中尉へとパルメは掴みかかる。

 彼女にとって、それが大切であることはエイダにも解った。

 一緒に勉強する証しとして、この部屋に置かれていた少女のカップだったのだから。

 それでも、エイダは重ねて制止の声をかけようとして――


 ハーフエルフの矮躯わいくが、宙を舞う。


 床へとたたきつけられ、関節を極められる少女。

 この時点でもう、パルメの意識は無かった。

 凄まじいまでの体術。


「手荒な真似をしたくありません。捜索に応じ、詰め所までご同道願えますね?」


 表情も、身だしなみの一つも崩さずに制圧を行ったキリクが立ち上がり、エイダを真っ直ぐに見詰める。

 その足下では、倒れ伏したパルメを他の憲兵が取り押さえていた。

 状況を打開すべきかと密かに臨戦態勢へと入っていたザルクも、周囲で魔術式が展開されたのを察し、両手を挙げるしかなく。


 ただ一人エイダだけが、うつむいたままで、


「みっつ、言いたいことがあります」


 放たれたのは、低く抑えられた声音こえ

 普段のエイダからは想像し得ない、極低温の言葉。


「はっ――傾聴いたします」


 キリクが反射的に直立不動の体勢を取る。


「まず、パルメ訓練兵を解放して下さい。目的は私で、彼女は既に無力化されているはずです」


 部下へと退くようにキリクは命じた。

 そもそも脅威と認識していなかったがゆえに。


「次に、私はなんの罪に問われているのでしょうか?」

「守秘義務――と言いたいところですが、きちんと告げるようにと先方から言いつかっております。エーデルワイス衛生課長、あなたにかかっている嫌疑は」


 男が、どこまでも愚直に告げる。


「――物資の、横領です」

「なるほど。だいたい解りました。では、三つ目です」


 ここで、その場にいた全員が、ぎょっとなって一歩後ろへと下がった。


 キリクでさえ解せないという顔で、自分の足を見詰めている。

 その原因は、上げられた白き乙女の双眸。


 普段の暖かな眼差しとは正逆の炎が、零下のほむらが強く燃えさかり。

 静謐よりもなおしずかに、可憐な口唇より言葉を紡ぐ。


「……食器棚の品物は、大切に扱って下さい。そのティーカップもです」


 でなければ、決して無抵抗で連行などされないと言外に語る衛生課の長を見て。

 キリク憲兵中尉は、大人しく顎を引くしかなかったのだった。

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