第五話 大隠者のお弟子さんです!

「ひとつ、準備の時間をいただきたい。なにぶん私は世捨て人。世俗に戻るための段階が必要です。具体的には、教会へ許可を取らなくてはなりません」

「追放されていてもですか?」

「だからこそ、報告と許しは必須でしょう。厳密には破門ですからね」


 アズラッドの言葉にエイダは頷き、「では、私もお手紙を書きます。役立ててください」と告げた。

 大隠者は頷き、指を折る。


「ふたつ。どうやら衛生課というのは人材不足の模様。各地に散った仲間へ声をかけてみたいと思います。人格者ばかりではありませんが、成果と研鑽は間違いありませんので」


 願ってもないことだと歓迎するエイダ。


「それで……みっつめで、ですが」


 指を全て折ったアズラッドは、背後へと視線を向けた。

 そこには、彼の弟子が。

 ハーフエルフの少女が、控えていて。


「彼女は幼い頃、魔族に隠れ里を焼かれ戦災孤児となりました。以来、私が引き取り、今日まで多くを学んできました」


 隠者が弟子に向ける眼差しは、温かで優しい光に満ちていた。

 それは家族への信頼にも等しい感情であり。

 だからこそ、続く言葉は衝撃的だった。


「三つ目の条件。それはあなたの側に、衛生兵としてこの子を置いてやって欲しいということです」

「嘘でしょ!?」


 大声を上げたのは、薄荷色はっかいろの髪をしたハーフエルフ。

 彼女は耳をピンと立て、戸惑った顔でアズラッドを見詰める。


「お――お師さまは、アタシがいないと困るはずです。洗濯や炊事を、誰がするんですか?」

「自分でやります。だから困りません」

「アタシは困るんです!」


 ハーフエルフは大隠者へと抱きついた。

 涙声になりながら、彼女は訴える。


「アタシ、そこまで不出来な弟子でしたか? もう、お側には置いていただけないぐらい?」


 この世の終わりが来たような蒼白な顔で。

 潤み、惑い、揺れ動く若草色の瞳が、師の真意を確かめようとただひたすらに視線を注ぐ。

 隠者はそっと、薄荷色の髪へと手を置き、慈しんで撫でた。


「君が不安なら、何度でも言いましょう。私の弟子は君だけです。君が、一番の弟子です」

「なら」

「だからこそ、私はお願いをしています」

「っ」


 言いかけた言葉おもいを吐き出しきれず、少女はキュッと口元を結ぶ。

 隠者は続ける。

 自らが弱みにつけ込んだのだという事実を理解しながら。

 それでも、ただ一人の弟子を想って。


「他ならない君だからこそ、この方の側へ推薦できるのです。自慢の弟子にならば任せられると判断したのです。なにより庵の外を見ることで、君はいっそう羽ばたけるでしょう。世界の広大おおきさを知り、成長できるはずなのです」

「それでも、アタシは――」

パルメ・・・


 隠者はそこで。

 はじめて少女の名を、強く呼んだ。


「パルメ・ラドクリフ。我が愛しき最初の弟子。これまで私が、君のためにならないことをしましたか?」

「せっかく作った内緒の誕生日ケーキ、勝手に味見されました」

「……面目ない」


 苦笑。

 しかし譲ることなく。

 ずっと視線を求めていた少女と、アズラッドは向き合う。


「大隠者最優の弟子、パルメ・ラドクリフ。世界を見てきなさい」


 なにごとか反論しようと試みて、少女は二度三度口を開閉させ。

 最終的に、強く下唇を噛んだ。

 少女――薄荷色のパルメは、何度も目元を拭って。

 そうして。


「解りました、お師さまがそこまで言うのなら……嫌だけど、行ってきます」


 小さく、頷く。


「というわけで、エーデルワイス殿。私の弟子を、よろしくお願いできますか?」

「もちろんです! 如何なる方法を用いてでも、彼女を立派な衛生兵にしてみせます!」


 その前途にありったけの祝福があらんことを祈って、大隠者は弟子を送り出し。

 エイダはこれを、満面の笑みで託されたのだった。



§§



「だからって、これはおかしいでしょうがー!?」


 数日後、パルメは岩山で絶叫していた。

 庵を出たときの感傷など欠片も残されていない、剥き出しの叫びだった。


「傾注してください。これから皆さんには、山岳地帯を縦走して基礎体力を養ってもらいます。私は教官役のエイダ・エーデルワイス。長い付き合いになると思いますが、どうかよろしくお願いしますね!」


 むくつけき男達――同期となる無数の志願兵達に囲まれ、尋常ではない大荷物を背負いながら。

 パルメは、隊列の先頭から指示を出す白髪赤目の鬼教官を睨み付ける。


「納得、いかなーい!!」


 少女の悲痛な叫びが、再び山々へとこだまする。

 世間知らずな彼女にとって、地獄のような。

 訓練兵としての苛烈な日々がいま、幕を開けようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る