第三話 新聞広告は大成功です!
『 快進撃!
敵根拠地、ジーフ死火山攻略戦において、軍は猛烈なる強襲を敢行。
勇猛果敢たる亜人部隊も加わり、
魔族四天王の一角〝
アシバリー凍土攻略、ひいては魔族領本土への足がかりを確定的なものとした。
これは、革新的新兵科〝衛生兵〟による損耗抑制が大きく寄与しているものである。 』
「――なんて書かれたら、誰だって高揚感を抱くし、あんたの部下に期待するわ」
聖女の言葉は正しかった。
もともと、戦意発揚を狙った検閲済みの記事であるから、そこにはどれほど犠牲者が出たかなどは詳細に書かれてはいない。
代わりに、多くの命が繋がれたと記されている。
そこに、エイダが掲載を取り付けた広告が加わる。
兵士は民草を守る剣と盾。
けれど、その盾は他ならない隣人であり、血の通った人間だと知らしめることで、人々は初めてこの重大性を認識するに至った。
「友を守れ、家族を助けよと焚きつけられれば、民草とて拳を掲げるしかない」
全ての人類が、魔族との争いに関与している時代だ。
否応なく世論は……特に家族が戦地にいる者は、衛生兵の増強を願った。
同時に、前線へと〝思い〟を届けることも。
エイダ・エーデルワイスが、人類王へ願い出たとおりに、日々衛生兵を志願する者は増え、沢山の励ましの手紙が戦地へと送られている。
だから彼女はがんじがらめの軟禁状態でも、その立場に感謝をしたのだ。
失われるはずだった命が、確かに繋がっていたから。
「……ただ、問題がひとつ。戦場で、物資が消えているのです。トートリウム野戦病院にいた頃から漠然と感じていましたが、これは由々しきことです。なんとかしなくてはなりません」
世相を大きく動かしたことへの達成感などどこにもなく。
ただひたむきに思案を続ける白き乙女。
聖女は疑問に思った。
古の時代から、歴史の影で連綿と受け継がれてきた知識を独学で身につけ。
この戦火の時代に立ち上がった小さな娘が、その赤い瞳で何を見据えているのだろうかと。
「〝戦場の天使〟」
考えた末、口をついたのはそんな言葉だった。
「初めて会ったとき、あんたは既にこう呼ばれていたわね」
ゆっくりと、言葉を選びながら聖女は告げる。
「導きの天使レーセンス。あんたと同じ、白い髪に赤い瞳を持つ亜人達の守護者……エイダ・エーデルワイス、これは聖女としての言葉です、傾聴しなさい」
ベルナはスッと背筋を伸ばした。
それだけで、清冽にして
エイダも思案から顔を上げ、真剣な面持ちとなった。
しんと静まりかえった室内に、聖女の託宣が降される。
「親任高等官にして兵科の長たるあなたには、これまでとは比べものにならないほどの重責がのしかかるでしょう。いくつもの困難と試練、出会いと別れが待ち受けるはずです。けれどあなたは、あなたの責任を果たしなさい。
「――はい」
神妙な首肯を持って、エイダは聖女の厳かな言葉へ応える。
もはや彼女は、奔放に最前線を駆ける天使ではない。
出会いと別れ――死地へと兵士を送り出す、そんな立場になってしまったのだから。
「とはいえ」
聖女が小さくため息を吐き、諦めたように苦笑する。
「あんた、大人しくしているつもりなんてないんでしょ?」
「お解りでしたか」
「当たり前。
前線主義?
現場至上主義?
まあ、なんでもいいわと聖女は言葉のチョイスを投げ出し、エイダへとすました表情で問い掛けた。
「……で、次は何をやらかすつもり? 聞かせて頂戴」
「食糧問題を解決します」
「なんですって?」
問い返す聖女へ、エイダは真っ直ぐな眼差しと、覇気に満ちた笑みを向ける。
「先ほども言いましたが、物資がどこかで消えています。加えて兵士たちが口にする糧食の問題も表出しました。栄養と、食べやすさと、保存性……私は、これらを変えていきたいと考えています。それに関して、この街はベストな場所です。重ね重ね、ヨシュア上級大佐は素晴らしい立地を選んでくれました」
通商都市ルメールに、物資未達の原因が潜んでいる。
エイダは暗に、そう語っていた。
彼女は書類の山から器用に一枚を引き抜き、「まずは消えた物資ですね」と紙面を見詰める。
「アシバリーまで出向いたのも、実地調査を兼ねたものだったのです。事実、糧食は粗末なものでした。中には腐りかけのものもあって、兵士の皆さんは温かなスープを口にすることすらできていません。備蓄も欠乏気味です」
「戦争とは際限なく物資を消費するものだけど……いいでしょう、こちらでも調べておいてあげる。野戦病院への配当を当たればいい?」
「お願いします」
「これが、あんたのやりたいことなのね?」
聖女の念押しに、エイダは頷き。
それだけではないと続けた。
「私が自由に動き回るため、衛生課に講師を迎え入れたいと考えています」
「――は?」
「命を明日へと繋ぐためなら、あらゆる不自由を受け容れる用意があります。……しかし、それはそれとして、現状この課には中間管理職がいません。私と訓練生、あとは前線へ出ずっぱりの者たちばかりですから。なので、まずはこれを拡充します。そのために、応急手当へと理解のある人材が必要なのです」
「存在するの? そんな人類?」
端的な聖女の疑問を受けて、白い髪の乙女はしょんぼりとした。
今日はやけに感情豊かだなと、ベルナは思う。人間らしくて結構とも。
「知る限りでは、いません。なにせ私は、ページェント家の私設図書館で学んだ身です。誰かに教わったわけではないので、同種の存在というのが思い浮かばないのです」
「それも充分、驚嘆に値する話だけど……本の内容は?」
「エクジュペリ・ローレンツ著『
「待って」
そこで、聖女が突然静止の声を上げた。
きょとんとするエイダに対して、ベルナはこめかみに指先を当て、必死に記憶を探る。
いまなにか、聞き覚えのある名前を耳にしたと。
「……思い出した。アズラッド・トリニタス。教会の暗部、禁書庫の守人にして、破門された元司教。あたし、その男と面識があるわよ?」
「ご存命なのですか!?」
飛び上がらんばかりにエイダは驚く。
当然であった。
ページェント辺境伯私設図書館に収蔵されていた書物は、すべて時代の徒花として抹消されてきた知識の集大成だ。
ゆえにこそ、本を書き記したあとの碩学たちはみな、歴史の表舞台から退場した。
少なくとも、その痕跡が残っていることはなかったのだ。
だから、ベルナの言葉は渡りに船で。
「彼の居場所、教えましょうか?」
かくて衛生兵の長は。
大隠者アズラッド・トリニタスが身を潜める
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