第四話 いざ、謁見の刻です!

 白亜はくあの大宮殿。

 人類権力が牙城がじょう

 王都にそびえる巨大なる城。


 エステバニア王城。


 いつぶりになるかも解らないその壮観な景色を、エイダ・エーデルワイスは奇妙な心地とともに見上げていた。


 町並みは変わらない。ヒトの数こそ減ったものの、いまだ商いは行われ、子どもたちは春の陽気の中を走り回っている。

 営みは、依然としてそこにあった。

 烈火団として活動して頃、彼女もこの街で生きていたのである。


「もっとも、その頃は着るものにすら困っていたわけですが」


 当時を思い出し、わずかに苦笑を浮かべながら、少女は勝手知ったる道のりを、王城へと向かう。


「何者か」


 当然のように城門で呼び止められ、彼女は預かっていた〝招待状〟を差し出してみせた。

 その中身を確認するなり、守衛は顔色を変えて、


「これはご無礼を! どうぞ、お入りください……!」


 と、エイダを招き入れてくれた。

 仕事とは言え、かわいそうなことをしているという分別が、エイダにはまだあった。


「普通に馬車でも用立ててくれれば、スムーズだったでしょうに」


 とはいえ、ひとりでやってこいと言われたからには従うしかない。

 それを言った相手が王様である以上、エイダといえども無条件に突っぱねるなんて真似は出来ない。

 しかし、意図がわからないと、彼女は首をひねる。


「顔を合わせられると言うだけで、こちらは好都合なので構わないと言えば構わないのですが」


 小さく独白しつつ、彼女は歩く。

 門を抜け、控え室に通され、いくら何でもと父と弟から説教をされた壊滅的なセンスの私服から礼装へと着替える。


 本来なら侍従にやらせるような仕事ではあったが、自分で出来ることを人に任せるなど、エイダにしてみれば苦痛でしかない。

 そそくさと服装を整えていく。

 本来ならば、身に纏うのはドレスの類いだ。

 けれど、いま身に纏うのは――


「ふむぅ……」


 待ち長い時間の間、彼女はぼうっとこれまでのことを思い返していた。



 弟が蛇に驚いて大怪我を負ったこと。

 それを治すために悪戦苦闘したこと。

 家を放逐されたこと。

 烈火団に拾われたこと。

 追放されたこと。

 広告に導かれ、軍属になったこと。

 レーア・レヴトゲンと出会ったこと。

 家族が増えたこと。

 そして――


「そして、いまでは蛇も怖くありません。やるべきことが、背を押してくれるからです」


 彼女が背中に掲げるのは、ページェント家の家紋をアレンジした、衛生兵の証し。

 杖に絡みつく蛇の意匠。

 かつて忌み嫌ったものが、いまでは少女の身分を示すものへと変わっていた。


「全部終わったら、アップルパイを食べましょう」


 エルクと、ゼンダーと。

 レーアやダーレフ、ベルナやマリアと。

 楽しい宴をしたいと、少女は珍しく欲望をあらわにして。


 それから、ぺしりと両の頬を叩いた。


 じんわりと這い上がる痛みが、浮き足立っていた彼女の心を、一瞬で普段通りの冷静なものへと立ち返らせる。


「浮かれるには、まだ早いですね」


 なにせ、これから顔を合わせるのは一国どころか人類すべてを治める大王様。

 粗相のひとつでエイダの首など飛びかねない相手。

 けれど、話さえつけられれば、間違いなく多くのものに、福音のごとき助けを与えられる神にも近しい人物。


「すー、ふー」


 震える小さな手を握りしめて。

 少女は大きく息を吸い、大きく吐き出す。


 ノックの音。

 そして、扉が開いた。


「エイダ・エーデルワイス殿。こちらへ」

「はい」


 招かれるまま、エイダは歩き出す。

 人類を統べる王様のいるところへと――


§§


 豪華絢爛という言葉は、玉座の間にふさわしくなかった。

 正確には、それだけでは言い表すのに不足があった。


 きらびやかな芸術性と、機能美がともに追求され、高次元でまとまった格調高き意匠。真に美々しいと思えるものだけが、そこにはあって。

 そしてすべての中央、玉座には、部屋の美しさに決して劣らぬ、これ以上無くふさわしいと一目でわかる王者が、けだるげに頬杖をついているのだった。


 人類王サンジョルジュ1世。


 ただ一代を持って人類を統合し、魔族による侵攻を今日この日まで押しとどめてきた稀代きだいの名君。

 その彼が、低くおごそかな声音で、告げる。


「エイダ・エーデルワイス。面を上げることを許す」

「――はい」


 一度目を閉じて。

 エイダはゆっくりと顔を上げた。


 獅子と鷹のさがを生まれ持ったような人だと、エイダは感じた。


 人類王は、その齢にして若々しさにあふれていた。

 たてがみのように旺盛な頭髪は、太陽のように輝き、高貴という言葉から削りだしたような瞳は、どこまでも深い青色をしている。

 貴族と呼ばれる人間の特徴を最大化し、極限まで高めたとき、あるいはこの人物に至るのかもしれない。

 高貴とは、この人物のために神が作ったものなのかもしれないと、少女は思った。


 そんな王が、言葉を続ける。

 聞くだけで全身に震えが走るような、威厳に満ちた声音だった。


「エイダ・エーデルワイス。レイン戦線での働き、誠に見事であった。その武勇は、余の耳にも届いておるぞ」

「もったいなきお言葉です、陛下」

「うむ。その功績を称え、三つの褒美を取らせる。ひとつは献身赤菱勲章けんしんせきびしくんしょう。余の臣民のうち、身を捨てて国に貢献したものに授ける挺身ていしんの証しだ。大臣」

「はっ。立て、エイダ・エーデルワイス」


 言われるがまま、エイダは立ち上がる。

 大臣は儀礼的な叙勲に際する条文を読み上げると、エイダの胸に勲章を飾った。

 赤色の菱形を模した勲章は、白い少女によく栄えた。

 少女は再び膝をつき、王へと頭を垂れる。

 王は鷹揚に頷いて、話を進めた。


「次に、働きに免じて、正しき地位を与える。エイダ・エーデルワイスは現在軍属であり、高等官の立場にある。これを、余は不服として、親任高等官とすることをここに発する」

「そ、それは」

「なんだ? 余の決定になにか物言いがあるのか、大臣?」

「い――いえ」


 何かを言いかけた大臣を、王が眠たげな瞳で一睨みすると、文句の言葉は雲か霞のようにかき消えてしまった。王の瞳には、それだけの力が宿っていた。


「――――」


 声にこそ出さなかったものの、驚いたのはエイダである。

 昇進についてなど、予定になかったからだ。

 予定にないだけならば、王様の気まぐれで済む。


 だが、親任高等官というのがとんでもない。


 それは他の軍属とは明確に異なるものだ。

 王自らが必要とする人材に対して割り振る階級であり、場合によっては〝閣下〟と呼ばれることすらある立場。

 命令を発する位階である。


 恐れ多いとまでは感じなかったが、それでもエイダはビックリした。

 そんな彼女の様子を楽しむように、王は三つ目の褒美を与える。


「そなたの願いを言え。叶えてやろう」

「……はい?」

「うん? 余の美声を聞き逃したか? 致し方あるまい、この威光の前では可憐な花とて震え上がるものだ。許す。とくと聞くがよい。そなたの望みを言え、それを叶えてやろう」

「それは」

「ああ、なんでもは叶わぬぞ。余に出来ることだけである」


 それは事実上、なんでも願いが叶うと言うことだった。

 人類王サンジョルジュ1世。

 この世の富をすべて手中に収め、人の頂点に立ち、最強の武力を誇り、絶世の大魔術師でもあるこの王に、出来ないことなど、なにひとつないだろう。


 あるとすれば、同等の力を持つとされる魔族の王。

 魔王との戦争を終わらせることだけだ。


 だから、エイダは自分が試されているのではないかと考えた。

 なにか、よほどあずかり知らぬところで、一挙手一投足を見定められているのではないかと。

 そう、考えはした。

 考えはしたが――


「恐れながら、王様」

「うむ」

「お願い事が、あります」

「許す。申せ」

「私は」


 一瞬、緊張から舌がもつれそうになって、少女は呼吸を整える。

 戦場ですらこんなにも心臓が荒ぶることはなかっただろうと思いながら。


 けれどなおまっすぐに。

 彼女は王様の蒼眼を真っ正面から見据えて、こう言い放った。

 この機会を、絶対に逃したくないと、少女は強く思ったのだ。


「私は、広告を出す許しをいただきたいのです」

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