第三話 病院の物資がやっぱり足りないってどういうことですか!?

「物資が足りないとはどういうことですかマリアさん!」

「そんな喧嘩腰みたいな意気込みで訊ねられても……文字通り、当院は物資不足という話です、エーデルワイス高等官」


 あれだけの激戦を経て、衛生兵の訓練という仕事が増えても、エイダのライフサイクルは変わらなかった。

 昼間は兵士たちに応急手当を施し、昼になれば新兵の教育を行う。

 夜を迎えれば塹壕から各地の野戦病院へと戦場を移し、少女はひたむきにひたすらに働き続けた。

 わずかな仮眠だけが、周囲の声をエイダが聞き入れた証しだった。


 その日も、諸々の仕事を終え、いつものようにトートリウム野戦病院へと帰還したエイダだったが。

 無情にも突きつけられたのは、各種物資の不足を示すデータの束だった。


「こちらをご覧なさい」


 物流を担当しているマリア・イザベルは、眼鏡のつるをキリリと押し上げながら、ここ数ヶ月の物資消費量をまとめた書類をエイダへと手渡す。


 素養がなければ読むこと自体困難な書類だったが、幼少期に受けた英才教育のおかげで、エイダは苦労することなく読み解くことが出来た。

 そこには、戦場が消費する底なしの物資――病院も例外ではない――について、端的にまとめられていた。


 一読し、エイダは理解する。

 理想として病院側が必要とする物資――需要。

 そしてページェント辺境伯が用立ててくれた実際の物資――供給。

 そのつり合いが、どうにもとれていなかったのである。


 包帯も、食料も、軟膏も、下着も、石鹸も、天秤は不足へと傾いていたのだ。


「しかし……これ以上無理は言えませんし」

「そういう意味では、辺境伯少将が父親というのも考えものかしら」

「お父様の立場もありますから、甘えることは出来ないです。それに、この書類を見る限り、リヒハジャで集められる物資自体が頭打ちなんですよ。どれほど巨大でも、リヒハジャは世界の一部でしかないので……」


 つまり、どこか他の場所から用立てるしかない。


「ですが、そんなあては、正直……」


 ないものはないのだと。

 エイダがうんうん唸っていると、ちょうど治療を終えたらしい聖女ベルナデッタ・アンティオキアが、その場に通りかかった。

 彼女は聖女らしい表情で、マリアへと声をかける。


「なにしてるのよ、ふたりだけで楽しそうに」

「いえ、聖女ベルナ。かけらも楽しい話では……」

「マリアには聞いてないの」

「…………」


 辟易と口を閉ざしたマリアに若干の憐憫を懐きつつ、エイダは事情をベルナへと説明する。


「じつは……」

「なるほどね。例の新兵科のことで忙しそうにしてるとは思っていたけど、あんたはこっちのことも気になる訳か」


 概ね状況を把握して、聖女はこくりと頷いた。

 それから、腕をつかねて首をひねる。


「これはゆゆしき問題よ。当たり前になりつつあったけれど、野戦病院は資材が足りているほうが珍しいのだから」

「それは理解しています。ですが、捨て置くわけにはいきません。私は打開策を考えます」

「さすがね、リトル・エイダは。でもね、これは私の勘、聖女のひらめきのようなものなのだけど……あなた、他にも懸念材料を抱えているんじゃない?」

「そうなんですか?」


 マリアが訊ねれば、エイダはしばしの逡巡のあと、こくりと頷いた。


「はい、病院改革構想を持っています」

「一応聞かせなさい。私の領分よ、病院は」

「……病院の役割を、ふたつにわけたいと考えています。私には医療を改革する権限がないので、これはいずれベルナさんにご相談したいと考えていました」

「話が早くなったじゃない。具体的には? よりよくなるというのなら、協力してあげるのはやぶさかじゃない。これまでのあんたの振る舞いで、信用できることはわかっているもの」

「ありがとうございます。端的に言うと……兵士を戦線に戻すための病院と、本格的な治療を行う病院のふたつです」


 エイダは指を折りながら説明する。


「ひとつ。これまで通りの野戦病院。応急手当とヒールを併用し、兵士を即座に戦線復帰させることを念頭に置きます」

「比較的軽傷者向け、ということかしら?」

「そうです。できればいまよりは前線寄り……後方の病院と戦場の中間に設置したいと考えています」

「なるほど。続けて?」

「もうひとつは、重傷者を後方まで送還し、本格的な治療を行う施設――拠点病院の設置です。確実に命を助けることの出来る、設備と人員の整った施設を考えています」


 エイダはこれまで、冒険者として様々な賢者や回復術士と出会ってきた。

 村々には他にも祈祷師や呪術師などがいて、基本的に病気は彼らのうちの誰かが施術したり祈ったりして対応する。


「つまり――このトートリウム野戦病院のように、回復術士と適切な処置が行える看護士が常駐しているような医療施設は、おそらくですが現状存在しないのです」

「いうなれば、教会がそれに当たるんじゃないかしら? 聖女が常に詰めているし、大概の病や怪我は治せるもの」


 聖女の言葉にエイダは頷く。

 その瞳は、いつものように意志の焔で輝いていた。


「ですので、教会に全面的な協力を要請し――聖女の集中運用を行いたいと考えています」

「な――」

「くふふ」


 絶句するマリアと、耐えきれず吹き出すベルナ。

 人類のあらゆる傷病と向き合う癒処いやしどころにして、奇跡の頂点たる〝翼十字教会〟。

 軍部にさえ威光を示し、ページェント辺境伯ですら手をつけられなかった権威と信仰の総本山に、少女は単身切り込むと言っているのである。

 これに驚くなと言うのは、あまりに酷な言い分だっただろう。


 けれど、少女は真剣だった。

 教会の力を借りなくては、すべての負傷者を助けることは出来ないと本気で考えていた。

 ゆえに。


「とりあえず、エーデルワイス高等官。そのプランは胸に秘めておきなさいよ。機会を見て、応援してあげるから」


 聖女ベルナは、機嫌良く告げる。


「あなたが相応の実績を――ええ、もう何度か〝奇跡〟を示せたとき、私が口を利いてあげると約束するわ。いますぐとは、いかないけどね」

「えー」

「えーじゃないです、えーじゃ! 聖女ベルナのお心遣いを無碍むげにしない!」


 マリアの抗議を受けて渋々引き下がるエイダを見て。

 聖女は口元はさらに笑みを深くする。

 戦場の天使の潔癖さは、健在であるとうれしくなったからだ。


 だから、彼女は口を滑らせた。

 不用意にも、エイダへ話を聞かせてしまった。


「そういえば、あんた、今度叙勲されるそうじゃない」

「……はい?」

「レインでたくさんの友軍兵士を救った功績が認められて、国王陛下自ら勲章を授与するとかなんとか――」


「それです!!」


 ぱぁと表情を輝かせたエイダは。

 いつものように、いつものごとく。

 そして、突拍子もない埒外の言葉を、聖女たちに向けて吐き出したのだった。



「私、王様に直談判してきます……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る