いまさら戻ってこいと言われても判断が遅い!(2)
「それは――いくらなんでも、判断が遅いだろうな」
突如ドアが開いて、何者かが部屋へと入ってきた。
反射的にドベルクは武器を構えようとして、そしてすぐさま顔を青ざめさせる。
完全装備の兵士たちが、男の背後には控え、既に魔術の発動を準備していたからだ。
「な、なにもんだ、あんたは……!」
「儂か。儂は……」
「お父様!」
「お――」
お父様!?
と、素っ頓狂な声を上げる烈火団。
そう、部屋へと入ってきたのはエイダの父親であり。
「控えろ、下郎!」
近衛兵のひとりが、声高に叫ぶ。
「こちらに
「う、うへぇ……!?」
「ははー!」
「ひぃいいい!」
反射的に、烈火団はその場にひれ伏した。
彼ら冒険者にしてみても、この地に生きる人間としても、ゼンダー・ロア・ページェントという存在は、遙か雲の上の、下々からすれば直視することも
ひれ伏した烈火団を、
「もはやエイダ・エーデルワイスは、汎人類軍にとって必要不可欠と判断された。今後、彼女は指導者として衛生兵の完熟を任されるだろう。そんな人材を、在野にくれてやることはかなわない。烈火団……だったか? 第一、君たちは一度捨てたのだろう、彼女を?」
厳しさを帯びたゼンダーの言葉に、ドベルクたちは震え上がるばかりで何も言えない。
ゼンダーは続ける、彼らの無能こそを
「応急手当という叡智を前にしながら、その有用性を見いだせず、あまつさえ酷使し、虐げ、放逐し。そうして都合が悪くなれば戻ってきてほしいと
縮み上がったドベルクの心臓は、その一喝で危なく停止するところだった。
……それでも、彼は。
「恐れながら、申し上げます、ページェント辺境伯さま」
「なんだ」
「……エイダ自身は、どう考えているのでしょうか。俺たちのところに、戻ってきたいと考えては」
「貴様! 准将閣下に口答えを!」
「よい」
近衛兵が吠えるのを、片手をあげてゼンダーは押しとどめ。
震えるドベルクから視線を切り。
そうして、娘へと向き直った。
「では、おまえ自身はどう考える? エイダ、おまえは」
「……私は」
「うむ」
「私は、やっぱり少しも烈火団の皆さんを恨んでいません。ですが――」
白い少女は。
戦場の天使と呼ばれる娘は。
「私は、ここで。レイン戦線で、やるべきことを既に見つけてしまいました。何も考えていなかった頃の私とは、もう違ってしまっているのです。結論が出る前だったら、きっと無邪気に、私は烈火団へと戻ったでしょう。でも」
エイダ・エーデルワイスは、まっすぐに告げた。
「私は、ここで多くの命を助けたい。助けたい人が、たくさん、本当にたくさんいるのです。だから――ごめんなさい皆さん! 私、烈火団には戻れません……!」
「――ああ」
その言葉を、不思議とドベルクは、正面から受け止めることが出来た。
彼の無用なプライドも、どうしようもない鼻持ちならなさも、少女の前では、いまや見る影もなく。
ただ、烈火団の三人は、頭を垂れるのみだった。
§§
「これを、持って行ってください」
「なんだ、これ」
帰り際、ドベルクはエイダに紙包みを手渡された。
それは、なんだか見覚えのあるもので。
「鼻炎の薬です。ドベルクさん、やっぱり苦しそうだったので」
「……おまえ……っ」
思わず目頭が熱くなったドベルクは、慌てて顔を拭い、
そうして、なんでもないように取り繕って。
少女へと、右手を突き出した。
「おまえ、本当に大丈夫なのかよ」
「はい。大丈夫です。なぜならば!」
彼女は、かつての仲間の手を取りながら、花咲くような笑みで、こう答えるのだった。
「私は私が笑顔でいるために――皆さんの命を! 手と手を繋いでいくのですから!」
これが、烈火団とエイダ・エーデルワイスの、公式に記録される最後の会話であった。
ブリューナ方面を人類軍が制圧した、春先の出来事である――
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