閑話 そして烈火団は
いまさら戻ってこいと言われても判断が遅い!(1)
後日のことである。
ドベルク・オッドーを筆頭とした烈火団は、肩身の狭い思いをしながらトートリウム野戦病院を訪れていた。
特別に人払いがされた応接室で、彼らは出されたお茶にも手をつけず、落ち着かない様子でお互いを見やっていた。
「あいつ、なんでこんなとこで働いてるんだ……?」
「知るわけないでしょあたしが……」
「我が輩、どうも居心地が悪いのであるが……」
烈火団の悪評を聞きつけたものが回復術士の中にもいたらしく、病院を訪ねた時点で、彼らは敵意の眼差しを向けられていた。
病院全体が針のむしろのように、ドベルクには感じられていた。
「ひょっとしてこのお茶、毒とか入ってんじゃねぇーか?」
などとドベルクがあらぬ疑いを向ければ、
「あるかも」
「ないとは言い切れないであるな」
自分たちはそれだけのことをしでかしたのだからと、残る二人も頷いてみせた。
「確かに、俺たちは――」
ドベルクが何かを言いかけたとき、ノックの音が響いた。
びくりと身体を震わせ、烈火団は揃って背筋を伸ばす。
そうして、「どーぞ」と、応答した。
「お久しぶりですね、ドベルクさん、ニキータさん、ガベインさん! また会えて、私すごくうれしいです!」
朗らかな笑顔とともに入出してきたのは、赤い蛇の紋章が入った白衣を纏う少女だった。
エイダ・エーデルワイス。
かつて無能と罵倒して、烈火団がパーティーから追放した回復術士。
そして、
「戦場の天使」
「はい?」
「なんか、おまえ、そう呼ばれてんだろ?」
「そうなんですか?」
「けっ、相変わらずなに考えてんのかわかんねぇ、いけすかない女だぜ」
「ドベルク……!」
他のふたりが、悲鳴のような声を上げて団長の口を塞ぐ。
そうして、エイダに向けて愛想笑いを向けるので、少女は首をかしげるしかない。
「もがもが……ええい、おまえら邪魔すんな! 俺はこいつに、話があるんだよなぁ、これが!」
「話、ですか」
ああ、話だとドベルクは頷いて。
「――すまなかった」
勢いよく、頭を下げた。
ニキータとガベインも、それに続く。
「えっと」
「たりねぇか。たしかに俺なら認めねぇ。じゃあ、こうだ」
勢いよく身を倒し、土下座をするドベルク。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「いいや、待たねぇ」
エイダが戸惑っている間に、他の二名も土下座へと移行する。
そうして、彼らは声を合わせて謝罪の言葉を口にした。
「すまなかった」
泣いていた。
烈火団の三名は、泣きながら、ぐりぐりと床に額を押しつけ、酷い無様を晒しながら謝罪を続ける。
声は潤み、全身が強ばり、彼らが恐怖すら覚えていることを、エイダならずとも見たものは誰しも理解できただろう。
先ほどまでの荒っぽさとは対極にある、罪科に震える繊細な
「俺たちが悪かった……!」
「知らなかったのよ……応急手当が、あんなに大事だなんて……」
「おぬし殿がいなくなって、初めて雑務の大変さが解ったのである。我が輩、計算とか出来ないゆえに……!」
彼らはいま、無防備を晒している。
エイダは元冒険者だ。そして、戦場で鍛え上げられ、死地をくぐったことで増した力は、一線級へと達しようとしている。
そんな彼女の前で無防備を晒すというのは、いつ命を奪われても構わないという、烈火団なりの誠意の表れだった。
そうまでしても、彼らは謝罪をしたかったのだ。
謝罪と、贖罪を。
「あのあと――あの地獄からおまえに助け出されたあと、俺たちは落ちぶれるところまで落ちぶれた」
人類を守る最強の兵士たち。
それを危険にさらした無能。
魔族に手も足も出なかった冒険者の恥さらし。
傲慢で、嫌みったらしく、金払いも悪いアコギでせこい悪党ども。
そんな
彼らは反論しなかった。
一切すべてを受け容れた。
それが事実で、自分たちの身の程を弁えたからだ。
けれど、それでも。
どうしても一言、エイダに謝りたくて。
彼らは恥を忍んで、トートリウムを訪れたのである。
「許してくれ……い、いや、許せねぇのは解る。俺なら殴りまくって罵声を浴びせる……だから、そうしてくれ」
「なんでもするわ! 贖罪よ! なんでも言ってちょうだい!」
「我が輩、移動のための足、いや馬になってもよいのである!」
くどいぐらいに言葉を重ねるかつての仲間たちを見て、エイダは小さく息をついた。
炎色の瞳が、幾ばくばかりか困惑に揺れていた。
「頭を上げてください」
「……え?」
「私は、みなさんを罰したいなんて、思っていませんよ」
「――――」
その言葉に、思わず三人は顔を上げた。
そうして見た。
少女を。
彼女が浮かべる、慈愛の微笑みを。
「無事でいてくれて、うれしいです。傷が治ったようで、とてもうれしいです。私は、ずっと皆さんに拾ってもらった恩義を返せなくて、それが心残りでした。だから、あの場所で、あの戦場で皆さんの命を繋ぐことが出来て、やっとお役に立てたんだなと、うれしかったんです」
心底うれしそうに笑う白髪赤目の少女。
純白のエイダ・エーデルワイス。
「戦場の、天使……」
三人の口から、その言葉は意図せずしてこぼれ落ちていた。
「許すとか、罰するとか。どうでもいいことです」
虐げられてきたはずの彼女が。
エイダが、言うのだ。
ただ、いま生きていてくれることがうれしいと。
「う――うう……ううう!」
決壊した。
ドベルクの涙腺が、崩壊した。
彼は顔を醜くゆがめると、鼻水を垂らしながらボタボタと声を上げて泣き始めた。
つられたようにニキータも、ガベインも泣きじゃくる。
大の大人がみっともなく。
されど、心からの感情に突き動かされて。
「う、ぐす……うう……」
しばらく泣きじゃくったあと、鼻をかんで。
ドベルクはようやく起き上がった。
そうして、憑き物が落ちたような顔つきで、エイダを見つめ。
「こいつは、その……すげぇ身勝手な話だと思ってんだが」
「なんですか?」
「おまえ――烈火団に、戻ってこないか?」
「…………」
「いや、そりゃあよ、名声は地に落ちちまったし、ちゃんと冒険者やれるかどうかもわかんねぇけどよ。でも、おまえとなら、俺たちはまたやり直せると思うんだ。なあ、おまえらもそう思うだろ?」
同意を求められて、ニキータたちは首肯する。
ドベルクは我が意を得たりとばかりに調子づいて、飲み込んでいた言葉を吐き出すことにした。
「戦場は、やっぱ危ねぇよ。だったら、冒険者の方がマシだ。おまえが怪我しないように、俺たちがこれからは守るから。だから、お願いだぜぇ、烈火団に戻って――」
「それは――いくらなんでも、判断が遅いだろうな」
厳冬のような声が、室内に響き渡った。
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