第十話 失われた大隊救出作戦、決着です!

「い、いやね、か、勝っ、たのに……」

「我が輩、も、いや……で、ある」

「俺だって……よぉ……」


 倒れ伏した烈火団の三人は、息も絶え絶えに訴えていた。


「「「死にたくない」」」


 泣きながら、惨めったらしく、絶望しながら、自分たちの身体が冷たくなっていくのを感じていた。


 死。


 目前に迫るそれは、ゆっくりとおしまいの鎌を振り上げる。

 もうダメだと、ドベルクが意識を手放しかけたとき。


 なにかが、死のイメージを消し飛ばした。


 白い。

 否――それはしろき輝きで。


「しろい、天使……? ぎゃあああああっ!?」


 突然襲ってきた痛みに悲鳴を上げるドベルク。

 ニキータも、ガベインも、続いて絶叫する。

 折れていた骨が伸ばされ、引き裂かれていた皮膚が無理矢理に圧迫される感覚。


「ああ」


 だけれど、どこか懐かしい感覚。

 それは、烈火団こそが、最も長い間経験し、享受してきた献身の形。


 彼らに施される医療の名は〝応急手当〟。

 命の瀬戸際にて、明日への時間を作る術理。


「ああ……!」


 ドベルクの双眸から、自然と涙がこぼれ落ちる。

 天使が、実像を結んだ。


 かつての仲間が。

 エイダ・エーデルワイスが、そこにいて。


「なんで……なんでおまえが、俺たちを助けるんだよ……」

「……当たり前です」


 ドベルクの心底からの疑問に、白い少女は当然だと答えた。


「皆さんの命は、絶対に繋ぎます。なぜなら――私がいまここに立っていられるのは、皆さんが……烈火団が私を拾ってくれたから、なのですから」


「――――」


 もはや、ドベルクたちに言葉はなかった。

 エイダがその小さな身体で、三人を担ぎ上げ、引きずりながら戦場をあとにするときも、むせび泣くことしか出来なかった。

 ひたすらの後悔とともに、彼らは自らたちが犯した過ちを悔い改めて、謝罪の言葉を繰り返した。


 烈火団は、触れたのだ。

 清廉なる、少女の魂の輝きに。



§§


 そうして、激動たるジーフ死火山攻略戦も、ついに終結を見ようとしていた。

 燃えさかり、暴れ回る怨樹のトレント。

 だが、未だその生命力は途絶えない。


「レーアさん……?」

「ああ、大丈夫だとも。そこで見ているがいい、私の仕事を」


 エルクから離れ、美貌のエルフは、弓を構える。

 つがえるのは魂の矢。

 最大の切り札。


 周囲の友軍が――白い少女が仲間を抱え――撤退するのを見届けて、レーアはついに、矢を引き絞る。

 狙いはあやまたず、トレントの上空。


「風霊結界展開――第壱小鍵完全開放――風よ、我が命の燃焼をとくと視よ」


 極限まで圧縮された空気は、白を通り越して金色こんじきの輝きを纏う。

 愛すべかざる黄金レインの悪魔は。


 そして――魔術を放った。



天空晴嵐舞レヴトゲン――テウルギア!!!」



 戦場の音が、すべて切り裂かれた。

 風を、空間を、世界を置き去りにして飛翔した矢は、トレント直上にて完全開放。

 黄金の竜巻となって、山肌を流れる酒気を、燃えさかる炎を取り込んで、巨大な火焰の渦と化す。


『――――――――』


 加給される酸素、気化したアルコールの爆発力、燃焼によって発生する急激な上昇気流。

 輻射熱ふくしゃねつと急激に変化する気圧は、対象を決して逃さぬ大気の檻。

 それすなわち一切を灰燼とせしむ火災旋風!


 轟々たる火焰のうねりの中。

 人類の決死軍は、たしかに。

 たしかに魔族四天王の断末魔を、聞いた。


「ふぅ……」


 大の字に倒れ伏したエルフは、ポケットを漁る。

 真新しい煙草を取り出すと、飛んできた火の粉で点火して一服。

 美味そうに紫煙を吐き出すと、


「我々の、勝ちだ」


 ニッカリと笑い、そのまま意識を失ったのだった。

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