第九話 死火山に勇者の雄叫びを聞きました!

「全隊、撃ち方はじめ!」

「撃ち方はじめ!」


 レーアがエルクの情報を元に立案した作戦とは、次のようなものだった。

 まず、223連隊の総力を結集し、トレントの動きを封殺する。


 地面を抉って飛来する太い根や、枝による攻撃は、イラギ上等兵を筆頭にした突撃隊が防ぎきり、大規模攻撃を出来ないよう動きを制限する。

 その隙に、残りの部隊員が山頂へ向かって駆け上る。


「エルク殿、それは間違いないことなのですな?」

「はい、調べはついていますから」

「ならば……ダーレフ伍長!」

「応!」


 次いで、高地をすみやかに制圧し、準備を整えたドワーフたちが、酩酊魔術ドランクを多重発動。


「たちこめる膨大な酒気は山肌を伝ってトレントまで滑り落ちる。トレントの足下は、先ほどの大破壊で窪地となった」


 文字通りに山を抜くほどの一撃が、ここに来て意味合いを反転させる。

 盆地上に変わった地形こそ、勝利の鍵だった。

 すり鉢状に整形された山の中腹に、酒気はどんどんたまっていく。

 それはトレントにこそ効果は薄いが、着実に魔族たちの動きを滞らせる。


酒気これが一定量に達したときが勝負だ。ドレッドノート大佐率いる第61魔術化戦隊と、エーデルワイス高等官、貴様が伴ってきた援軍。そのすべての火力を彼奴に集中すれば!」


 エイダとエルクのふたりに支えられながら、レーアは不敵な笑みを浮かべ、下唇を舐める。

 一か八かの賭けだった。


 木人は火に弱い。

 けれども怨樹のトレントともなれば、多少の火炎では焦げ目をつけるのがやっとだ。


「ならば、膨大な火力で、一気呵成に焼き尽くすしかない。そのためには、酒気」

「はい、アルコールは良く燃えますから」

「そうだな、エーデルワイス高等官」


 束ねた酒気に引火させ焼き尽くす。

 それが、死中にてレーアが見いだした作戦だった。


「しかし、不思議なものですね」


 ぽつりと、エイダがつぶやく。

 その視界の中では、彼女の薫陶くんとうを受けた衛生兵見習いたちが、戦場を駆けずり回りながら負傷者たちを助けている。


「剣林弾雨の最前線。こんな光景、考えもしませんでした。ここに……戦場に来るまでは……」


 エイダの胸に去来するのは、パーティーを追放されたあの日出会った、ウンメイの広告。

 彼女は未だに、その文面をそらんじることが出来た。


「『求む回復術士! 対魔族戦線にて後方勤務、有り。欲するは危難の戦場にて傷病兵を救う慈愛と、激務に耐えうる健全な肉体、献身。治療を行えるものには即日特例的軍属待遇(下士官相応の給与、権利、三食付き)を保障。国家のいしずえたる兵士を救う名誉あり。なお、最前線勤務を希望するものには、生還ののちささやかなるほまれと報償を与える』」

「――――」


 それを聞いて、レーアは驚いたような顔をした。

 そうして急に、声を上げて笑い出す。


「なんですか、特務大尉殿」

「はーははは! 貴様、あの募兵広告を読んでレイン戦線にやってきたのか? はははは!」

「大切な想い出なんですよ?」


 ぷくりと頬を膨らませるエイダを優しく笑って。

 レーア・レヴトゲンは、いたずらっ子のような顔でネタばらしをした。


「その広告を考えたのは私だ」

「は――?」


 硬直するエイダ。

 もっとも、その草稿だがなと続けるエルフ。


「しかし、そうか。我々は、出会うべくして出会ったのか。縁は異なもの味なものか。あはははははは!」


 ひとり呵々大笑するレーアに、納得のいかない面持ちでふくれっ面を晒すエイダ。

 そんなふたりを、エルクはただひたすらに、うれしそうに見つめて。


「……っ。いけません、レーアさん! やつが、トレントが、再び大規模破砕攻撃に出ようとしています!」

「なに!?」


 警鐘を告げるエルク。

 たしかに、大木人は223連隊の妨害を突破し、拳を天高く振りかぶっていた。


「誰か! ……いや、もはや部隊に余裕はない! 私がやるしか――」




「――そいつは最後までとっておくんだなぁ、軍人さんよぉ!」




 大怪我を押してレーアが最後の切り札を使おうとしたとき、三つの颶風ぐふうが、彼女たちの横を駆け抜けた。

 それは、ボロボロの鎧に身を包んだ、女魔術師と重斧戦士と。


「この大戦おおいくさ、勇者ドベルク・オッドーさまがいただいた……!」


 双剣士が、走る。


「ありったけの拘束魔術を放つわよ……!」


 ニキータが後先考えない魔術の連続詠唱で、山に生える樹木を急成長させ、トレントの四肢を縛る。


「雑魚は我が輩に任せるのであーる!」


 行く手を遮る魔族たちを、ガベインが長斧にて薙ぎ払う。

 その間隙を、男は見逃さない。


「いくのである、ドベルク!」

「行きなさいよ、ドベルク!」

「あたぼうよぉ!」


 駆け抜け、地を蹴り、跳躍。

 両手に構えた刃を、身体の前で大きく交差させ、ドベルク・オッドーは魔術を発動する。


「烈火双刃斬……!」


 間に合わせの武器に、炎が宿る。


「……っ! 第61魔術化大隊各員、攻撃を合わせろ!」


 ドレッドノート大佐の号令一下、彼の部下たちも死力を尽くす。

 だが。


「ぐはっ!?」


 トレントが拘束を引きちぎり、全身にて周辺を薙ぎ払った。

 その直撃を食らい、双剣の片割れが砕け散る。

 彼本来の武具であれば耐えられたであろう一撃は、最悪の場面で決定打となってしまう。


 ドベルクの右腕は無惨にへし折れ、血をまき散らし。彼の顔は苦痛に歪み、鼻水が、涙が、よだれが、ボタボタとこぼれだし。

 されど、それでも。



「まだなんだよねぇええええええ、これがああああああああああああああああああああああ!!!」



 満身創痍のドベルクが、咄嗟の判断で双剣をトレントへと向かって投擲した。

 それは、あたかも奇跡のように。

 先の戦いで彼が斬った、一条の傷へと吸い込まれ――


「一斉射!」


 ほんのわずかにトレントが硬直した刹那、火炎魔術が殺到する。

 大爆発を起こす一帯。

 吹き飛ばされる烈火団たち。


 それを、白き少女はたしかに見て。


「いけ」


 彼女の背中を押したのは、他ならないレーア・レヴトゲン。

 少女はうなずき、駆けだした。

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