第八話 この戦場にある、あらゆる命を助けます!

「なぜ、貴官が……」


 震える声で、それでも問えば。

 エイダは相変わらずのまっすぐさで答えてみせる。


「助けるために」

「――――」

「けれどひとりでは、ここまで来ることは出来なかったでしょう。安心してください、特務大尉殿。わたしは、ひとりではありません」


 少女の言葉に、レーアは目を見開いた。

 ようやく視点が定まってきた彼女の瞳に、戦場の有様が映ったからだ。


 地にうずくまり、うめくものたちがいる。

 倒れ伏し、痛みに叫ぶものたちがいる。

 そんな彼らを――助け起こすものたちがいる。


 それは、純白の衣装を身につけ、杖に巻き付く赤い蛇の紋章を背負ったものたちだった。

 彼らは倒れた兵士たちの元に駆け寄って、呼吸を確かめ、意識を確認し、止血をして、比較的安全な場所へと引きずっていく。


 これまでずっと、エイダが繰り返してきたことを。

 戦場医療を。

 応急手当を行うその一団こそ。


「〝〟――今後新設される、新たな兵科です。みなさんを助ける、命の守り手です」

「貴様が、貴様が連れてきたのか、エーデルワイス高等官」

「はい。応援の兵隊さんに無理を言って、同行させてもらいました。急造ではありますけれど、みなさん立派にやってくれています。だから!」


 だから、諦めるなと、少女は言った。


「――――」


 瞑目して、大きく深呼吸。

 肺臓を満たすのは、戦場特有の泥濘でいねいと血と小便と爆煙が混じった臭い。

 レーアの茫洋としていた頭脳が、それをむさぼって、急速に覚醒する。


「クリシュ准尉!」

「はっ!」


 トレントと戦っていたハーフリングの准尉は、彼女の一声へ即座に応じた。


「現状を報告せよ!」

「負傷者多数! 敵兵は陣地を建て直し! なれど我ら223連隊、ここに意気軒昂! 問題などありませんぜ!」

「よし」


 レーアは頷いた。

 信頼できる部下が、同胞がそう言うのだ、信じるしかない。


 彼女は立ち上がる。

 ぐらりとふらつき、両脇を支えられた。

 右をエイダが。

 左をエルクが、支えていた。


「エルク殿」

「すみません、レーアさん。ぼくの、ぼくのせいで――っ」


 レーアはそっと手を伸ばし、少年の頭を撫でた。

 初めて触れる頭髪はとても柔らかで、手袋の上からでもそれが解った。

 一瞬で砕けてしまいそうなか弱さ。

 エルクが生きていたことが、レーアにはどうしてだか、とてもうれしかった。


「エルク殿、やつについて知っていることを、教えてくださいますな?」

「どうするつもりですか」

「……討伐します」


 ニヤリと。

 レインの悪魔が、不敵な笑みを口元に浮かべる。


§§


 伝えられた作戦を、第61魔術化大隊の生き残りたちは聞いていた。

 衛生兵見習いたちによって負傷の手当を受け、立ち上がりながら彼らは動き出す。


 ……そして、もうひと組。

 作戦の内容を聞いていたものたちがいた。


 烈火団である。


 彼らは既にしてボロボロだった。

 目も当てられないような惨めな格好で、どうしようもないような顔つきをしていた。

 魔術化大隊を危機にさらしたことで、正当な怒りや憎悪、罰則をぶつけられていたからだ。


「……ドベルクよぉ」

「なんだぁ、ガベイン」

「ドベルク」

「ニキータまでかよ」


 ふたりが何を言わんとしているか、ドベルクとて解らないわけではない。

 このままでは逃げ帰ることも出来ないし、無事に戻れたとしても処罰を受けることは明らかだ。

 けれども。

 ブルブルと手足が震えて、言うことを聞かない。


「俺たちは、しょせん勇者じゃなかったんだぜぇ。だったらよ、だったらよぉ」

「悔しくないわけ?」


 女魔術師の言葉に、ドベルクは激高した。


「悔しいぜ! 腹が立ってるんだよ! 傷ついてるさぁ、見て解るよねぇ! ふざけやがって……!」

「…………」

「はらわた煮えくり返ってこれ、仕方ないんだなぁ、ほんと! けどよぉ、けどそれはよぉ」


 それは、魔族に対してではない。

 仲間にも、人類に向けた感情でもない。


「俺自身が、俺を許せねぇんだよなぁ、これって」


 だから。


「我が輩たちも、やろう」

「今度こそ上手くいくわよ」

「…………ああ、やってやるよ、くそったれが!」


 そうして、烈火団は立ち上がる。

 きっとはじめて、冒険者としての意地を示すために。


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