第五章 王様に直談判して物資援助の広告をばらまきましょう!
第一話 定例会議は大荒れです!
「では――これより定例軍事会議を始めます」
冬の終わり。
開会の言葉を聞きながら、ヨシュア大佐は無表情を保つので精一杯だった。
参謀本部が主催しているこの会議に、人事課大佐である彼は、本来出席を望まれるような立場にない。
他のお歴々はみな、ヨシュアよりも階級が上である。
それだけで苦々しさを感じるには十分だったが、なにより辛かったのは、この場にたちこめている特有の、重苦しい雰囲気だった。
葉巻の煙、コーヒーの香り。
それらは混ざり合い、質実剛健な造りの会議室に、奇妙な緊張を伴って漂っている。
居並ぶ重鎮たちの表情は、軒並み重い。
軍人なのだ、強面であることはむしろ美徳だろう、何もおかしなことではない。
だが、全員が全員とも、率先して口を開くことを嫌って、強く唇を引き結んでいるとなれば、話は別だった。
ヨシュアは思った、気が進まないのは自分のほうだと。
「最初の議題ですが、ジーフ死火山攻略戦の戦果と、ブリューナ方面における今後の展開についてですが……」
そこで、司会進行役が言いよどんだ。
わかる、と。ヨシュアは強く同意を示したくなった。
ジーフ死火山攻略戦、別名を怨樹のトレント討伐戦。
それは、ヒト種の英雄たちに向かってありのまま披露するには、少々ばかり灰汁が強すぎたからだ。
たとえ勝利の報告だとしても、ありのままに語りたくない話題というものはある。
それでも、会議は進む。
この場で嘘偽りは許されない。
事実が陳列されていく。
「えー……極秘裏に投入されました第61魔術化大隊の活躍により、我々の部隊は敵陣営深くまで浸潤することに成功しました」
「それは、包囲されたことを言い換えたに過ぎないのではないかね?」
薄い頭髪に、樽のような肉体。厚ぼったい唇をしたナイトバルト少将が、豊満な腹を叩きながら皮肉を飛ばした。
漏れ出したのはいくつもの冷笑で、ただ一人顔を真っ赤にして怒気を示したのは、魔術化大隊の責任者である痩せぎすの将官であった。
「よりにもよって魔術化大隊は、〝あの〟223独立特務連隊に救出されたそうではないか」
「それは事実誤認である! 魔術化大隊は223連隊を的確に活用せしめ、怨樹のトレントを討伐したのだ! これは
「ものは言い様であるな」
ツバを飛ばして抗弁する責任者を嘲笑い、ナイトバルトは肩をすくめた。
「では、223連隊の扱いはどうする」
「報奨として物資でもやっておけばよい、所詮は
「そうは言うがな、敵陣攻略ののち、もっとも早くその地を踏んだのは彼奴らであろう」
「魔術化大隊が現着は先である」
「聞いたところによれば――風の噂に過ぎないと一笑してもらっても構わんが――223特務連隊の活躍がなければ、第61魔術化大隊は壊滅していたとか」
「なっ」
「それどころか、虜囚の辱めを受ける寸前だったとも聞く。まったく、なんと滑稽な
「……っ」
ナイトバルトの並べる事実に、怒り心頭にして言葉の出ない責任者。
当然だとヨシュアは思った。
ナイトバルト少将と言えば、叩き上げの軍略家だ。
このように
彼の目には、当時起きていたことが手に取るように解ってしまうに違いない。
だからこそ、ナイトバルトは223連隊の功績を認める方向では口を開かない。議会の流れを、第61魔術化大隊の
腹芸の巧みな男だと、ヨシュアは警戒を厳とした。
「しかし、死地にて奮闘した努力は認めざるを得まい。第61魔術化大隊にはそれなりの功績……
「――――」
責任者の怒りは、おそらくそこで頂点に達した。
剣無しとは、間接的に戦争遂行へと関わった功績を称える意味合いの言葉だ。
つまり、彼はその程度の活躍だったと言いたいのである。
「では……223独立特務連隊については、どうするおもつもりか」
責任者が、恨み骨髄といった様子で。
それこそ意趣返しのように、話を蒸し返した。
叡智の牙城、参謀本部とは言え、そこには種族間に対する越えがたい壁がある。
だから、如何に辣腕のナイトバルトであっても、下手なことは言えないはずだと、責任者は高をくくったのだ。
しかし、ナイトバルトは表情一つ変えず、
「剣付き銀十字勲章を叙勲してやれ」
と言い放った。
これには議会全体がざわついた。
剣付き銀十字勲章。
それは、最も勇敢に戦い、直接的に戦局を左右した兵士へと贈られる、最上級の武功を示す勲章なのである。
これが亜人に贈られたという前例を、ヨシュアは寡聞にして知らなかった。
実行されれば、亜人たちにとって快挙、これ以上ない実績となるだろう。
報国の士たる愛国者、あのレインの悪魔など諸手を挙げて喜ぶに違いない。
「静まれ。別段不思議なことではあるまいよ。ジーフ死火山を攻略したのは間違いなく彼奴らの手腕だ。それは記録に残っておる。これを無視すれば、国内の強制収容施設において亜人どもの暴走を招きかねん。その程度の配慮もできんのか、貴様らは?」
「し、しかし……それでは亜人どもがつけあがって」
「戦死させてしまえばよかろう」
ナイトバルトの言葉に、議会は一瞬で凍り付いた。
彼は太鼓腹を楽しげに揺すりながら、口元の髭を撫で、戦の先を見据えた瞳で話を始める。
「怨樹のトレントおよび敵司令部の壊滅後、我が方の一斉攻勢により、ブリューナ方面は陥落。事実上我らが統治下となりつつある。であれば、次はその先を目指さなければならない」
「アシバリー凍土……」
「うむ。よい合いの手をくれるではないか……あー、貴様はヨシュア大佐だったか?」
思わず口を滑らせて、ヨシュアは縮み上がる。
が、ナイトバルトは満足げであった。
「そうだ。永久凍土アシバリー。我々はついに、彼の地へと兵を進める。正面突破の必要がなくなったのだ、ブリューナから迂回すればよい。アシバリー、はっきり言えば、地の利は魔王軍のものだ。だからこそ――真っ先に足を踏み入れるのは、失って惜しくないコマであることが望ましい。様子を見れば、対策は自ずと立てられるものだ」
「ですが」
「うむ、そうさな。このたびの戦で戦傷者も多く出たと聞く。本国からえり抜きの亜人どもを補充してやれ。捨て駒とはいえ、最低限の役目を果たしてもらわねばならぬし――なにより、亜人どものガス抜きには丁度いい」
恐ろしく冷徹な思考。
肥え太った身体から放たれているとは思えない、尋常ならざる鋭利な威圧感に、ヨシュアだけでなくほとんどの参加者たちが口をつぐむ。
ナイトバルトは、そんな一同の様子を愉快そうに眺め。
「おお、そういえば、だが」
実にわざとらしく、本題を切り出してみせた。
「そのジーフ死火山攻略に、民間人が関わっていたというのは、事実かな? そう――ヨシュア大佐?」
「っ」
来た。
来ると思っていたと、ヨシュアは震えそうになる拳を握りしめ――それでも胃が痛み始めたために顔を歪ませかけて――立ち上がり、報告する。
今日、この場所に彼が呼ばれたのは、ただそのためだったのだから。
「はっ。軍属の高等官一名と、回復術士。その護衛として数名の工兵が作戦に参加しました」
「焼け石に水ではないかね、援軍としては」
「彼女らには、別途役割がありました」
「彼女……ふふん。彼女らときたか」
嫌らしく、ぎょろりとした目を見開いて、ナイトバルトは笑ってみせた。
その黒々とした瞳の中で、無数の深謀遠慮がめぐらされていることは、誰の目にも明らかだった。
「それで。その軍属の名は」
「エイダ・エーデルワイス高等官であります」
「役割とは、なんだ」
「はっ……」
「どうした? 遠慮をすることはない、貴官には報告の義務がある」
追求され、言葉の上では優しく背中まで押されて、ヨシュアは覚悟を決める。
一度大きく息を吸い、一気に吐き出すようにしてまくし立てた。
「革新的兵科の実戦投入に対するテストケースとするためであります!」
「ほう……それは」
「それについては、儂が話そう」
これまで。
会議が始まってから今この瞬間まで。
かたくなに沈黙を守っていた男が、口を開いた。
ロマンスグレーの髪をぴしりと撫でつけ、右目に片眼鏡をはめた帯剣礼装の男。
レイン戦線が領主。
人類が防人。
参謀次長ゼンダー・ロア・ページェントが、穏やかな眼差しで一同を見つめていた。
ナイトバルトが、口元をいやらしくゆがめた。
「これはこれはページェント准将。いや……先日付で少将でしたなぁ。さすがご子息を生け贄に差し出しただけのことはあられる。兵站課から人事課まで東奔西走させ、軍を私兵の如く総動員させた心地はいかがかな?」
「ナイトバルト卿と肩を並べられたことを、儂はうれしく思うとも。感慨はそれだけだ」
「ははぁ、我らが防人殿はやはり頭の造りが違う様子。皮肉一つとっても正面から叩き切る武勇がおありだ。さらには……どうやらその兵科について、ご存じの様子ではないか」
話されよ、と主導権を手渡され、ゼンダーはかすかな笑みを浮かべた。
色濃い疲労は隠せてはいないが、そこには旺盛な活力がみなぎっていた。
「では、諸君らに儂は問う。参謀次長として、問い掛ける。新たな戦術、新たな戦略、そしてあたらな兵科についての是非を。すなわち」
防人は、言った。
人類の剣が、刃としてではなく、大局的見地に立った軍人として。
あるいは、ひとりの親として。
「兵士が生命を衛る兵士。衛生兵の導入について、議論をしたい」
会場がざわついた。
ヨシュアは、胃痛を飲み込んで、心の中だけでつぶやいた。
さあ。
「さあ、ここからだぞ、エイダ・エーデルワイス」
ここから。
「貴官の夢を叶える努力が、始まるのだ……!」
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