第六話 すべてはエルクの計略でした!

「最強の一、絶技を極めた魔族四天王は、絶対に倒さなくてはならない怨敵でした」


 だから一計を案じたのだと、エルクはすべてをつまびらかにする。


「占星術師の言葉は本当です。しかし、陛下に勇者を選抜するようさとしたのはぼくです。怨樹のトレントを戦場に引きずり出す、その撒き餌とするために」


 エルクの企み通り、勲功を焦った冒険者たちは、我先にと大樹海へ集結し、これに苛立ったトレントは自ら出陣。

 冒険者たちを狩り立てたが、エルクが用意した回復術士たちにより彼らは一命を取り留め、逆にトレントは波状攻撃を受けて戦闘能力を削減されていった。


「この主目的は、トレントの能力を分析することでした。勇者に準ずる力を持った冒険者たちの奮闘により、十分に情報が集まったところで、次は無理矢理にでも軍の最大戦力を動員する方策を考えなくてはなりませんでした」


 その手段を聞いて、レーアは絶句することになった。


「ぼく自らが部隊に同行することで、軍部が面子を懸けて戦力を投入する状況を作りました。人類の要であるページェント辺境伯の息子をみすみす野垂れ死にさせたなどとなれば、彼らの発言権は壊滅的になる」


 空恐ろしさに、レーアは震える。

 彼はこう言っているのだ。

 万が一自分が死んでいても、父親の発言権が増すだけで問題なかったと。


「人事部にずいぶん無理を言って、いろいろと根回しをして、第61魔術化大隊を派兵することには成功しました。しかし、これだけの戦力であっても、確実にトレントを倒し得るとは言えません。そこで、自分の目で戦場を確かめ、真に信頼を置ける部隊を探しました」


 それが、223連隊だったのだと、少年は語る。


「ここに現状用意できる最大戦力が集結しました。いまこそ、トレントを討伐するときです。怨樹さえ倒すことが出来れば、魔族の指示系統は壊滅する。そうなれば、人類の勝ち目が見えます」


 エルクの長広舌を最後まで聞き終えて。

 レーアは。

 エルフの連隊長は。


「クソガキが」


 確かな意志のもと、右手を振り抜いた。

 パーンと。

 乾いた音が、爆音轟く戦場にむなしく響いた。


「……え?」

「え、ではない。よく聞けエルク!」


 唖然とするエルクの胸ぐらをつかみあげ、レーアは唾を飛ばして喝破する。


「貴様が死んだら、家族は悲しむぞ!」

「――――」


 目を瞠る少年。レーアはそれ以上続けることなく、投げ捨てるように彼を解放した。

 それから、


「……ご無礼を。あとで軍法会議でも何なりとご随意に。ですが」

「いえ、目が覚めました」


 赤く腫れた頬を撫でて、少年は苦笑した。

 取り繕うことをやめた、年齢相応の苦い表情だった。


「姉上と父上さえ生きていればと考えてしましたが……そっか、悲しみますか」

「おそらく」

「だったら――生き延びなければなりませんね」

「そのために、我々がいますので」


 不敵にレーアは笑う。

 少年も、納得したように頷く。

 様子をうかがっていたドレッドノート大佐が、咳払いをした。


「ゴホン! 話はお済みに? では、どうやってトレントを討伐し、敵司令部を押さえるかだが――」

「おい、おいおいおいおい! 俺たちはどうなるだよドレッドノートさんよぉっ!?」


 突如大佐を押しのけて、ひとりの男が飛び出してきた。

 煤けてひしゃげた鎧をまとい、腰に一対の剣を差した風采の上がらない男だった。


「何者か」

「うるせぇ!」


 レーアの誰何すいかを一蹴し、男はわめく。

 その瞳には、狂気と恐怖が色濃く滲んでいた。

 彼は、背後にふたりの仲間を引き連れながら、レーアたちへとにじり寄る。


「俺たちゃ勇者なんだぜぇ? 無事に、生きてここから連れ帰ってもらえるんだろうなぁ、おい!?」


 ほとんど錯乱している彼の言葉に。

 レーアが冷たい返答を投げかけようとした。その刹那だった。



「――ッ、全員、伏せろおおおおおおおおおおおお!!!」



 クリシュ准尉が、ありったけの声量で警告を放った。

 間髪をいれず、衝撃。

 爆風。轟音。


「――――――」


 音が消え、視界が消失し、世界が――揺れた。


 魔族四天王、怨樹のトレント。

 その巨体が出陣し、いまのいままでレーアたちが潜んでいた地帯を、拳ひとつでのだ。


 この事実を、レーアが知るのはもう少し後のことになる。

 なぜなら彼女は――


「エルク……!」


 少年を守るために。

 自らの身を、犠牲にしたからだった。

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