第五話 ジーフ死火山攻略戦、ここはこの世の地獄です!

 剣林弾雨けんりんだんう

 空からは槍が降り、地に埋設された時差式爆裂術式が味方を吹き飛ばし、安全地帯と思って飛び込んだ塹壕は、高射魔術によって血と肉と骨をすりつぶし、泥と混ぜ合わせられたものへと変貌する。


 レイン戦線ブリューナ地方は、この世の地獄。


 だがその先へ、なおも先へ進まねばならない兵士たちもいる。


「樹海の遮蔽物しゃへいぶつを警戒しろ! 魔族やつらは隠密行動を得意とするぞ!」


 包囲網の内側へと飛び込んだ223連隊は、ひたすらに南征を開始した。

 目標は樹海中央、敵本陣ジーフ死火山。


 鬱蒼と茂る背の高い樹木、いびつな形をした奇岩、天然の洞窟……そのすべてから、一瞬後には敵兵が飛び出してくるかもしれない恐怖。

 そんな度し難い脅威に神経をすりつぶしながら、されど彼らは最速で行軍を続ける。


 側面から到来する、無数の飛礫つぶて

 投石魔術による制圧攻撃を、彼らは速度を上げることでかろうじてかわす。

 これが雷撃魔術ならば、多くの死傷者が出ていただろう。

 周囲が樹海であることに考慮して、魔族は延焼の可能性がある魔術を意図的に絞っていると、レーアは推測した。


「ならば、速度だ」


 彼女は横合いから飛び込んできたゴブリンをスコップの一撃でたたき伏せると、全軍へと指示を飛ばす。


「挟撃を恐れるな! 進め、進め! 前方へと脱出するのだ……!」


 もはや背後から狙われるかもしれない、などと考えていられる猶予はない。

 ただ最速で、この樹海を踏破するのみ……!


 軍靴が降り積もった落ち葉を、枯れ木を、木の実を踏み砕き。

 殺到する敵軍の魔術が徐々に連隊の命を削る。

 それでも、前へ。

 なんとしても、前へ。


「前へ!」


 視界の悪い樹林を、ひたすらに駆け抜ける。

 やがて――視界が、開けた。


「正面に火力を集中! 押し通れ……!」


 ジーフ死火山がふもと

 そこに陣を張る魔族たちが、連隊へと向かって雨のような魔術を降らせる。


「ははは! 雨の中で戦っているぞ!」


 レーアは哄笑をあげる。

 攻勢魔術が驟雨しゅううのように降り注ぐからレイン戦線。

 その噂が、まことであることがその瞬間証明されていた。


「返礼だ!」


 応射を行いながら、ひとつ目の陣地へと連隊は食らいつき、切り破る。

 一瞬で倍増する、敵による攻撃の手数。

 うち一発が、レーアのこめかみを掠め、彼女は意識が遠くなるのを感じた。


「連隊長……!」

「――わめくな副官」


 聞こえていると、彼女は返し。浮き上がっていた足を、しっかりと地面につける。踏みしめる。


「ここで、切り札を使うか?」


 刹那の自問自答。

 レーアは否と判断。

 まだだ、とっておきのジョーカーは二度しか使えない。

 だから、叫ぶしかなかった。


「進め、最速で! 我らに転進はない!」

「応!」


 進む。進む。

 前へ。前へ。


 陣地を次々に突破し、襲いかかる魔族の爪牙をものともせず、たとえ魔術で仲間が吹き飛ばされようとも立ち止まることなく。

 223独立特務連隊は、己の命だけを糧にして戦線を押し上げていく。


 そして――


「連隊長! 前方20!」

「よくやった!」


 クリシュ准尉の叫びが、レーアの口元に不敵な笑みを飾らせる。

 いた。

 いたのだ。


 ジーフ山の山肌から突き出た巨岩の影。

 たまさかに出来上がった魔族たちが配置の空白。

 そこに身を押し込みし合うようにして、生存している人類をレーアたちは発見した。

 全速力でその場へと雪崩れ込み、彼女は確認の声を上げる。


「こちら223独立特務連隊連隊長レーア・レヴトゲン特務大尉! 貴官らの所属を願う!」

「わ、我々は――第61魔術化大隊……まさか、あなたがたは――」

「当方は貴官らの救出任務を帯びている! 安心しろ、友軍だ……!」

「――――」


 わっと。歓声が上がった。

 それは、死を覚悟してなお恐怖に克てなかったものたちが、地獄の中で一縷の光明を見つけたときに自然と放つ、生への渇望と喜びの声だった。


 感激から連隊員たちに飛びつき、ハグするものたちも多かった。

 このときばかりは、レインの悪魔は天使だった。


「代表者を願う! すぐに脱出の算段をつけたい!」

「わ、私だ……!」


 肩口から大きく出血した老兵が、足を引きずりながら現れた。

 レーアは舌を巻く。

 自分たちの戦果を盗み取ってきた部隊だと侮っていたが、老爺の纏う雰囲気は歴戦の猛者のそれだった。

 これならば、勝ち目があるかもしれないと、彼女は算木を弾く。


「バウディ・ドレッドノート大佐だ」

「レーア・レヴトゲン特務大尉であります」

「ん……なんだ、亜人デミか」


 反射的にレーアは拳を握った。

 振り抜かれたのは、横合いから放たれた金棒だった。

 息を呑む老人の眼前を抜けて、鉄塊は空を切る。


「自分たちは人類であります! あなたがたとくつわを並べるために来た、人類であります!」


 叫んだのは、イラギ上等兵。

 階級的には、即座に処罰もあり得る暴挙。

 だが、バウディ・ドレッドノートは、即座に頭を下げた。部隊の長としての、器量を示した。


「すまなかった。貴官らが来てくれなければ、我々は全滅――いや、皆殺しにされていただろう。に対して無礼を働いた、謝罪をさせてほしい」

「だそうだ、イラギ上等兵。貴様にはあとで先陣を切ってもらう、覚悟しておけ」

「はっ!」


 敬礼し、下がっていく部下を安堵混じりのため息で見送り、レーアは本題を切り出す。


「ドレッドノート大佐、状況はご理解されていますか?」

「苦々しいまでにな」


 彼女たちは、極短時間で情報のすりあわせを行った。


 この戦いが、極秘裏の任務であったこと。

 はじめから、持久戦を見越した装備が与えられていたため、いままで生存できたこと。

 民間の協力者として、勇者に準ずるものたちが同行していること。

 なにより――


「あのかたを守るために、我々は」

「あのかた?」


 レーアが首をかしげたとき、兵士たちがざわめいた。

 人混みを掻き分けて、薄汚れたローブを目深にかぶった人物が、レーアの前へと飛び出してきたのである。

 小柄な、それこそ少年と言ってもいい体付きの男を見て。

 レーアは。


「まさか――」


「本当に、助けに来てくれましたね――レーアさん!」


 フードが外される。

 現れるのは、柔らかな赤毛。

 そして、理知を内包した鳶色の瞳。


「エルク・ロア・ページェント!?」

「はい、約束を守ってくれて、ぼくはうれしく思います!」


 辺境伯が実子。

 紅顔の美少年。

 エルク・ロア・ページェントは、こんな戦場の真っ只中で、ふんわりと笑ってみせた。

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