第四話 敵陣で孤立した大隊を命がけで救出するため、223連隊出立します!

「傾注!」


 副官の一声を受けて、223独立特務連隊の全員が、直立不動の姿勢を取った。

 一堂を見回して、レーアは〝休め〟を許可する。


「諸君、どうやら我々は、いつも通り死地に赴かねばならんらしい。なぁに、だろう?」


「違いない」

「はははは」

「連隊長殿はユーモアに秀でてらっしゃる」


 まばらに上がる笑い声に、わずかばかり不敵な笑みを深くしながら、レーアは続ける。


「目標、魔王軍ブリューナ方面軍。目標、カールカエ大樹林中央、ジーフ死火山に敷かれた敵軍本陣。我々の任務はこれを突破し、上層部にて〝失われた大隊〟と判断された第61魔術化大隊、およびそれに同行する民間人を救出することである。副官、地図を」


 背後で広げられた地図を一読し、レーアは唸った。

 何度見ても、それは圧倒的に不利な状況を示していたからだ。

 不利でなければ、こう言い換えることも出来ただろう。


 ――達成不可能な任務、と。


「敵前線司令部は、樹海中央に位置するジーフ死火山に陣取っている。そして、周囲はすべて彼奴きゃつら魔族の領域だ」


 副官がレーアの意向を受けて、地図に大きく赤い線を引いた。


「これが、現在友軍が形成している半包囲網、塹壕の位置となる。見て解るとおり、樹海のこちら側――前半部のみを取り囲んでいる」

「つまり、あれですかい。そのほかはカバーすら出来ていないと」

「その通りだイラギ上等兵」


 巨漢のオーガが、目に見えて顔をしかめた。

 包囲陣の完成していない布陣など、何の役にも立たないからだ。

 樹海をぐるりと回るように、赤い矢印が書き足され、レーアが続ける。


「回り込もうと思えば、この距離だ、移動中に部隊が全滅する」

「つまり、迂回も陽動も現実的ではない?」


 ハーフリングの准尉が口元を引き攣らせるが、レーアは肯定するしかない。


「はっきり言おう。正面突破以外の結論はない。それが、どれほど達成率の低いものであってもだ」


 ぐっと、連隊にかかる重苦しい雰囲気が密度を増した。

 これまで彼らが挑んできた、どんな戦場よりも過酷な地獄が、目の前にぽっかりと開いていることを、このとき全員が理解したからである。


「なに、たいしたことではない」


 それでも、レーアは笑う。

 不敵に、無敵に、悪魔的に。

 問題は些事で、活路はあって、だから自らはまったく折れていないと、誇示するように。


「敵陣は高所に位置し、高台から一方的な魔術投射が可能だ。散開すれば各個撃破、密集すれば高射魔法の的となる。塹壕を掘っても無意味だろう。栄光ある英雄殿たちを助けるため、どうやら軍部は我々を捨て駒にしたいらしい」


 いつものことですな、とか。

 名誉の戦死ですか、二階級特進はありがたいとか。

 亜人たちが気丈に笑う。

 だから、レーアはやめない。彼らが振り絞った勇気に応えるため、作戦の説明を続行する。


「よろこべ。当日においては友軍が、可能な限り敵軍を樹海内に押しとどめてくださるらしい。ありがたくて涙が出るな。その隙に、我々は正面から突撃。防衛戦のことごとくを食い破り、孤立している第61魔術化大隊と合流。その後、最大火力を持ってして敵司令部を叩き、混乱に乗じて脱出――いや、撃滅だ。敵を殲滅し、勝利する。これ以外に、勝機生存の路はない!」


 大きく手を振り上げて、無謀な作戦をさも実行可能だというように粉飾し。

 彼女は、仲間たちを鼓舞してみせる。

 普段ならば、彼女はさらに部下を奮い立たせていただろう。


 しかし、掲げられた拳、緩やかに降ろされた。

 そうして、レーアは穏やかな声で告げる。


「今回ばかりは、異存を許す。なにか、あるものはいるか?」

「エイダ殿は?」


 声は、すぐに上がった。

 ドワーフのダーレフ伍長が、真剣な眼差しでレーアを見つめていた。

 彼女はひとつ息を吸い、できるだけふざけた調子で答える。


「我らが白き天使殿は、衣替えにいそしんでおられる。おそらくは間に合うまい」

「それは……残念ですな」

「伍長、気高き同胞、ドワーフの伍長。正直に言うがいいさ。エーデルワイス高等官を巻き込まずにすんで、安心しているとな」

「ははは」


 彼女の言葉を受けて、ダーレフは気恥ずかしそうに笑った。気のいい男の笑みだった。

 レーアもまた、内心で同意する。

 言うまでもなく、エイダの不在は部隊の戦死率を跳ね上げるだろう。

 それでも。


「エーデルワイス高等官は、今後の世界に、絶対不可欠の存在だ。こんなクソッタレた地獄に、付き合わせるべきではない」

「…………」

「同胞よ。剛毅果断な盟友たちよ、エイダ・エーデルワイス高等官をどう考える。彼女は我らが家族ではないか?」

「無論! 無論!」

「であれば、これが今生の別れというのは、どうにも寂しいではないか」


 あがる支持の雄叫びをゆっくりと両手でなだめ、レーアは胸の前で拳を握ってみせた。

 決意を示すために。


「我々は必ず、彼女と再びまみえる。そのときは精一杯天使に甘え、十分英気を養うことを許可しよう。なんなら秘蔵の酒を振る舞ってやってもいいぞ、私手ずからだ」


 そりゃあいい。

 これは楽しくなってきましたな。

 やりがいってのは大事なもんです。


 それぞれの亜人たちが、それぞれの思いを胸に、レーアの言葉へ賛同し、明日という明確なビジョンを持って、自らの恐怖を塗りつぶそうと躍起になる。


 いい部下を持った。

 レーアは、心の底からそう思った。

 大きく息を吸い込んで、胸の内で選んだ言の葉へと置換して、彼女は静かに吐き出した。


「生きろ――とは言わん」

「…………」

「命を預けてくれ、ともな。だが……心せよ」


 エルフの指揮官は、遙か遠方を指し示した。

 銃後の地を。

 この場が陥落すれば、いずれ戦火に侵略される彼方を。

 故郷を――


「我らが一命は、己がものにあらず! 故郷にて虐げられる無辜なる同胞一万の、その一生に相当するものと知れ」

「――――」

「連隊員諸君。勇猛果敢にして死を恐れぬ誇らしき、我が同胞、大莫迦者共諸君」


 彼女は、言った。

 連隊長レーア・レヴトゲンは、告げた。


「諦めるな」

「応!」


 返答の感触は上々。意気軒昂にして士気高揚。

 これ以上無い仕上がりを持って、彼らは。

 命知らずの亜人混成部隊は、歩を進める。


「征くぞ」


 かくて、223独立特務連隊は、最前線と向けて出立した。

 それは、彼らが経験したこともない、常軌を逸した規模の戦いへと続く、血まみれの歩みだった――

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