第三話 お願いヨシュア大佐、新たな兵科を創設したいです!
「どうして――どうして貴官は、そう無茶な要求ばかり持ち込んでくるのか!?」
「えへへ」
「えへへ――ではない!」
陸軍の常在戦場食堂で、エイダと会食をしていたヨシュア大佐は、かかる重圧に耐えきれず絶叫をあげた。
〝献身的〟な業務内容の報告を受けていたときに起きた悲劇だった。
「新しい兵科を創設したい……そう言ったな、ミズ・エーデルワイス……」
「はい、そうです」
そうですではないと叫びたいところをぐっと飲み込み、ヨシュアはコーヒーを口に運んだ。
戦場と同じ料理が出ることをウリにしている食堂のコーヒーは泥水にも劣る味わいであり、彼の渋面は一層厳しいものとなった。
「具体的には、これまで送ってきていた書簡によるものか?」
「ええ」
普段と変わらない柔らかな笑顔を向けられては、ヨシュアにはどうすることも出来ない。
彼女の弟であるエルク・ロア・ページェントと、ほとんど同型の笑顔であるそれは、つまり一切譲歩するつもりはないという証しだったからだ。
辺境伯の血に連なるものは、みなこのような精神的バケモノなのだろうか?
彼は一瞬だけ、そんな人物たちに関わる自らの不幸を憐れんだ。
「しかし、そういった話を通すならば、私などより、よほど適材がおられるのではないかな」
それこそ彼女の父親、ゼンダー・ロア・ページェントは、准将という立場にあり、参謀本部特殊作戦立案室に関わるような大人物だ。
ヨシュアが働きかけるより、よほど物事を円滑に――時には横車を押してでも完遂させるだろう。
やっと再会でき愛娘のためならば、なおさらに。
そのようなニュアンスを語外に匂わせつつ訊ねれば、少女は困ったような笑顔で首をかしげた。
「大佐殿は、戦争中に娘の機嫌を取ろうとする上官を信用して死ねますか?」
「……なるほど」
だが、それでも自分に白羽の矢が立つ意味がわからない。
まずもって、自分に兵科新設の権限などないのだから。
無茶苦茶である。
「無茶と言えば、貴官の弟君もそうだ」
「エルクが?」
「ああ」
先だって一週間ほど前のことである。
ヨシュアは、エルク・ロア・ページェントの訪問を受けた。
普段となにも変わらない、ふんわりとした表情のエルクは、土産と称して領地の名産品である火酒を携えて現れた。
そうして、酷く一方的に自分の姉について語りはじめた。
「姉上はすごいんです。姉上は、死ぬはずだったぼくに生を全うする機会をくれました」
ページェント家は国防のために禁断の知識さえため込んできたが、それを理解できるもの限られていた。
エイダにはそれが可能だった――と彼は言う。
だから、死ぬはずだった命が繋がったのだと。
「姉上にはきっと、ぼくらに見えていないものが見えているんです。或いはそれが、世界の形を変えるかもしれません」
エイダが受け継いだのは、賢者たちが修めた
魔術体系とは異なる、異端にして絶対の論理。
だから可能性があると熱弁した。
「姉上ならひとりでも歩いて行けると思います。けれど、多くの人が姉上に続けば、それは人類の大きな一歩になるでしょう」
姉上は。
姉上は。
姉上は――
エルクはひたすらに姉のことを褒め称え、その立て板に水を流すような長広舌を、ヨシュアは黙って聞いているしかなかった。
恋人たちののろけ話を聞いているようなものなので、ヨシュアにすれば閉口するしかないのだが、相手の地位がなまじ高いので、遮ることも寝こけてしまうことも出来ない。
「姉上には」
そうして。
いい加減に辟易してきたところで、エルクは、そっと声音を変えた。
やけに重々しい口調で、こう言ったのである。
「姉上には、理解者と協力者が必要です。そして、ぼくはそれを見つけました。223連隊、素晴らしい部隊です。どんな困難に直面しても、彼女たちなら踏破できるでしょう。だから……ぼくも、安心して自分の責務を果たせるんです。姉上にもらったこの命を、使うときが来たのです」
それは、どういう意味かとヨシュアは訊ねた。
だが、エルクはこれに答えず、一枚の書類をとりだした。
そこにはヨシュアに対する命令が記されており、結局彼は、言われるがままに準備を進めることになった。
「それは、どんな命令だったんですか?」
「うむ、奇妙なものだったよ、ミズ・エーデルワイス。極秘裏に精鋭部隊を用意しろというのさ。それも……魔族の総力に対して、持久戦を行えるほどの練度の部隊を、とね。それで私は再編した第61魔術化大隊を――」
「…………」
「ま、まあ。弟君のことはいいさ。問題は、貴官の願いだ」
難しい顔で口を閉ざしたエイダを見て、心痛をかけてしまったかと焦ったヨシュアは、ともかく彼女の話を聞くことにした。
「もう一度、具体的に説明してくれ。貴官は、なにを生み出そうとしているのだね?」
「応急手当を行い、負傷兵を守る兵科を育成したいと考えています」
「それは」
それは、つまり。
「私、エイダ・エーデルワイスの持つすべての知識と技術を継承した回復術士と看護士で編成される部隊。ひとを守るのが兵士なる、それは、兵士を守る兵士です」
「名称は、決まっているのか?」
「いえ、そのへんは、ぜんぜん」
「…………」
首を振る少女を見て、ヨシュアは考える。
この提案が、どれほど重要なものであるか。それが、戦局にどんな影響を与えるかを。
……脳髄がはじき出した答えは、不確定。
彼の優秀な頭脳を持ってしても、演算しきることは出来ない。
ただ、予感があった。
予感などと言うと、ひどく稚拙だが。
それでも。
この〝なにか〟が結実したとき、本当の意味で戦争は大きく様変わりするだろうという、そんな予感が。
だから。
「わかった。その提案は、私が責任を持って上に掛け合おう。代わりに命名権を譲ってはくれないか? 無論、仮のものだがね」
「そんなものでよかったら、いくらでも。大恩ある大佐殿のお願いなら」
「では、貴官の実績と、これまで示した知識に照らし合わせて。戦場の兵士、その生命を
彼が、そこまで言いかけたときだった。
「大変ですヨシュア大佐……!」
食堂の入り口を、蹴破るようにして伝令の兵士が飛び込んできた。
「なにごとだ。我々はいま、戦局を変革しうる重要な話をしていて――」
「第61魔術化大隊が!」
伝令兵は、断末魔のような声で、こう続けた。
「エルク・ロア・ページェント卿が同行した第61魔術化大隊が――ブリューナ方面カールカエ大樹海にて孤立……魔族四天王直轄の敵軍によって包囲されたとのことです!」
§§
かくて、エイダ・エーデルワイスは一路、カールカエ大樹海へと向かうことになる。
孤立無援の弟と、その仲間を助けるために。
そしてかの地で。
白い少女は〝彼ら〟と、再会を果たすことになる――
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