第四章 取り残された部隊を助けるため、決死行に挑みます!

第一話 兵士たちの慰安をするため、夜を徹して見回りをします!

 ――夜。


 戦火の音すら途絶える、暗闇の夜。

 トートリウム野戦病院内部に急造された無数の病床で、兵士たちは苦痛に呻き、孤独に震えていた。


 回復術ヒールは傷を癒やす。

 だが、それはどこまでも肉体的なものに過ぎない。

 ひとの心は、魔術とて癒やすとが出来ない領分だ。


 だから彼らは怯えている。

 夜の闇を。

 朝が来ないことを。目覚めないことを。

 時折響く、高射魔術の爆音を。


「――――」


 そんな闇の中に、一条の光が射した。

 ちいさな、ちいさな灯火。

 ランプの明かりだ。


 それが、病床の間を縫って、ゆっくりと進む。


「大丈夫ですよ」


 脂汗を流し、痛みとトラウマにもだえる兵士の横に、灯火はやってきた。

 そうして、優しく語りかけながら額を拭いてやり、乱れた毛布をそっと掛ける。


 地にまみれてなお白く。

 血にまみれてなおしろい。


 それは、白髪赤目の少女が姿だった。

 エイダ・エーデルワイス。

 日中、最前線での応急手当を終えた彼女は夜、各地の野戦病院を廻り、このように慰撫いぶを行っていた。


 兵士たちの枕元には鈴が置かれており、何事かあればそれを鳴らすことになっている。

 エイダが駆けつけるための仕組みだった。


 遠くで小さく、遠慮がちに、鈴が鳴った。


「はい」


 少女が進む。

 灯火を携えて。


「どうしましたか?」

「あ……じつは、眠れなくて……」


 まだ年若い兵士が、少女に問われるまま、恥を告白するようにうつむき言った。

 彼の右足には痛々しく包帯が巻かれており――ただし、真新しく清潔な包帯だ――激戦の末に怪我をしたことを物語っていた。


「では、あなたの手を握りましょう。よく眠れるように、物語を謳いましょう」


 そうしてエイダは、彼が寝付くまで側にいた。

 青年の瞼が落ちて、その端から大粒の涙が落ちると、彼女はそっと清潔な布で目元を拭ってやって、また歩き出す。


「エイダさん……」

「戦場の天使……」

「……おれたちの救い主」

「ありがとう……ありがとう……」


 彼女が歩んだあと、兵士たちは自然と祈りの仕草を取っていた。

 あるものは涙を流し、あるものは本物の天使を見いだしたようにして、白い少女のことを――自らたちを見守る小さな奇跡へ、感謝と畏敬の祈りを捧げ続けた。


「――まったく」


 その様子を、ずっと伺っていたものがいた。

 聖女ベルナ。

 彼女はエイダの献身に心からの敬意を寄せながら、しかし回復術士の統括者として、苦々しげにこうつぶやくことしか出来なかった。


「いったいあんたはいつ、眠るつもりなのよ。ねぇ? 戦場の天使リトル・エイダさん?」

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