閑話 再起をかけた烈火団

 その頃、勇者(失格)一行は (4)

「ともかく参加するしかないんだなぁ、これが」


 くらく淀んだ瞳で、ドベルク・オッドーはうめくようにつぶやいた。

 烈火団の仲間たちは、追い詰められた表情で同意する。


 勇者の証しを手に入れるための討伐任務に失敗した彼らは、なにもかもを失っていた。

 烈火団を去ったのち、聖女が広めた悪評は、瞬く間に関係者の間に広がって、もはや積極的に彼らへ関わろうとするものはいない。


 不死身の冒険者としての名誉は地に落ち。

 その実力すら、不相応なのではないかと疑われ。

 ついには、酒場ですら小馬鹿にするような陰口を叩かれる始末。


 限界だった。

 輝かしい栄光と共に生きてきたドベルクには耐えられなかった。

 だから――甘言に乗った。


 彼らに勇者となる試練を与えてきた人物が、再び接触を図ってきたのである。

 目深にフードをかぶった、甲高い声の小柄な男。

 その男は、ドベルクに機会を与えたいと申し出た。


「これは内密なお話なのですが……どうやら軍部は、特別な作戦を考えているようなのです。精鋭部隊と勇者の皆様で、魔族四天王――〝怨樹えんじゅのトレント〟を攻略したいと考えているのです。なんとしても、是が非でも、ここで敵軍の要を削り殺しておきたいと」


 いまならば、烈火団がつけた傷も癒えていないだろうから、戦力は集中すれば確実に倒せるはずだと、その人物は言う。


「しかも、軍が繰り出すのはあのウィローヒルを後略した最強の部隊、英雄として銀十字勲章を叙勲する予定の元第61魔術化戦隊――その大規模再編が成された姿である、第61魔術化大隊なのです。そこにあなたがた烈火団の力が加われば……怖いものはありません」

「つまり、なにかぁ? 俺たちのお膳立てをしてくれるってわけか?」


 その通りだと、小さな男は首肯した。


「…………」


 考える。

 これまでの人生で、こんなにも頭脳を酷使したことはないと言うぐらいに、ドベルクは考える。

 果たして、この人物の言葉は信用に足るだろうか?


 答えは、信じるしかない、というものだった。


 もはや、ドベルクたちに友好的な相手などいない。失っていないのは、この身ひとつ、命ひとつ。

 だが、どうだろう?

 もしもこの作戦が成功すれば、自分たちの失墜した名誉は回復されるのではないか?

 汚名はそそがれるのではないか?


 汚名返上。

 名誉挽回。


 考えるまでもなかった。

 仲間たちと目配せをして、ドベルクは了承の意を告げた。


 そうして、数日後。

 彼は再び、カールカエ大樹海へとやってきていた。


 装備は新調されたものでピカピカだった。

 烈火団に残された財産を、余さず費やして、可能な限りの装備を集めた。


「決戦だ」


 ズズズと鳴る鼻をかみながら、烈火団団長は独りごちる。

 ニキータとガベインも、同じような面持ちをしている。深刻な、追い詰められたもの特有の顔つきだった。


 もはや引くことは出来ない。

 両腰に差した一対の剣。その重さが、わずかな安心と、手に馴染まない不安を同時に与えてくる。


 周囲には、無数の兵隊が同伴していた。

 軍隊の精鋭、トップエリート。そういう肩書きだと聞く。

 彼らの武装もまた、実に真新しかった。

 なぜだかローブの小男も、行軍に参加していた。


「ふん……やることは、単純なんだぜ。隠密行動で樹海を突っ切って、魔族まぞくの本陣に突入。電撃的にトレントに復讐リベンジをかます……!」


 憎悪に燃える瞳。

 痙攣したようにつり上がった口元。

 ドベルクは、自分の正気がすさまじい勢いで燃焼されていくのを感じていた。

 敵の本陣は近い。間もなく、トレントと再戦を果たせるだろう。

 そのときこそ、この黒々しい感情を――


「……あの子を捨てたのが、ケチの付き始めだったのかもね」

「あ……? そりゃあ、あの忌々しいクソエイダのことか!?」

「だって、そうでしょう!? いまのあたしらには聖女だっていないし……」


 ニキータの弱気な言葉が、彼の理性を破断させた。

 ブツリ。

 なにかが切れた音ともに、ドベルクは拳を振り上げる。


「やめるのである! 団長! ニキータも!」


 反射的に動いたガベインに羽交い締めにされ、それでもドベルクは暴れるのをやめられない。

 黒く歪んだ情動が、ほとんど暴走していたからだ。


「間違ってたっていうのかよォォ、おまえたちまで、俺をォォォ!」


 そんなことは言っていないとふたりは首を振るが、ドベルクには届かない。


「俺は烈火団団長、最強の双剣士ドベルク・オッドーさまだぞ!? 馬鹿にされていい人間じゃあ、ないんだよねぇ……!」


 軍人たちが「やめないか!」「敵陣のど真ん中だぞ騒がしい!」「行軍の途中に無警戒だ!」などと警句を飛ばしてくるが、そんなものが耳に入る余裕はない。

 ただただ怒りにまかせて、ドベルクは絶叫し、騒ぎ立てる。


 彼に正常な判断力は残されていなかった。

 そもそも正気ですらなかった。


 ここは魔族領カールカエ大樹海。

 中央にそびえるジーフ山に構えた、魔族たちの絶対的な支配域。

 だから、そこでわめき立てると言うことは――


「っ――ぜ、全軍臨戦態勢!」


 部隊の隊長が号令を発するよりも、最初の爆撃呪文が炸裂する方が早かった。


「――――」


 ドベルクの目の前で、兵士たちが弾け飛んだ。

 そして、戦闘が。

 ほとんど一方的な、殺戮が始まって。


「う、うそだ……嘘に決まってるよな、これって……?」


 ようやくにして、彼は状況を把握した。

 周囲全てを包囲する、無尽蔵の魔族たち。

 そう、烈火団と第61魔術化大隊は――


「嘘だアアアアアアアアアああああああああ!!!!」


 敵陣にて、孤立したのである。

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