閑話 大樹海に挑む烈火団

 その頃、勇者(仮)一行は (2)

「こ――こんなはずじゃあ、なかったのにぃ……っ」


 地面に突っ伏したドベルクが、息も絶え絶えにうめき声を上げた。

 勇者の称号を手に入れるため、魔族四天王討伐に挑んだ烈火団。

 しかし彼らはいま、まさに行き倒れようとしていた。



§§



 数時間前。

 四天王が根城にしているカールカエ大樹海へとやってきた烈火団は、意気揚々と高笑いをしていた。


「四天王とかいってもよぉー、所詮は魔族畜生なわけだからよぅ、こりゃあ楽勝じゃんねぇ……! おまえらもそう思うだろう? なぁ、ニキータ、ガベイン?」

「ええ、あたしたちは無敵ですもの」

「いかなる相手も一刀両断! 我が輩が重層斧の錆にしてやるとも! がははははは!」

「……聖女さまはビビって後方待機だがな。まあ、そんなことで俺たちの強さは、かわんねぇか!」


 違いないと笑い合う三人は、ずかずかと無遠慮に森の奥深くまで入っていく。


「うへぇ、返り討ちの勇者候補たちだ。我が輩、こうはなりたくないものだな」

「図体の割に肝っ玉が小せぇぜ、ガベイン。こいつらには力がなかった、俺たちは最強。それだけさぁ」


 森林に散らばる真新しい死体を見ても、ドベルクはそのぐらいにしか思わなかった。

 自分たちの力を、信じて疑わなかった。

 少なくとも、そのときが訪れるまでは。


「――ニキータ、ガベイン」

「解ってるわよ」

「おうともさ!」


 烈火団が臨戦態勢へと突入する。

 森が、急にひらけたからだ。


 そしてそこには、巨大な。

 天を衝くほど巨大な、樹木があって――


「聞いて、聞いてなかったんだぜぇ……まさか四天王ってのが、あんなドデカい樹巨人トレントだったなんて、よ……」


 彼らはもちろん戦った。

 逃げるなんて選択肢を考えもしなかった。


 トレントの召喚した無数の小木人ウッドマンを次々になぎ倒し、切り倒し、魔術で焼いて、防御などすべて捨てて果敢に挑みかかった。


 ガベインの斧は小枝をへし折り、ニキータの放つ酸は木の葉を一、二枚散らし、ドベルクの火属性を付与した双剣は、連撃を持ってして幹に一条の傷をつけた。

 その繰り返しを続ければ、勝てると彼らは踏んだ。


 傷つけられるなら、削ることができるなら、どんな魔物でも殺せると。

 けれど、結果は――



§§



「なんで、なんでだよ、チクショウ……!」


 弱々しく、倒れ伏したまま、ドベルクは地面を殴りつける。

 彼の赤らんだ鼻から、ぼたぼたと鼻水がこぼれ落ちていた。


 戦闘中、彼は突然のくしゃみに襲われたのだ。

 一度だけではない。

 何度も、何度も、それこそ戦闘を中断しなくてはならないほど頻繁にくしゃみをした。

 戦いのさなか、目を閉じるという行為がどれほど危険か、考えるまでもない。

 だが、ドベルクはまともに呼吸することすら危うかった。


 トレントのまき散らす花粉が、彼の鼻炎を加速度的に悪化させたからだ。


「薬……」


 双剣士の脳裏を、一瞬だけ白い少女がよぎる。

 彼女が調合した薬は、すべて破棄してしまったことを思い出す。


「糞が……糞が糞が糞が!」


 叫ぶ。

 だが、答えるものはいない。

 仲間は、ガベインも、ニキータも、完全に意識を喪失してしまっていた。


「こんなこと、これまで一度もなかっただろぉ……!?」


 冒険者などと言うヤクザなことをやっていれば、とうぜん敗走する機会などいくらでもある。

 いままでは、どんなときでも無事に、倒れるようなことはなく拠点まで戻ることができていた。

 そう、いままでは。


「…………」


 いま、この瞬間、まさにドベルクは瀕死だった。

 有頂天になって四天王へと挑み、返り討ちに遭い、敗走し、そのさなかに力尽きて死にゆこうとしていた。


「……――」


 やがて、彼の意識は途絶え。

 そして――


「――い、おい! あんた! いい加減起きろよ、コラ!」

「ぁ……ぅ……?」


 煩わしい怒鳴り声で、ドベルクは意識を取り戻した。

 いつの間にか落ちていた目蓋を開け、かすむ視界で目をこらすと、自分を取り囲む数人の冒険者グループの姿が見て取れた。

 彼らは一様に、ニタニタと下卑た笑みを浮かべている。


 あたりを見渡せば、そこは樹海の外れであり、仲間たちの姿もあった。


「ガベイン、ニキータ、生きてたのかぁ……」

「一応」

「う、む」


 言葉少なに、彼女たちは応じる。

 ここでドベルクは妙だなと感じた。

 なにかがおかしいと。


 そしてその違和感は、すぐに確信へと変わった。

 自分たちの装備が、剥ぎ取られていたのである。


 どういうことだと目を剥き、冒険者たちを見ると、彼らの荷物の中にドベルクたちの武器は納められていた。

 冒険者の代表である禿頭の男が言う。


「あんたら烈火団だろ? 新進気鋭、王都で名の轟く大英雄、不死身の烈火団さまっていやぁ、俺でも知ってるぜ!」

「……ああ、そうだ。俺たちは常勝無敗の烈火団――」

「それが野垂れ死にか? いい様だな! 大方、勇者の称号を求めてこの樹海へやってきて返り討ちに遭ったんだろうが! へへ、所詮はあんたらもその程度ってわけだ。こいつは笑えるぜ!」


 ふざけるなと激昂しそうになるところを、ドベルクはギリギリで踏みとどまった。

 身体の自由がまだ利かなかったこと。なによりいまは丸腰で、対して男たちは武器を構えていることが原因だった。


「なんだ、その反抗的な目つきは? 俺たちが救ってやったんだぜ? あんたらを、俺たちの回復術士さまが、だ。勘違いして貰っちゃ困るがよ、これはビジネスだぜ」

「ビジネス?」

「勇者候補たちを救って回るのが俺たちの生業だから、仕方なく助けたって言ってるんだよ」

「なにが……なにが言いたいんだぁ、おまえ」

「ダメダメ! 口の利き方がなってない! おまえらは圧倒的弱者、救われた側。俺たちは救ってやった側。ンー、立場を弁えてほしいな……!」

「ふざけんなよ! おまえらなんて無名の冒険者だろうが……!」

「その無名の冒険者が助けるまで、鼻水たらたら溢して情けなく失神してたのはどこのどいつでしょうかねー? ぎゃはははは!」


 ギリリとドベルクたちの奥歯が軋みをあげた。

 侮辱と、あまりの羞恥に、彼のはらわたが煮えくり返っていた。

 だが、冒険者たちは嘲笑をやめない。

 烈火団の武具や荷物の類いをもてあそびながら、撤収の準備を始める。


「まあまあ、俺たちだって魔族じゃねえ。命を取ったりはしねーからよ。でもな、あんたらだってタダで救われちゃ気が病むだろ? だから――おまえらの装備は全部いただいてやるよ」

「――は?」


 は? じゃねよと男は嗤う。

 ドベルクらを、敗北者を嘲弄する。


「正当な対価ってやつだ。言ったろ? 商売なんだよ。だから――もらっていくぜ」

「待っ」

「待たねえって。最低限動ける程度には回復させてやったから、あとは自力で逃げ帰るんだな、負け犬ども」

「――――」

「あばよ、無敵の烈火団さま? ぎゃははははははは!」


 冒険者たちは、ゲラゲラと笑いながら、その場を去って行く。

 追いかけようと走り出して、ドベルクはつんのめった。

 そうして無様に、またも地面へと顔から突っ込む。


「糞……糞!」


 鼻っ柱をすりむき、ボタボタと血混じりの鼻水を溢しながら、彼はいつまでも毒づき続けた。

 その両目には憎悪が。

 これ以上も無い怨嗟と悪意が、こごりはじめていた。


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