第二話 不死身連隊は、殉職勲章を叙勲されました!

「223独立特務連隊、連隊長レーア・レヴトゲン特務大尉――前へ」

「はっ!」


 式典場の凄烈な空気の中に、レーアの凜然りんぜんたる軍靴の音が響いた。

 彼女は普段身につけている、泥と血にまみれた野戦服から着替えていた。

 儀礼のための正装であった。


 レーア・レヴトゲン率いる亜人混成部隊は、ついにして魔族の要害ようがいたるウィローヒルの丘を攻略。一帯の塹壕を支配下とすることに成功した。

 それは破竹の快進撃であり、だからこそ多大な犠牲者を出したが――戦果と比較すれば微々たる血の舗装であると、上層部からは判断された。

 事実として、連隊のみに限ってみれば、むしろ戦死者は低減されているのだった。


「不死身連隊、か」


 式典の様子を見つめる人事課のヨシュア中佐は、誰に聞かせるでもなくぽつりとつぶやいた。

 この半年間の戦闘において、223連隊はめざましい戦果を上げた。

 特に、作戦完遂能力と、死線をくぐり抜け生還を果たす復帰力は、会議でも驚嘆とともに幾度となく議題へ上るほどだった。

 本来使い捨ての亜人混成部隊。それが生き残る異常事態に際して、軍部が揶揄やゆするようにつけた別称こそ、223の言い換え――不死身連隊だったのである。


「……その主因は何か」


 考えながら、ヨシュアは隣を伺う。

 そこには、端整な顔立ちに、強い意志をみなぎらせた、白い少女の姿があった。

 特別に参加を許可されたエイダ・エーデルワイスであった。

 彼女は真紅の双眸をもって、美貌のエルフを遠目に見つめている。ヨシュアは、この少女とレーアの関係性に、いささかばかりの興味を懐いていた。

 不死身連隊の活躍の時期が、彼女たちの出会いと符号するからである。


「そのエルフといえば」


 レーアの格好は、見てくれこそ遙かに整えられていたが、服の下がどうなっているかなど、現場を知るヨシュアには想像力を働かせる必要もなく明らかだった。

 事実、彼女の右腕は三角巾によって吊られているのである。


「レインの悪魔、無傷隊長などと呼ばれても、怪我をするのだ。それが当たり前だ」


 そうして、もしもレーアが噂の通りに傷を負わない無敵の戦士であったのなら、この場に参加することはなかっただろう。

 なぜなら彼女が受ける勲章とは、紫獅子心剣パープル・レオンハート勲章と呼ばれるもの。

 それは――


「それは、名誉戦傷賞であり、名誉戦死賞だ」


 レーアはあくまで代表として受け取る。

 叙勲されるのは、癒えぬ傷を負った負傷者と、物言わぬ死者たちだからだ。

 ウィローヒルを奪還するために命を捨てた誉れある死者たちにこそ、この勲章は贈られる。


 獅子奮迅の働きをした者たちへ。

 そして残った者たちが、次なる要所を打ち倒すために、恐怖を弛緩させ、意気地を奮い立たせるために。士気奮励、意気軒昂をかねてこそ、この叙勲式は開かれているのだから。


「そう、彼らは戦意昂揚のための広告塔に過ぎない」


 亜人にできて、何故ヒトにできないのかと、激高させるためにこそ、223連隊は勲章の授与に選ばれた。

 ヨシュアは、そのことを理解している。


 厳かに進む式典の中、レーアの胸に、紫の勲章が飾られた。

 拍手はどこかまばら。

 亜人たちを認めるものは、まだ軍部に多くはない。


「それでも」


 ヨシュアは考える。

 この未曾有の大戦争を打破するためには、亜人たちの優秀な身体能力と、その不屈の精神が必要であると。

 223独立特務連隊は、有用であると。

 こうやって、利用する価値は間違いなくあるのだと。たとえそれが、プロパガンダに過ぎなくとも。


「……ぅ」


 彼はそっと、腹部に手をやった。

 チクチクと刺すような痛みが、胃袋に広がっているのが解った。

 良心の呵責だとすればお笑いぐさだと彼は口の端をゆがめ、すぐに硬く引き結ぶ。

 痛みを表情に出さないよう取り繕っていると、小さな囁きが耳に届いた。


「特進などしなくても、受け取れる勲章が一番だと思いませんか、中佐殿」

「……何が言いたいのかな、ミズ・エーデルワイス」


 白い少女。

 エイダがこの場に招かれるよう取り計らったのは、他ならぬヨシュアの仕業だ。

 それは、彼女が参加した結果、223連隊の死者数が大きく減ったという事実について、独自の考察を必要としたからだ。


 少ない情報から、しかしすでにヨシュアは確信している。この少女の存在が、亜人たちに変革をもたらしたこと。場合によっては、今後の戦争の形を大きく変えかねないことを。

 だから、含みを持って訊ねた。

 少女が語るに任せようとした。

 エイダは、拍手に消えるぐらいの小声で答える。


「式典の場に、兵士は無事に立っているべきだと。怪我などしていては見てくれが悪いと、そう思いませんか中佐殿」

「言葉を選ぶ必要はないよ」

「……死んでいるより――生きて受け取る勲章にこそ価値がある。違いますか?」

「…………」

「もし仮に――仮にですが、劇的に死者を減らして、負傷兵を前線に復帰させる方法があるとしたら、傷病を負っても即座に原隊復帰する機構システムがあれば、それは素晴らしいと思いませんか……?」

「――――」


 迷った。

 同期の誰よりも優秀な頭脳を持つヨシュアは、高速で、しかし慎重に思考を巡らせた。算木を弾き、言葉の裏をさらい。

 それでも、明確な返答を持ち得ず、


「それは、その通りだね、ミズ・エーデルワイス」


 曖昧な表情で、そんな風に首肯することしかできなかった。


「はい、その通りです中佐殿」


 だが、一方でエイダはこう考えていた。



 ――言質を取ったぞ、と。



 かくして、少女は行動を開始する。

 連隊での実績をたずさえ、今度こそ戦場での死者を減らすために。


 少女は病的に恐れていた。ひとが傷つくことを、命が失われることを。

 かつて弟を失いかけた経験が、命の価値の重さを彼女へと背負わせていた。


 ゆえにエイダ・エーデルワイスは。


 野戦病院の改革へと、手を伸ばす――

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