第二話 この広告、ウンメイの出会いです!

「おまえが人助けをしたいと思うのなら、いつも笑顔でいなさい。でなければ、それは――」


 遠い過日、まだ大怪我を負った弟の治療に明け暮れていた頃、実の父親から聞かされた言葉が、エイダの脳内でリフレインしていた。

 自分を捨てたらしいと伝え聞く父親の顔を、それでも彼女は尊敬とともに思い出す。


「どうしたものかな。どうしたものだろう」


 烈火団を追い出され、途方に暮れた彼女は、寒々とした王都の町並みを歩いていた。

 道行く人々は誰も冬支度を済ませており、これまで質素な暮らしを続けてきたエイダだけがみすぼらしい。


「うう、寒い」


 服の前を掻き抱くが、薄布一枚だと大差はない。

 ほぅっと吐きそうになるため息を飲み込んで、彼女は今後のことを考える。


 貯蓄をできるようなパーティー環境ではなかった。

 かろうじて、母親の形見である指輪を持っているが、これを質に入れたところで、身分のない現状では買いたたかれるのが関の山だろう。


 では、冒険者として働けるかというと、そういうわけでもない。

 烈火団はいま新進気鋭の冒険者たちだ。

 そこから〝追い出された〟という事実は、村社会的な冒険者界隈では致命的な瑕疵かしになる。具体的には、誰もが倦厭けんえんして雇ってはくれないだろう。


「とすると、別に働き口を探さなくてはいけないのだけど。できれば、人助けで食べていければ一番なのだけど」


 そんなあては、今のところない。

 商業ギルドや回復術士を束ねる教会に多少のコネはあるが、それも悪評が先んじれば消し飛ぶだろう。

 ある意味で詰んでいる状況だと考えるしかない。


「うーん。あとは、身を売って生活する、というのも考えはするけど」


 誰が好き好んで、こんな白髪頭を抱いてくれるだろうかと、エイダは首をひねる。

 少なくとも、パーティー……元パーティーメンバーからは、醜女しこめだと言い続けられてきたのである。


「私は、人助けをして生きていたい。だから冒険者うってつけだった。けれど……いまさらそんな都合のいい働き口、あるわけないよね。難しいな、難しいなぁ……っと!?」


 捨て鉢になった彼女が、お手上げのように両手を空へと突き出したとき、一陣の風が吹いた。

 そうして、飛ばされて来たのだろう一枚の紙切れが、吸い付くようにして彼女の顔に張り付いたのである。


「わっぷ!? な、なに、これ?」


 それは、どうやら求人の広告のようだった。

 それも人材を急募する類いのもので――


「えっと、なになに? 『求む回復術士! 対魔族戦線にて後方勤務、有り。欲するは危難の戦場にて傷病兵を救う慈愛と、激務に耐えうる健全な肉体、献身。治療を行えるものには即日特例的軍属待遇(下士官相応の給与、権利、三食付き)を保障。国家のいしずえたる兵士を救う名誉あり。なお、最前線勤務を希望するものには、生還ののちささやかなるほまれと報償を与える』……こ、これは」


 わなわなと震えながら広告を見つめ続けるエイダ。

 おりしも時代は戦乱の世。

 人類の安寧を脅かす魔族が、北方から攻め込んできている時勢である。


 被害の少ないところでは、冒険者たちが遊撃ゆうげき討伐とうばつを繰り返しているが、その勢いは衰えることを知らず、北方の守りのかなめたる辺境伯の領地では、国防軍だけでなく志願兵までをも全面投入した激戦が繰り広げられているという。


 そう、冒険者として放逐されたエイダ・エーデルワイスにとって、人を助けてご飯にありつけるこの職業は。


「これは、なんて天職でしょうか……!」


 そう、またとない再就職の機会であった。

 このようにして満面の笑みを浮かべたエイダは、最寄りの軍隊詰め所へと、詳しい話を聞くために走り出す。


§§


 そして、ひと月後。


「どうしてこうなりましたか!?」


 彼女は、軍用魔術飛び交う最前線の塹壕の中で、この世の地獄を見つめていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る